表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片翼の召喚士  作者: ゆずき
奪われしもの編
21/226

17)確保部隊の戦場・3

 ブルニタルが率先して神殿に足を踏み入れる。ハドリー、メルヴィン、ガエルが後に続いた。


「ね…え」


 それまで口を挟まずおとなしくしていたキュッリッキが、フェンリルを抱きしめたまま身を縮ませ、上ずった声で4人を呼び止めた。愛らしい表情が、明らかに沈んで強ばっている。


「あのね…、アタシ、ここで待っててもいい?」

「どうしたんです?」


 不思議そうに目を瞬かせ、ブルニタルは首をかしげる。


「えっと……」


 細い肩が僅かに、頼りなげに震えた。


「なんか、神殿に入るの怖い…の」

「灯りも持っていくし、大丈夫ですよ?」


 ブルニタルは呆れたように首をかしげた。


(一体何が怖いのか理解できない…)


 訝しむみんなの視線を受けても、それでもキュッリッキは足がすくんだようにその場から動かず、地面に視線を貼り付けていた。

 なおも言い募ろうとブルニタルが口を開く前に、ハドリーがブルニタルの肩を掴んだ。


「なあ、どうしてもリッキーも連れて行かないとダメなのか?」

「……いえ、とくには」

「なら、オレたちだけで行こう。ファニーのやつも目を覚ますかもしれないし、誰もいないんじゃ可哀想だしな」


 キュッリッキがああいう態度に出るときは、きまって何かを敏感に感じ取っていることを、ハドリーは知っている。そして無理強いしないほうがいいことも判っていた。

 ハドリーはいつも見せる、ほんわかした表情をキュッリッキに向けた。


「リッキーは留守番してるといい。そしてファニーが目を覚ましたら、ちゃんと説明してやるんだぞ」

「う、うん」


 ハドリーはキュッリッキに優しく笑んで、3人を促して神殿に入っていった。

 留守番していられることになり、キュッリッキは心底安堵する。


「アタシのこと、ハドリー判ってる。よかった…」


 うまく言葉で説明できない感覚なので、ハドリーの配慮に救われた。

 4人を見送ったあと、キュッリッキは寝ているファニーのそばに座り込んで、神殿の入口を怖々と見つめた。


「なんでこんなに”怖い”って、思うのかなあ……」


 腕の中のフェンリルも、困ったように鼻を鳴らした。




* * *




 神殿の中は極めて単純で、長方形をやや細長くしただけの、箱のような作りをしている。

 彫刻を施した内装もなく、石を積み上げ敷き詰めただけの、味気ないものだった。芸術的価値を無理に見出そうとするなら、円筒に削られた石の柱だけだろうか。


「これじゃあ迷いようがありませんね…」


 ブルニタルはややつまらなさそうに、見たままの感想を述べた。

「もっと好奇心を掻き立てられるものを期待していたのに」とぼやく。


「本当ですね…」


 頷きながらメルヴィンも同意する。

 入口からただ一直線に歩いてるだけだった。これなら案内は必要ない。

 ハドリーもそれが判っていて、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「あんたらの言ってた、エグザイル・システムのようなもの、とやらは、多分それのことだろう」


