Extra02 ルーファスのウソ
キュッリッキが大怪我をしてベルトルド邸へ運び込まれてから、モナルダ大陸へ出兵する前付近の、ちょっとした小話です。、
※Extraシリーズは1話読み切りの、掌編より長く、最低限の長さの短編、って感じです(タブン
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キュッリッキの看病のために、メルヴィンと共にベルトルド邸に滞在しているルーファスは、夜中小腹が空いて食堂へ向かう途中、書斎から光が漏れているのに気付いてドア越しに中を覗いてみた。
長椅子にだらしなく脚を伸ばして寝転ぶベルトルドが、テーブルの上の山積み書類を眺めていた。
寝間着に着替えていて、寝る前に仕事を片付けているのだろうか。表情は精彩を欠いて疲れ切っている。しかしそれでも秀麗な顔で、男でもドキリとしてしまうほどの美しさをたたえていた。むしろいつもの険悪な目つきがなりを潜めているから、あの美しさが際立っているのかもしれなかった。
「なんだ、ルー」
突如ジロリと見られて、ルーファスはビクリとする。相変わらず気配を感じ取るのが早い。
「あ、いや、明かりが見えたんでちょっと覗いてみただけで…」
逃げると超能力で捕まえられそうだから、あははっと愛想笑いを浮かべながら中へ入る。
「大方つまみ食いでもしにいく途中だったんだろう。俺は食わん、お前が食っておけ」
ベルトルドが顎で示した書類の山の横に、クロワッサンやデニッシュなどのパン類に、つまみやすいようなオードブル、ミルクを添えた紅茶のティーポットの夜食セットが置いてあった。
「あざっす!」
ルーファスは素直に喜び、ベルトルドの反対側の長椅子に座ってクロワッサンに手を伸ばした。
躊躇いもなく頬張るその様子を見ていたベルトルドは、疲れた顔に苦笑を浮かべる。
「お前はお調子者だな」
「えー、そんなほろあいえすよ」
「口の中のものを飲み込んでから言え」
「ふいあえん」
ルーファスは慌てて口を動かし、紅茶で流し込んで一息ついた。
「お疲れみたいっすね~」
「まあな。増えることはあっても減ることはない、それが俺のやっている仕事だ」
ハワドウレ皇国の副宰相という地位に就いているベルトルドは、本来宰相が決裁する仕事も兼任している。更には最近軍総帥の地位も下賜され仕事が倍増していた。
「ベルトルド様の場合は、極端に多すぎるんですよ。アルカネットさんが心配してましたよ、仕事増えすぎだって」
「仕方あるまい。――副宰相職を辞任すれば、暇になるだろうがな」
「そんなことになったら、国が傾いちゃいそう…」
「俺だっていずれ辞めることになる。後を任せられるような人材は、今のところ皆無だが」
ため息まじりにベルトルドは肩をすくめた。
ベルトルドにほぼ近い状態の今は、本当にベルトルドが辞めたら国政は大混乱するだろう。それほどまでにベルトルドの背負っているものは甚大だ。
「辞めた後のことまで考えてやるほど、俺はお人好しじゃない。後任はこれまで俺に押し付けてきた仕事量を見て、己の非力さを嘆くがいいさ」
「はは…。でも、ベルトルド様が辞める頃だと…、マルック宰相は死んじゃってるだろうし、皇王様も。そうすると皇太子殿下かあ」
「あれは使い物にならんな。『お勉強』と称して地方へ出ているが、地方の行政すらマトモに扱えん。この俺レベルの行政官をダース単位で早々に育成しておかんと、本当に国が傾く」
「シャレになってねーっす…」
エリート養成機関ターベッティ学院を歴代一位の首席で卒業したベルトルドは、すぐに副宰相に叙されたという。齢18の頃だというから前代未聞の大抜擢だった。それから現在まで副宰相の地位で国政を司っている。
ルーファスは30歳でベルトルドは41歳。たかが11歳しか離れていない。それなのにベルトルドは国政を司る職に就いている。とくに行政職に興味があるわけではないが、気軽な傭兵をしている身を顧みると、なんとなく引け目を感じてしまう。
