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片翼の召喚士  作者: ゆずき
番外編
199/226

Extra04 オトナの責任の取り方

ベルトルドのちょっと(?)した仕事のご様子。


※Extraシリーズは1話読み切りの、掌編より長く、最低限の長さの短編、って感じです(タブン


******



 一日が48時間になったところで、際限なく仕事は増え続ける。それも毎日だ。ただでさえ行政だけでこの有様なのに、最近では軍の仕事も追加されてしまった。


「ええい! 引き受けるんじゃなかった!!」


 書類に目を通し、OKならサイン。見直しが必要な部分があれば付箋を貼って積み上げる。そんな作業を繰り返しながら、ベルトルドは誰にともなく大声で吠えた。


「陛下のご寵愛を受ける身ですもの、しょーがないわよ」


 書類の整理を手伝いながら、リュリュはケラケラ笑った。


「いらん! そんなご寵愛いらんわっ!」


 サインされた書類を点検し、リュリュは細い眉をひそめた。


「あーたってホント、超ウルトラ特大級解釈で褒めて、前衛的芸術な字を書くわよね…子供のころから変わることなく。いえ、進化してるかも」

「たわけ、俺が読めればそれでいいではないか」

「まあ、あーたが書いたって一発で判るわよね。筆跡鑑定なんて仰々しいもの必要ないくらい」

「ふんっ」


 つまり、ベルトルドは字が超級レベルで下手なのである。

 ライオン傭兵団新入りのキュッリッキ曰く「ミミズがのたうちまくってる」、そんな字を書くのだ。なので他人が読まなくてはならない書類は、あとで秘書官のリュリュが流麗な字で清書する。

 世界広しといえど、ベルトルドの字を解読出来るのは幼馴染のリュリュとアルカネットくらいだった。


「さてベル、デスクワーク中断して軍の会議の時間よ」

「ちっ、まだ終わってないのに」

「会議中にドッサリ増えるわ。今日も残業決定ね」

「くっそう、リッキーの傍についていてやりたいのにっ」


 ナルバ山で大怪我を負ったキュッリッキは、治療の甲斐あって快方に向かっている。しかしまだベッドから出られないでいた。


「小娘にはメルヴィンとルーファスがついてるんでしょ。あーたが居なくても全然大丈夫よ」

「この俺が傍にいてこそ、リッキーの怪我も良くなるし安心できるんだぞ」

「それならヴィヒトリちゃんがいたほうが、よっぽど役に立つわ…」

「オカマのお前には判るまい。俺の愛がリッキーの身体の傷も心も、優しく優しく癒すことが出来るのだ」


 ふふんっとニヤケ顔で握り拳を作ると、ベルトルドは自信たっぷりにリュリュを見た。


「おバカ言ってないで、とっとと会議室へ行くわよ」


 書類の束でベルトルドの頭を叩き、リュリュは踵を返した。


「……」


 ぶすーっと顔に書いて、ベルトルドはリュリュの後に続いて執務室を出た。




 総帥本部にある大会議室には、ブルーベル将軍、10人の大将、地方の各駐留軍指揮官、その他を含め総勢50名を超える軍人たちが座席についていた。そして壁際に、副官や秘書官が控える。

 時間に少し遅れてベルトルドとリュリュが室内に入ると、皆一斉に立ち上がって敬礼した。

 上座にベルトルドが座ると、敬礼を解いて皆も座る。そして進行役のアンセルミ中佐が立ち上がった。


「各地の駐留軍指揮官から、定例報告を受けることになっております」

「判った、始めてくれ」

「ハッ!」


 定例報告など書類にまとめて提出してほしいのがベルトルドの本音だ。しかし報告内容によっては、その場で確認を必要とするものや質問も発生するため、直に聞かざるを得ない。ハワドウレ皇国本土以上に、属国である他国に駐留している軍からの報告は特に重要だ。

 辛抱強く報告を訊き、いくつか質疑応答があり、2時間以上もかかって終わった。


(これで解放されるかなあ…)


