186)新しいライオン傭兵団の出発です
「招待客からの返事は、もう全部もらってるか?」
ザカリーはテーブルに山積みにされた手紙を整えながら、リストにチェックを入れていく。
「タブンそれで全部じゃないですかね~?」
シビルは手にしていた手紙の山を、テーブルに追加する。
「んじゃ、この人数が入れる仮設テントを準備だな」
「砂地に建てるコトになるし、ある程度風が吹いても大丈夫なよう、しっかりしたポールじゃないとですね」
「んだんだ。カミサマがついてっから、まあ当日の天候は安心だろうケド」
「テント周辺の警備は正規部隊がつくんでしたっけ」
「うん。ビーチ全体はもちろん、選り抜きの精鋭部隊を特別にテント周辺に厳重配備、ダエヴァも就くから、そのへんはマリオンに一任してる」
「魔法部隊も来るんですよね。カーティスさんが担当かな」
「だな」
7月に入って、にわかにライオン傭兵団は忙しくなった。
来月にはいよいよアジトが完成し、再来月にはキュッリッキとメルヴィンの結婚式だ。惰眠を散々貪りまくっていたライオン傭兵団は、目の前に迫るお祭りにエンジンをフカシまくっていた。
とくに結婚式の準備には余念がない。
キュッリッキとメルヴィンは大事な仲間であり、2人の結婚式を皆楽しみに待っていたのだ。
「会場を飾る花の手配も、もうしておかないとダメですよね」
「数が半端ねーからなあ」
「こっちでテキトーに選んじゃって良いですよね」
「パンフレットに載ってる高そうなのをテキトーでいいだろ。オレは花なんて何がいいのか判らん…」
「私もです…」
ザカリーとシビルは、カタログを開いて薄笑った。
「おい、酒の手配はどうなってる?」
そこへガエルとランドンがやってきた。
「救護班とかの手配もちゃんとしてあるのかな」
「酒はもう集め始めてる。ハーツイーズの倉庫をいくつか借りて、そこに置いてある」
「救護班の手配はウコンマーンアホ先生の担当でしたっけ。タブン大丈夫そう?」
「ナースの好みが煩くて、カーティスと喧嘩になってた気が…」
「…そう…。じゃあ当日何かあっても、先生が全部責任とって対応してくれるね」
ザカリー、シビル、ランドンは、その光景を想像して深々とため息をついた。
ライオン傭兵団始まって以来の、待望の名医ウコンマーンアホ。見た目は愛らしいコアラのトゥーリ族だが、ベルトルドやルーファスに負けず劣らずの女好きであった。
* * *
「まあ、わたくし共もご招待していただけるんですか?」
「ええ、新郎新婦たっての頼みなので」
にこやかにカーティスは微笑む。
「使用人風情が、本当によろしいのでございましょうか…」
嬉しさ半分戸惑い半分といった表情で、リトヴァとセヴェリは顔を見合わせた。
「お2人とアリサと3人、使用人代表で是非参加してください。キューリさんにしてみたら、3人は大事な身内なんです。キューリさんのためにもお願いします」
「そこまで仰っていただけるなら、喜んで参加させていただきますわ」
「ありがとうございます」
* * *
「傭兵ギルドへの通達ってしてあるのか?」
「エルダー街とハーツイーズ街にはしてある」
「昨年の美人コンテストよりは、くるんかねえ?」
「どうかなあ。世界各地では、まだ被災状態だったり、内戦で盛り上がりまくりの戦場イベント続発中だから」
「じゃあ、美人コンテストの時くらいの感じでいっか。余らせても勿体無いしな」
「だね」
ギャリーとルーファスは、無差別参加客の担当だった。
昨年ベルトルドとアルカネットが引き起こしたモナルダ大陸半壊事件で、モナルダ大陸以外にも自然災害を被った他の大陸や島国など、いまだ大きな被災の爪痕が残っている。
そしてベルトルドが死んだことが世界中に伝わると、それまで属国に甘んじていた小国が、武装蜂起を始めたりするところも出始めた。
ベルトルドの存在一つで、どれほどの抑止力になっていたのか。皇国の行政・軍各上層部は、それを今頃痛感しているに違いない。
ベルトルドやアルカネットを止められなかった点で言えば、ライオン傭兵団にも世界の現状には責任があるのだ。
ギャリーもルーファスも、そのことではそれぞれ思うところもある。
しかし共通して思うことは。
「稼ぎ時っ!!」
だった。
* * *
「なんか、みんな忙しそうだね」
「そうですね。オレたちの結婚式の準備で」
メルヴィンはちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめ、カシカシと後頭部を掻いた。
「あ、ウェディングドレスはどうなっていますか? あとオレのスーツ」
「それはね」
メルヴィンに膝枕をしてもらっているキュッリッキは仰向けになると、クスッと笑ってメルヴィンを見上げる。
「アルケラの神様たちが、すっご~~~っく気合入れて作ってくれてるから大丈夫だよ」
「え…」