 ハドリーが前方を指すと、ほのかな灯りにうっそりと浮かんだ先には、祭壇のようなものが見えてきた。


「これがエグザイル・システムのようなもの…、ですか?」


 間近で見るそれは、彼らの知っているエグザイル・システムとは明らかに異なるものだった。

 エグザイル・システムとは、物質転送装置のことを言う。


「オレたちの知ってるエグザイル・システムは、黒い円台座に銀の支柱が3本あるものですよね…」


 腕を組んで、メルヴィンは不思議そうに呟く。


「支柱がないと、惑星間移動が出来そうもないな」


 同意して、ガエルも首を傾げた。

 エグザイル・システムにある支柱は、それぞれ惑星ヒイシ、惑星ペッコ、惑星タピオを繋ぐ装置の一部だ。

 惑星間移動では、それぞれ必ず玄関口となる地に飛ぶ。そこから同じ要領で飛びたい地を選択すれば良い。

 そして惑星間を移動できる手段はエグザイル・システムしかなく、現在宇宙を航行する技術もなければ、空を飛ぶ技術すらない。

 しかしこれはどう見ても、皆がよく知るエグザイル・システムではなかった。


「シ・アティウス氏は、何故これをエグザイル・システムのようなもの、と言ったのでしょうか…」


 ブルニタルは眉間に皺を寄せた。

 半円型の台座には、透明な柩のようなケースが立てられている。ケースの中身はなにもなく、台座には地図もなにも掘られていない。

 シンプルな見た目といい、通常のエグザイル・システムとは似て非なるものだ。


「取り敢えずベルトルド氏に、連絡を入れましょうか」


 これ以上見ていても収穫がないと呟き、ブルニタルは軽く首を振った。

 ブルニタルは肩にとまっている小鳥を自分の指に移らせると、小鳥の頭を優しく3回叩いて呼びかけた。

 小鳥は瞬きもせず沈黙していたが、やがて嘴から尊大溢れる男の声が、鷹揚に応じた。


「お忙しいところすみません、ブルニタルです。例のエグザイル・システムのようなものの前に居ます」


<ほう、早いな。こちらの予想では、明日になると踏んでいたのだが>


 ベルトルドの声が、僅かに驚きを含んでいた。


「キューリさんのお陰で、色々手際よく進みましたから」


<なるほど。――そこにリッキーは居るか?>


「いえ、彼女は神殿の外で待機しています。なにやら神殿に入るのを、とても怖がってしまっていて」


<ほほう……?>


 ベルトルドは考え込んだように沈黙した。


<……まあ、そばに居ないのでは、声を聞くことも、褒めてやることもできんな。残念だ>


 たっぷり間を空けたあと、ベルトルドは心底残念そうに呟いた。

 黙って聞いているブルニタルとメルヴィンの表情が、嫌そうに露骨に歪む。ガエルは肩をすくめた。


(何故そこで残念そうに言うんだろう、このひとは…)

(ガキの使いじゃあるまいし)


 各々胸中で本音を吐露する。そして驚きの表情を貼り付けたハドリーも、


(本当に、気に入られてるのかリッキー…)


