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片翼の召喚士  作者: ゆずき
番外編
198/226

Extra03 フェンリル

キュッリッキが大怪我をしてベルトルド邸へ運び込まれてから、モナルダ大陸へ出兵する前付近の、ちょっとした小話です。

番外編のイメージイラストの元ネタになったお話でもあります。


※Extraシリーズは1話読み切りの、掌編より長く、最低限の長さの短編、って感じです(タブン


******



 ナルバ山の遺跡で瀕死の重傷を負ったキュッリッキが、ベルトルド邸に運ばれて1週間が経った。

 キュッリッキが怪物に出くわしたまさにその時、フェンリルは何もできなかった。何かの力によって、アルケラに強制送還されてしまったのだ。

 キュッリッキがあれほど怯え、フェンリルも言いようのない違和感をあの神殿に感じていた。何者の仕業か判らないが、神を強制的に排除できる強大な力がそこにあったのは確かだった。その為にキュッリッキが酷い怪我をする羽目になったのだ。

 守るために人間の世に来たというのに、守ることができなかった。そのことがフェンリルを心底落ち込ませていた。

 キュッリッキは毎日薬を飲まされ、今もぐっすりと眠っている。傷を治すため身体を安静に休ませる必要があるのは判る。しかし、薬漬けにされるのを見ているのは辛い。

 神とは言えど人間の世で、自らの意思で力を全て解放することは禁じられている。

 唯一召喚士の求めに応じて、相応の力を振るうことは許されているが、キュッリッキの傷を瞬時に治すような奇跡は、決してやってはならないことだった。

 掟を破れば、キュッリッキのそばに居てやれなくなる。それは耐え難い。しかし、早く治してやりたいと思う。あんなに辛そうなのだ。

 この(やしき)の人間たちは、献身的にキュッリッキを看護している。今は信用して、あの人間たちに任せるしかなかった。

 最近気に入っている青い天鵞絨(ビロード)張りのクッションから飛び降りると、見守ることしかできない今の状況に辟易し、フェンリルは用もないのに外に出た。




 (やしき)同様だだっ広い庭をうろうろし、やがて花が咲き乱れる一角にきた。

 綺麗に整えられた花壇に、ふと白い小さな花を見つけた。

 鈴蘭とよく似た形をしているが、なんという名の花かは知らない。

 気休めに一本持って行ってやろう。そう思いつき、フェンリルは短い前脚を伸ばして茎を折ろうとする。だが、仔犬の姿だと思うように前脚が動かせず、かといってこんな場所で本来の姿で顕現するわけにもいかない。

 もどかしげに花をつついていると、


「コラッ! 何をしている犬っころが」


 突然怒鳴られ、フェンリルはびっくりして背後を振り返った。

 作業用のエプロンを身につけた初老の男が、顔を怒らせて歩いてきた。


「どこから紛れ込んできたんだか、花を荒らすとはケシカラン犬だ」


 我は犬ではない!と言いたかったが、喋るわけにもいかず、恨めしそうに男を睨みつけた。


「いいか犬っころ、ここの花々は雑草とは違うんだ。ワシたちが毎日丁寧に世話をして、大切に育てている花なんだぞ。そんなに足で叩いたら、すぐ死んでしまうんだ」


 よく日焼けした顔のシワをさらに深く刻みながら、男は花に害はないかを確かめていた。

 フェンリルは男を睨みつけていたが、キュッリッキのもとへ持って行ってやりたい花を諦めきれず、そこに踏ん張るように立ちすくしていた。


「おめえ、この花欲しいのか?」


 男は動かないフェンリルを見おろしながら、白い花を指す。

 こういう場合、本物の犬のように尻尾を振ればいいのだろう。しかし仔犬の姿をとっているが、中身まで犬を真似るつもりは毛頭ない。唸れば以心伝心で判ってくれるキュッリッキと違い、相手は見知らぬ人間の男。

 妙案が思い浮かばず自然と喉を鳴らしてしまうと、男は屈み直してフェンリルが折ろうとしていた花を、パチリとハサミで切った。


「こいつはな、スノーフレークって花なんだ。可愛いだろう? 花言葉もいいのがついててな、『純粋、汚れなき心、慈愛』といったものがあるんだ」


 そう説明をすると、男はフェンリルの口元にスノーフレークの一輪を差し出した。


「おめえさんの飼い主にあげてえんだな。一本持っていけ、きっと喜んでくれるさ」


 フェンリルは男を見上げ、目の前の節くれだった職人気質の手をじっと見る。そして躊躇いつつもそっと花を口にくわえた。

 フェンリルは小さく数回尻尾を振ると、男の優しい笑顔を振り返り、逃げるように(やしき)に駆けて行った。




 まだ眠っているキュッリッキのベッドに飛び乗ると、枕元にスノーフレークの一輪を置いた。

 あとで人間が花瓶に活けてくれるだろう。

 フェンリルは何度も何度も顔をキュッリッキの頬に擦り付け、お気に入りのクッションに戻った。

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