188)おばあちゃんになっても、ずっと一緒に居るの
キュッリッキとメルヴィンの結婚式が三日後に迫り、ヴィーンゴールヴ邸には遠方の列席客が続々と集まっていた。
「やっほー、リッキー!」
「ファニー!」
玄関ロビーに佇むファニーに、キュッリッキは満面の笑みを浮かべて駆け寄って飛びついた。
「オッと、久しぶりね。約束通り、お祝いに来たわよ」
「えへへ、ありがとなの」
キュッリッキは涙ぐみながら、何度も何度も頷いた。
「よお、元気そうだな」
「ハドリー!」
キュッリッキはファニーから離れると、笑顔のハドリーにも抱きついた。
「ほんのちょっと肉が付いたか?」
「あー、やっぱそう思う?」
「1キロ太ったかも」
「たった1キロかい」
ファニーとハドリーは顔を見合わせ苦笑する。
2人はキュッリッキにとって、大親友と言ってもいい大切な友人だ。そして2人は夫婦であり、結婚式からパーティーまで、キュッリッキが面倒を見た。
今は皇都イララクスを離れ、ハドリーの故郷で宿屋を営んでいる。
「いらっしゃい、ハドリーさん、ファニーさん」
笑顔のメルヴィンもやってきて、それぞれ握手を交わした。
「ついに結婚式ですね。おめでとうございます」
「おめでとう、メルヴィンさん」
「ありがとうございます」
メルヴィンは照れ臭そうに、頬を指先で掻く。
「ねえ、ねえ、どのくらい居られるの?」
「一週間くらいはお邪魔しようかな~って思ってるわ。宿のほうはお義父さん達が見てくれてるしね」
「うん。従業員達もいるし、たまにはのんびりしておこうかと」
「ひっさしぶりの皇都だもんね。ハーツイーズとかちょっと見ていきたいし」
「アパートに行って挨拶もしてこなきゃだな」
「アタシも一緒に行く!」
「だーめダメ! アンタ3日後には大事な式が控えてるデショ。邸でおとなしくしてなさいな」
「えー…」
上目遣いでファニーを見て、キュッリッキは口を尖らせる。
「先が思いやられるわね、これじゃ」
腕組をしたファニーは、あきれ顔でため息をついた。
「結婚式が終わったら一緒に行けばいいですよ。さ、2人を部屋に案内しましょう」
「ふぁーい…」
メルヴィンに宥められて、キュッリッキは頷いた。
キュッリッキの部屋をノックし、ちょっと扉を開けて中を見る。
「リッキー、入ってもいい?」
「うん、どうぞっ」
ベッドに寝ころんでいたキュッリッキは、パッと顔を輝かせると、素早く身体を起こした。
ファニーは部屋に入ると、ベッドに腰を下ろした。
「夕食までまだ時間あるみたいし、話でもしようかと思って」
ハドリーと一緒にハーツイーズへ行っていたファニーは、懐かしい面々と再会の挨拶をかわして戻ってきた。
「まだ一年ちょっとだし、あんまり懐かしいって雰囲気じゃなかったわね、アパートのおばちゃんたち。久しぶりって感じ」
「10年後だと懐かしいかも」
「そうね~、10年経ったらさらに磨きがかかってそうよね、あの豪快な陽気は」
傭兵たちが住むアパートの住人である”おばちゃんズ”は、戦闘〈才能〉持ちの元傭兵である。ファニーはそのアパートには住んでいなかったが、キュッリッキやハドリーが住んでいたので、よく顔を出していた。そのため”おばちゃんズ”とは顔なじみである。
「あたしもトシ食ったら、あんなふうに豪快になって、年下達に「あのババア」とか言われちゃうんだろうなあ」
キュッリッキの隣にゴロンと横になり、仰向けになってベッドの天蓋を見つめる。
「あたし割と煩いほうでしょ、おしとやかとかおとなしいには縁がないし。ああなる自信がありすぎて困っちゃうわ」
控えめに振舞うのは得意じゃないし、お節介やきなのは自覚している。それもあって、キュッリッキと仲良くなれたのだから。
隣に座るキュッリッキを見上げる。
(初めて会ったころと、見た目はあんまり変わってないなあ。ちょっと大人っぽくはなったけど)
年齢よりもずっと幼い雰囲気をずっとまとっていたから、子供だ子供だと思っていた。けれど、今は少し大人っぽい雰囲気もある。
それは、メルヴィンに恋をして、愛し合っているからだ。
その成長ぶりは嬉しい反面、美しさには多少嫉妬もあった。
「リッキーはアイオン族だから、見た目はずっとそんな感じよね」
「うん、たぶん」
「イイなあ!」
「んー、でも、アタシはメルヴィンと一緒に年を取りたい。見た目も一緒に」
複雑な笑みを顔に浮かべ、キュッリッキも寝転がる。
「前にね、メルヴィンがルーさんと話してるのを聞いちゃったことがあったの。年をとってもアタシずーっとこのままで、でもメルヴィンは老いていっちゃう。種族が違うからだけど、それはちょっと寂しいな、って」
寂しい、と言ったメルヴィンの横顔を見たとき、キュッリッキは胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
「ちょっとだけ判るかもしれないな、メルヴィンさんの気持ち」
同じヴィプネン族だから。
ヴィプネン族は年齢を重ねるごとに、年相応に外見も老いる。しかしアイオン族は、成人すると外見の成長がとても緩やかになり、実年齢より20歳ぶんは若く見えるのだ。
寿命はほとんど変わらないが、老人と呼べる年齢でも、まだ若々しい外見をしているのがアイオン族である。
「タブンダケド、置いてっちゃうような気分になるんじゃないかな。リッキーはいつまでも変わらない見た目なのに、自分はどんどん老けてっちゃう。これからどんどん見た目に顕著に現れるだろうし」
キュッリッキはファニーのほうへ身体を向け、視線を下に落とす。
「…メルヴィンを、今の見た目のままに留めることはできるよ」
「え!」
「メルヴィンの外見の時間を止めることは出来るの。そういう力を持つ神様を召喚してお願いすれば…。でも、きっとメルヴィンはそれを望まないと思う。勝手にそんなことをしたら、凄く怒っちゃうの」
「そうだね。あたしもそう思う」
あまり知らないが、メルヴィンはそれを良しとする人間ではない。そうファニーも確信できた。
「それにメルヴィンがおじいちゃんになっても、絶対カッコいいままだって、アタシ保証できるんだよ」
目を丸くするファニーに、キュッリッキはニヤリとした笑みを向けた。
「メルヴィンのお父さん、渋くてカッコイイんだもん。メルヴィンはお父さんのほうに似てると思うから、だから絶対カッコいいままおじいちゃんになるよ」
明日来てくれることになっている、メルヴィンの父アリスター。
「そっか。なら安心だね?」
「うん」
2人は顔を見合わせると、ぷっと吹き出し笑ってしまった。
「メルヴィンさんはともかく、ハドリーはもうむさっ苦しいおっさんの道からは抜け出せないわね…」
若い割には髭面が板についている。
「ハドリーって、今でもオジさんみたいだもんね…」
ここに居ないことを良いことに、言いたい放題である。
「まあ、顔に惚れたわけじゃないと思うし、長く一緒に夫婦でいられればいいわ」
ファニーの言うとおりだと、キュッリッキも思っている。
見た目で選んだわけではない。
メルヴィンという人の全てを受け入れ、愛したのだから。
「そうだね。おばあちゃんになっても、ずっと一緒に居るの」