 胸の内で仰天していた。


<これだけ早いと、カーティスたちがまだ救出も出来ていないだろう。そこを死守して、奴らが合流するのを待っていろ>


「判りました」


<それと>


「はい」


<リッキーが嫌がるなら、絶対に無理強いはするなよ>


「……はい」


 それでベルトルドとの通信は切れた。小鳥は沈黙し、自らブルニタルの肩に戻った。


「副宰相のナマ声、オレ、初めて聴いたぜ…」


 緊張を解くように、ハドリーが「ふぅっ」と息を吐き出して言う。


「胃が痛くなるので、あまり聴いていたくないんですけどね」


 苦笑しながらメルヴィンが応じた。ガエルも黙って頷く。

 眼鏡をクイッと手で押し上げて、ブルニタルは彼らを振り向いた。


「神殿から出ましょう。外の様子も気になりますし、ここに居てもしょうがないでしょうから」

「そうしましょう」


 4人は頷いた。




* * *




「みんなまだかな~」


 床で転がったり丸まったりしているフェンリルを構いながら、壁にもたれかかって神殿の入口を見つめる。

 ファニーはまだ目を覚まさず、話し相手がいなくなって、キュッリッキは急激に退屈感に蝕まれつつあった。

 暇つぶしに何か襲ってこないか意識をこらしたが、哨戒に出している綿毛たちは何も見つけていない。


「つまんない」


 神殿の入口から離れていると、先ほど感じたような、足がすくむほどの怖さはなかった。しかし相変わらず嫌な気配のようなものは、ヒシヒシと感じ続けていた。

 戦場での危険感知とは若干違う。敵意といったようなものでもない。説明が難しい感覚だ。

 ただ、”怖い”と感じる。

 そうした勘を、これまで外したことがない。

 キュッリッキだけが感じる何かが、この神殿にはあるのだろうか。心の中で警鐘は鳴りっぱなしだったが、今はまだ小さい。

 神殿の中に入らなければ大丈夫だと、キュッリッキには確信があった。


「みんな戻ってきたら、気にしなくてすむのに~」


 ちょっとふくれっ面になってぼやくと、ファニーが身じろぎする気配があった。


「う……ン」


 何度か小さく呻いたあと、ファニーは身体を僅かに揺らし、薄らと目を開いた。


「ファニー起きた!」


 キュッリッキは壁から離れると、ファニーの顔の前に膝を揃えて座り直した。身を乗り出して顔を覗き込む。


「その元気な声は……リッキー?」

「うんっ!」


 嬉しそうにキュッリッキは首を縦に振った。

 ファニーはゆるゆると上体を起こすと、壁にもたれかかって頭を軽く振る。悪夢をみて目が覚めたような、不快感を貼り付けた表情で辺りを見回す。


「つーか、なんでアンタこんなトコにいんのよ…って、縄切ってくれたんだ。あんがと」

「どーいたしまして。アタシじゃないけど」

「ところで、ハドリーどこいったの?」

「神殿の中だよ」


 そう言って神殿を指す。


「ふうん…?」

「アタシも仕事でここにきたんだけど、仲間を案内するのに神殿入っていったよ」

「あれ~? アンタってば毎日が休日状態だったのに、仕事見つかったんだ?」


 大きな目をさらに大きくして驚くファニーを、キュッリッキは憮然と睨みつけた。


「もうとっくの2週間前に、決まっちゃってるもん! それに毎日が休日じゃなかったよ、護衛仕事とか、ちゃんとやってたもん!!」

「えーーー!! だったらさっさと連絡くれたらいいじゃないのもー!」

「年中無休のファニーが、ちっとも家に寄り付かないから捕まんないし、ドコにいるか判んなくて、連絡も取れないんだってば!」


 怒鳴るように言って、キュッリッキはぷっくりと両頬を膨らませて抗議する。それを見て、ファニーは誤魔化すように、引き攣りながら手をヒラヒラさせて笑った。


「だ、だってさ、仕事あるうちが華なんだし。お金貯めまくって、中年になったら引退して人生謳歌するって、将来設計があるからだもーん」

「ったくぅ、ギルドの支部いっぱーい掛け持ちしてるでしょ。一回も連絡取れたためしがないんだからあ」

「ごめーん」


 ファニー両手を合わせて謝罪のポーズを作り、ウインクして詫びる。

 キュッリッキは膨らませた頬のぶんの息を吐き出して、やれやれと天井を仰いだ。


「そんで、仲間とか言ってたけど、またどっかの傭兵団に入ったの?」

「うん。ライオン傭兵団」


 ファニーは目をぱちくりさせると、


「なんですってえええええええ!?」


 と絶叫した。そしてキュッリッキの細い首を両手でガッシリ掴むと、激しく前後にブンブン振り回す。

 そんな2人のそばで、フェンリルは呆れ顔で丸くなって転がっていた。ファニーの絶叫が辺りの壁に反響して、より大きく聞こえて驚いたようだ。


「召喚〈才能〉(スキル)ばっかずるぅーい!! あたしなんて、あたしなんて、誰でも持ってるマイナーな戦闘で、ランクもBだし!」

「グフッ」

「そんな有名どころから見向きもされないってえのに、召喚持ちばっかり依怙贔屓しすぎよー!!!」

「ンがぐ…っ」


 キュッリッキは目を回しながら、窒息気味になり両手でもがいた。

 そんなキュッリッキの様子はお構いなしに、そのまま勢いよく放り出す。そしてファニーは握り拳を作り、片膝を立てて明後日のほうを向き、情熱を込めて高らかに訴えた。


「チート能力ばっかり優遇されて、オイシイ人生約束されてっ! 並み程度の〈才能〉(スキル)しかないその他大勢の一般庶民は、地べたを這いずりながら今日も生きているのよ!」