 胸中で甘い願望を吐露したとき、


「閣下!」


 部屋の隅にいた軍人が立ち上がって声を挙げた。


「ん?」


 気づいてベルトルドが顔を向けると、痩身の男が目をキラキラさせて頬を紅潮させていた。


「ヘイモ少将であります! 発言の許可をいただけますか!」


 室内がザワッとする中、ベルトルドは「うん」と頷いた。すでに発言しているから許した。


「ありがたき幸せ」


 ヘイモ少将は壇上に立つと、もったいぶって室内をぐるりと見渡した。


「属国内で起こる不穏な暴動やデモなどに対し、我が軍の対応についてなのですが…」


 熱弁を振るい始めた。

 握り拳を掲げ、大仰なアピール、演説のような内容。

 一息すら入れず30分経過した。しかしヘイモ少将の熱弁は冷めない。振るいまくり続けていった。

 ヘイモ少将はあらゆるところを恍惚とした視線で見ているが、室内の将校たちがどんな状態か目に入っていなかった。

 まずベルトルドは欠伸の連続で、テーブルに肘をついて転寝を始めた。

 リュリュは目を閉じ、黙って聞いているフリをして寝ていた。

 ブルーベル将軍はニコニコ笑顔で、実は目を閉じ寝ていた。

 10人の大将たちも、思い思いの誤魔化しポーズで寝ていた。

 駐留軍指揮官やその他の軍人たちは、上官のように寝るわけにもいかず、欠伸だけは大胆にしながら辛抱強く終わるのを待っていた。

 壁際の副官や秘書官たちは上官たちの様子を見て、冷や汗を流しながら代わりに拝聴していた。

 こうしてヘイモ少将の熱弁タイムは1時間に及んだ。

 喉が嗄れそうなほど喋りとおしたヘイモ少将は、コップに汲まれていた水で喉を潤す。そのコップを普通にテーブルに置いたが、その音で室内が露骨に「ハッ」となった。


「以上であります。よろしいでしょうか、閣下?」


 上座で弛緩した顔を隠そうともしないベルトルドは、内心「なにが?」と思っていた。

 まさか「寝ていたから聴いてなかったの」などと言うわけにもいかず、


「うん、いいよ」


 と言ってしまった。

 睡魔を堪えて耐えて聴いてた者たちは仰天した。


(マジかアンタ!)