「俺と比べるから凹むんだ。比べるなら同業者にしておけ」
「あーっ! 勝手に覗かないでくださいよ思考を」
「バカタレ、お前の考えは駄々洩れなんだ。思考が流れないように普段からブロックしておけ」
「へい…」
ベルトルドの〈才能〉は超能力。ルーファスも同じだが、ランクが桁違いなのだ。ルーファスのランクはS。
Overランクという想像を絶するレベルのベルトルドは、超能力を使っていなくても、近くの人の思考を勝手にキャッチしてしまうらしい。ルーファスも稀にそういうことはあるが、滅多にないことだ。
「そいえば、ベルトルド様は念話に映像を混ぜる時は、相手の身体に触れてること多いですよね」
ふと気づいて問うと、物凄く嫌そうな表情を向けられた。
「俺は何事にも器用だが、苦手なものくらいあるぞ」
「…ベルトルド様にも苦手なものあるんだ」
「当たり前だ!」
がるるっと噛みつきそうに睨まれて、ルーファスは首をすくめた。
「雑話と映像両方を伝えるのが上手いお前とマリオンが特別なんだ。念能力のみで言えば、お前たちはSSSランクだろうな」
「わお、褒められた」
思考を他人に伝えたり覗いたり繋げたりする能力は超能力の一部だ。ルーファスもマリオンも、この能力が抜きん出て妙に高い。
仲間内の念話ネットワークもラクに構築し、ベルトルドのように伝えたい相手に触れる必要もなく、雑話も映像も伝え放題だ。
もちろんベルトルドも出来るが、映像の場合のみ、より正確に伝えるために相手に触れているほうが確実だという。
「お前もマリオンも野次馬根性だから、念能力に特化してるんだろうさ」
「えー、ひどーい」
「褒めている」
フンッと鼻で笑って、ベルトルドは意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺に聞かれるとマズイ内緒話が多いんだろ。だからより特化したんだろうな。防衛本能が働いて磨かれたんだ、タブン」
「ギクッ」
事実である、とルーファスは明後日の方向に薄笑いを向けた。
確かにベルトルドと知り合ってから、念能力が極端に磨かれた気はしていた。おそらくマリオンも同じだろう。
「俺の場合は攻撃能力に特化している。便利で使い勝手の良さなら、念能力が一番だろうな」
「そうっすかあ? 防御系も得意じゃないですか」
「リッキーのためならどんな能力でも使いこなす」
「愛が深いっすね…」
ソレル王国で見せたキュッリッキに張り巡らせた防御の繭は、とても繊細なコントロールが必要となる。ルーファスもあれから少しずつ練習しているが、中々ああはいかない。それだけベルトルドの集中力が半端じゃないことを実感していた。
「ん、もう2時を回っているではないか。いい加減寝ろ。そしてしっかりリッキーを看病せい」
「ベルトルド様は寝ないんですか?」
「まだ少し仕事が残っているから、今日はもうここで寝る。こんな時間に行ったらリッキーを起こしてしまうかもしれんしな」
「ええ~、アルカネットさんが宿直で居ないから、キューリちゃんを独占できるのに?」
「なぬ!?」
「あれ、知らなかったんですか?」
「知らんかったぞ!!」
ガバッとベルトルドは起き上がると、一目散に部屋を飛び出して行ってしまった。
仕事を置き去りにして。
その後ろ姿を見送った後、ルーファスはにんまりと口を歪めた。
「実は、ウソなんだけどね~」
魔法部隊長官のアルカネットが宿直するなどありえない。いつも通り帰宅して、キュッリッキと一緒に寝ている。
「恋は盲目だよね」
今頃アルカネットを恨みがましく睨みつけているだろう。その様子が易々と想像できて、ルーファスは「ニシシッ」と笑った。
時々こうしてからかうと、びっくりする程素直にノってくれるので面白い。
ベルトルドのことは苦手だが、嫌いになれない理由の一つだった。
皿に残っている夜食を全部たいらげると、トレイを持って立ち上がった。
「お腹も満足したし、皿を片してオレも寝ますか」
朝にはゲンコツの一発くらいは多分食らうかも、と呟いて、書斎の電気を消して扉を閉めた。