「……」

「これを贔屓と訴えずして、何というのっ!」

「喧しいと思ったら、やっぱり起きてたか」


 盛大に顔をしかめたハドリーが、こちらに歩いてきた。


「あら、ハドリー」


 声に気づいて、ファニーは顔だけハドリーに向ける。握り拳はそのままに。


「リッキーとフェンリルが伸びてるじゃないか。狭い空間で大声出すと、響いて五月蝿いだろう。まったく」


 仰向けに伸びているキュッリッキの頬を軽く叩いて、その近くで丸まったまま伸びてるフェンリルを抱き上げた。


「なんて大声なんでしょうか……。鼓膜が破れますよ」


 忌々しげに文句を言いながら、ブルニタルが歩いてきた。そしてメルヴィンとガエルも目を瞬かせながら後に続いた。


「誰よこいつら?」


 文句を言ってきたブルニタルを軽く睨みつけ、突っ慳貪に問う。


「リッキーの仲間のライオン傭兵団の人たちだ。リッキーから話聞いてないのか?」

「さっき聞いたところよ」


 ファニーは立ち上がると、まだ寝転がっているキュッリッキを、ブーツのつま先で突っついた。

 軽く突っついていたが起きないので、次第に蹴りに変更する。


「ちょーっと、起きなさいよー、ほらあ!」


 ゲシゲシ足蹴にされているキュッリッキの様子を遠巻きに見て、メルヴィンは胃の辺りをそっと押さえた。


(あの光景をベルトルドさんが見た日には………天から雷が降ってくるな)


 メルヴィンと同じ感想を持ったブルニタルとガエルも、げんなりとした表情を浮かべて口をつぐんだ。




 ソレル王国軍が再び現れないか警戒は続けていたが、とくにすることもないので、ガエルとブルニタルはそれぞれ離れたところで座っていた。

 残りの4人は小さな輪を囲んで、談笑を楽しんでいる。

 ファニーに足蹴にされていたキュッリッキは、その後目を覚ましたが、


「なんか、身体中がジクジク痛むの……」


 不思議そうに眉をしかめっぱなしだ。

 また騒がれても面倒だと、その場にいた全員はあえて口をつぐんでいた。


「神殿の中は一直線の通路と、例のエグザイル・システムのようなものしかありませんでした」

「そうなんだ~。んで、どんなものだったの?」


 外に居たキュッリッキのために、メルヴィンが見てきたことを説明している。


「半円形の台座の上に、ガラスのような透明な柩にも似た箱が、真っ直ぐ立てられているだけでした。エグザイル・システムのようなもの、という表現が当てはまるのかどうか、外見だけではそうは見えませんでしたけどね」

「箱なんだ。うーん、何だろうね」


 自分の目で見てみたい気もするが、神殿に入るのだけは絶対に嫌だった。

 意識をこらせば、神殿からの怖い気配はジワジワ感じられる。入るのは危険だと、本能も警鐘を鳴らしているのだ。


「そうそう」

「うん?」

「さっきオレ、副宰相のナマ声聴いちゃったよ。リッキーのこと褒められなくて、残念そうだったぞ」

「えー、そーなの~? じゃあこの任務終わったら、いっぱい褒めてもらいに行こうっと」


 嬉しそうに言うキュッリッキに、ファニーが身を乗り出す。


「なによアンタ、ハーメンリンナに出入りできるわけ?」

「えっへへん! 通行証作ってもらったんだよー」


 キュッリッキは得意気にファニーを見る。


「いいなーいいなー、ハーメンリンナに可愛い洋服屋さんがあるっていうじゃん。一回行ってみたいんだよね~。買うと高そうだけど」

「じゃあ、じゃあ、任務終わったら一緒に行こうよ」

「行く行く!」

「動く箱に乗って移動できるんだよ」

「なにソレ~」


 盛り上がる女性陣2人をよそに、メルヴィンがそっとハドリーに耳打ちする。


「一部貴族・高官専用の、特別通行証なんです…」

「………ず、随分気に入られたみたいっすね」

「ええ、猛烈に好かれているようです」

「ハハッ。まあ、嫌われるよりは良い」


 今のところキュッリッキも仲間の一員として、無事溶け込んでいるようで、ハドリーは少し安心していた。

 いつも新しい傭兵団で馴染めず、泣きながら、傷つきながら帰ってきていたキュッリッキ。

 自らの不幸な生い立ちが、仲間たちの中に馴染もうとする心を邪魔してきたからだ。

 エルダー街に引っ越してから少しして、キュッリッキが会いに来てくれた。


「ライオン傭兵団に、ちょっとずつ馴染んできたの!」


 そう喜んでいた。

 みんな自分を仲間だと受け入れくれて、優しくしてくれると、はしゃいで言っていた。

 翼を見られた仲間がいて不安になっているようだが、後ろ盾の副宰相にも随分気に入られたみたいで、ハドリーは安堵した。


(今度はもう、泣いて戻ってくることはなさそうだな)