 異口同音に胸中で叫んでいた。しかしベルトルドと将軍と10人の大将たちは「あー、よく寝た」と表情(かお)に書いて部屋を出て行ってしまった。

 2週間後、その怠慢(おさぼり)がとんでもない形でブーメランするのである。



* * *



「なあ、リュー」

「なあに」

「今日は総帥本部の仕事、ナイよな?」

「そうね。あーたが出張るような会議もないわね」

「そっかそっか。んじゃ、今日は宰相府の仕事だけで終わるな」


 目の前に連なる書類の山脈を見て、ベルトルドは安堵の息を吐く。国政と軍の双方の仕事が連日増えていて、もううんざりしていたのだ。


「はあ…、リッキーとあんなコトや、こんなコトしたいなあ…」


 ぶつくさ言いながらハンコを押しまくる。そこへ、


「かっかあああ!!」


 扉前の護衛官の応対もすっ飛ばし、ブルーベル将軍の秘書官ハギが、血相を変えて飛び込んできた。


「あらハギたん」


 目を丸くしたリュリュが呟くが、ハギはそれをスルーしてベルトルドのデスクまで駆け寄った。


「閣下! 大至急総帥本部へお越しください! キンキュー事態です!」


 ベルトルドはハギの顔を見て、次いでリュリュの顔を見る。


「…うん?」




 あまりにもハギが急かすので、ベルトルドはリュリュとハギを連れて空間転移で総帥本部へ移動した。

 ベルトルドの執務室に突然3人が現れて、待機していたブルーベル将軍は顔をあげた。


「申し訳ありません閣下」

「なんか、キンキュー事態なんだって?」

「ええ、これをご覧ください」


 大きなモニターに映像が映し出される。


「はえ?」


 リュリュは垂れ目をぱちくりさせて、モニターを食い入るように見つめた。


「なんだこれは!」


 ベルトルドはハギの頭を鷲掴んで叫んだ。

 どこかの町の広場に、複数の男女が磔にされていた。それも下着姿である。しかも女性はブラジャーを外され、乳房が露わになっていた。

 磔にされている男女の身体には、明らかな暴行の跡が見られる。酷いと口から血を流している者もいた。


「どういうことだ? これはなんの見せしめをしている? どこの国だこんなことをやらかす阿呆は!」


 不愉快極まりないと表情(かお)に書いて、ベルトルドはデスクを拳で叩く。


「……我が軍の駐留部隊です。そして映像の場所は、ソープワート国の国境付近にある町パジェラです」


 言いにくそうにブルーベル将軍から告げられ、ベルトルドとリュリュは顔を見合わせた。


「ウチの軍隊は、中世よろしく磔が流行っているのか? まるで酷い時代劇を見せられている気分なんだがな」


 ベルトルドの怒りを抑えた声を受けて、ハギは肩を縮こませた。

 リュリュは不可解そうな表情(かお)で、モニターを見つめている。


「これを指示した…、というか、実行に了承をしたのは閣下なのです」

「なぬ?」

「先日の地方の駐留軍指揮官たちからの、定例報告を受ける会議を覚えていますか?」

「……ああ、やたら昼寝が捗った」

「ええ。ワシもうっかり眠ってしまったのですが…。昼寝をする直前に、ヘイモ少将という男が、何やら演説をかましておりましたね」


 ベルトルドは腕を組んで少し考え込んだが、


「あー、いたな! 昼寝をしてくれと言わんばかりに、なにやら口を動かしまくっていた奴が。お陰でよく眠れた」

「そうです。ヘイモ少将がこの磔の刑の提案者なのです」

「そういえばベルったら、「うん、いいよ」とか返事してたわねえ…」


 執務室が静寂に包まれる。


「当然だが、俺はヘイモとやらの演説内容は知らんぞ。しっかり寝ていたしな!」

「ワシもです」

「ダメじゃないのベル」

「秘書官が代わりに聴いておくものじゃないのか? リューは覚えているんだろうな、当然」

「アタシは立ったまま寝てたもの。知るわけないじゃない」


 あまりにも無責任な3人の吐露に、ハギの温厚な顔に殺意が浮かんだ。

 これでは責任を取りたくない責任者たちの言い訳になってしまい、ハギは「うがー!」と吠えた。


「総帥閣下、今すぐナントカしてきてください!」

「うっ」


 絶対怒ることがない、と思い込んでいたハギにキレられて、ベルトルドとリュリュは言葉を詰まらせた。

 怒る姿まで可愛いが、ハギが言うようにナントカしてこないとこれはマズかった。


「どうすンの、ベル?」

「ヘイモとやらをここへ出頭させておけ。俺が現地へ飛んでナントカしてくる」

「パジェラの映像はたまたま駐留軍指揮官がワシに送って寄越してくれたものです。おそらく他にもやらかしておるでしょう」

「…チッ」



* * *



 後日、駐留軍指揮官たちが全てハーメンリンナに集められた。そして将軍、10人の大将たちも会議に同席した。


「先日の会議では、ヘイモ少将の演説の最中居眠りをしてしまい、諸将には迷惑をかけてしまった。あまりにも立派に長すぎて、寝るなと言うほうが無理なほどの眠気に包まれる長さだった」


 謝っているのか擦り付けているのか判らない、ベルトルドの挨拶で始まる。


「将軍から報告を受けた俺は、反省し! 責任を取るために! 現地へ赴き滅茶苦茶頑張った!」


 ドンッ、とテーブルを叩く。それに対し、駐留軍指揮官たちはビクッと怯えて内心ダラダラ汗を垂れ流した。

 実際、ベルトルドは滅茶苦茶頑張った。

 全ての駐留軍基地に空間転移して飛び回り、磔が公開されている場所へ赴いた。

 磔にされた人々に詫びをして、怪我の治療代と慰謝料を約束し、駐留軍指揮官に順守させた。特に女性に対しては、乳房まで晒させるという性的虐待も行われていたため看過できない。


「確かにヘイモの提案を了解したのは俺だ。しかし、そのことで誰一人から再考の一言もなかったのも事実だ。

 責任転嫁するつもりは毛頭ない。

 わが身可愛さに口を噤んだ者、俺を独裁者にでも仕立てたいと邪念が湧いた者、個人的思惑から発言を止めた者もいるだろう。

 その結果、せいぜいが叱責、よくて一晩勾留程度で済む連中は、磔にされて晒されるという重い刑罰を受ける羽目になった。「はい、ごめんなさい」で済む問題ではない」


 駐留軍指揮官たちの顔が青ざめた。


「夏で良かったな。風邪をひいた者はいなかったそうだ」


 室内が凍る。


「貴様らは俺と将軍が任命したわけじゃないようだから、俺たちが選んだ者を駐留軍指揮官に据えようと思う。いくら俺が了解をした案でも、善悪の判断も出来ない駐留軍指揮官など、置いておくだけで皇国の害悪にしかならんしな」

「そうですねえ」


 それまで黙っていたブルーベル将軍が、好々爺の笑みで応じる。


「貴様らの退職金と年金は、被害者たちに充てることにする。今までご苦労だったな。今度はムショでゆっくり過ごしてくれ」


 言い訳と再考を、と思った元駐留軍指揮官たちは立ち上がったが、背後に控えていた警務部隊に取り押さえられてしまった。


「これで特別に予算を組まなくても、すっきり丸っと解決。俺天才だな」

「穏やかな解決ですねえ。流血沙汰はご免ですが」

「ウン。でも最近尋問・拷問部隊が暇そうだから、他にもやらかしがないか、調べてもらおうと思ってる」

「それはいいですねえ」

「だろ」


 ――怖ろしい上司たち…。


 10人の大将や副官たちは青ざめていた。


「そういえば、ヘイモ少将はどうされるのですか?」


 エクルース大将が問うと、ベルトルドはとても無邪気な笑みを向けた。




 ハーメンリンナの城壁の外に、一つの磔が公開された。


「まあイヤだわ…、裸よアレ」

「見苦しい」


 磔を遠巻きに人だかりが出来る。

 とくに触書もなく、ただ、裸身の男が磔にされて置かれていた。

 こうしてヘイモ少将は、死ぬまで磔に晒され続けるのだった。

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