 ハーツイーズのアパートの、キュッリッキが使っていた部屋は、もう正式に解約してもいいだろう。


(帰ったら、ギルドで手続きしてこよう)


「そういえばさあ、いっぱいいたソレル王国兵をどうやっつけたの? 中隊規模だったんじゃない?」


 ファニーの興味の矛先が、ライオン傭兵団に向く。


「ガエルとメルヴィンが、サクサクーって倒しちゃったよ。凄かったんだから」

「いっくら最高ランクの〈才能〉(スキル)揃いっていっても、200人近くを2人でとか、無理くない?」


 疑いの眼差しを隠そうともしないファニーに、メルヴィンがにっこり笑う。


「そこはリッキーさんの、チートな召喚サポートがあったので出来たんですよ」


 メルヴィンが戦闘の時のことなどを説明すると、ファニーとハドリーは意外そうな表情を浮かべて、キュッリッキを見た。


「へ~、アンタいつの間に、そんな風に召喚を使えるようになったのよー」

「サポートに徹するとか珍しいな」

「だってアタシの担当は、支援強化だったんだも~ん」


 大きな組織に招かれると、大抵召喚の圧倒的な力で一気に敵を掃討させられていた。

 それを知っているファニーとハドリーは、キュッリッキの力を巧く使っていて、それをキュッリッキが喜んでいることに感心していた。

 何でもかんでも、キュッリッキに殺させないやり方に、2人は好感を持った。


「アルケラの子たちの凄さをみんなに判ってもらえて、アタシ嬉しいの」


 いろんな事が出来るってことを、まず知ってほしいと常々思っていたからだ。

 キュッリッキは出っ張りの乏しい胸を突き出して、両手を腰に当てる。


「まあ、アタシがいれば、誰でも超人以上になれるってこと!」




* * *




 シ・アティウスはうんざりしていた。

 目の前の詰問官は同じ質問をしつこく繰り返し、唾を飛ばしながら喚きたてる。気に入らない回答を得ると、途端に机を叩き、椅子を蹴った。そして急に猫なで声を発し、甘い一面を覗かせすぐ元に戻る。

 感情の一切が削ぎ落とされたような、無表情を動かすことなく、シ・アティウスは詰問官を見つめていた。

 頭にあるのはただ、ナルバ山の遺跡のことだけだ。

 遺跡の状態は極めて良く、不可解なエグザイル・システムのようなものも発見し、本腰を入れて調査をしていたまさにその時、ソレル王国の軍隊がやってきて拘束された。

 護衛に雇ったフリーの傭兵は2人。しかし数が多すぎて勝ち目はなく、あの後どうなったかについて関心は一切ない。

 願わくば遺跡を死守してくれていれば嬉しい、とは思っている。そしてそれは、ありえないだろうことも判っていた。

 シ・アティウスにとって、ソレル王国が介入してくるのは想定内だった。無駄な時間を省くため自らの身分を明らかにし、ベルトルドのハンコ入り書類も提示したが、釈放される気配はない。

 ハワドウレ皇国副宰相直轄の、研究機関所属である。

 皇国の属国にしか過ぎないソレル王国が、副宰相の部下に手を出したのだ。要人ではないが、すでに外交問題レベルだ。

 それでもソレル王国は、不当にシ・アティウスたちを拘束し続けている。

 ナルバ山の遺跡が大きく関係しているのは誰でも判るが、シ・アティウスもまだ気づいていないあの遺跡の謎を、この国は掴んでいる。

 容易に推察できた。そのことでシ・アティウスがどこまで掴んでいるのかを、調べるために、不当な拘束を続けているのだ。

 自分が拘束されたことは、すぐベルトルドに伝わっただろう。それならそのうち、なんらかのリアクションがあるのも予想できる。

 記憶〈才能〉(スキル)を持つシ・アティウスは、戦闘などの野蛮的行為は範疇外なので、自ら行動を起こすことは考えていない。

 今すぐにでも遺跡に駆けつけたいが、事態が急変することを待ち望み、詰問官の取り調べに耐えることにしていた。


* * *

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