「アタシの好みは伝えてあるんだけど、珍しくティワズ様がノリノリになってて。しょっちゅう色々訊いてくるんだよ」
「そ、そうなんです、か…」
ウェディングドレス――とスーツ――に燃える神様たちって一体、と、メルヴィンは心中複雑になる。
昨年のクリスマスパーティーで、カーティス、皇王、ロキ神がキュッリッキの結婚式のことで揉めて、準備する担当を3方向で分担することになった。
神様サイドは当日の天候と、ドレスとスーツを担当することになっていた。
「メルヴィンがドキドキしちゃうくらい、すっごいのを作ってねって言ってあるから、楽しみにしててね、メルヴィン」
「はい。とっても楽しみです」
* * *
本格的な夏に突入した皇都イララクスは、暑い陽射しにも負けず、木材やレンガを積んだ馬車が忙しなく走り、トンカンと金槌の音を随所で鳴り響かせていた。
インフラ整備が終わった街から再建が急ピッチで進み、他国の建築職人も招かれ、街が蘇り始めていた。
ライオン傭兵団とリュリュの繋がりから、復興が一番に終わったのはエルダー街である。
別名『傭兵街』。傭兵ギルド、傭兵のアジトやアパート、裏金融や裏稼業、水商売などの日陰者が多く住む街として有名だ。
エルダー街のほぼ中央に、ライオン傭兵団のアジトが建った。
昨年、今は亡き皇国元副宰相ベルトルドによって吹っ飛ばされた土地を、ライオン傭兵団のリーダー・カーティスが全て買い占め、広大な地にアジトを建てたのだ。
ライオン傭兵団は13名からなる傭兵集団で、昨年召喚士キュッリッキが退団して元の14名になったあと、更にマーゴットも退団して13名となった。
しかし復興前から傭兵ギルドと取引をして、新団員と傭兵見習いを多く入れることになっている。それでも敷地の広さはかなりだ。
「今日からアジト住まいに戻るんですね。おめでとうございます、カーティスさん」
「ありがとうメルヴィン。随分とヴィーンゴールヴ邸にはご厄介になりました」
「いえ、みんなこちらに越してしまうから、正直寂しくなります」
「賑やかでしたからねえ。まあ、今日からキューリさんと静かに暮らしてください」
「はは、そうします」
アジトの敷地には多くの荷車が入り、次々と家具やら箱やらが運び込まれていく。
「新団員向けの家具などは後日ですか?」
「ええ。結構な数を注文したので、来週納品してもらう予定です。さすがに今週は廊下も荷物で溢れかえりますしね」
「リッキーがヴィーンゴールヴ邸の使用人を、10名ほどこちらに寄越してくれました。団員部屋以外のところの片付けを担当してくれてます」
「それはとても助かりますよ。ありがとうございます」
「いえ」
「キューリさんは邸の方ですか?」
「はい。今日の授業が終わったらこちらに来るそうです。グンヒルド先生が授業を休ませてくれないからって、拗ねてました」
「あはははは。アジトのメルヴィンの部屋に、キューリさんも泊まれるようにしてあるから、早く見に来たいんでしょう」
以前はシングルベッドだったが、新しく全ての部屋のベッドはダブルベッドだ。
「オレの部屋も用意してくれて、ありがとうございます」
「キティラから通うといっても、自分の部屋で休憩したい時もあるだろうし、場合によっては泊まりもあるでしょう。必要ですよ、全員の部屋は」
いずれメンバーも結婚して、別に住まいを構える者も出てくるだろう。それでも、アジトに彼らの部屋は必要なのだ。
「カーティスさん、メルヴィンさん」
そこへ、2人の中年夫婦が歩いてきた。
「ああ、おかえりなさい、キリ夫妻」
「お久しぶりです、キリさんたち」
「ただ今戻りました」
キリ夫人はにこやかな笑顔で、そっと頭を下げた。感情が乏しいキリ氏も、ニコッと笑んで頭を下げる。
「一年近くもお休みをいただいてしまって、夫婦2人、とてもゆっくりできました」
アジトが崩壊したあと、カーティスはボーナス金を渡してキリ夫妻を皇都から脱出させ、旅に出していたのだ。アジトが再建できるまではと。
「また美味しい食事をお願いします」
「お任せ下さい」
朝からずっと引越しやら片付けに追われていたライオン傭兵団は、夕方にはひと段落ついて、久々にキリ夫妻の作る夕食を囲むことができた。
キュッリッキも合流し、引越し祝いにと大量の酒が贈られ、美味しい食事を肴に酒盛りで大賑わいになった。
以前のアジトの食堂よりも、倍に広くなった食堂の一角では、ヴィーンゴールヴ邸の使用人たちも料理や酒を振舞われて、キュッリッキから労いの言葉をかけられていた。
「みんな今日はありがとうね。いきなりだったのに、お手伝い助かったの」
前主人だったベルトルドも気さくで風変わりだったが、新しい主のキュッリッキは更に風変わりで庶民的である。使用人相手だからと偉ぶらず、素直で優しいので、ヴィーンゴールヴ邸の使用人たちはキュッリッキが大好きだ。
「あとね、これ今日のアルバイト代ね」
青い天鵞絨の小さな袋には、金貨30枚が詰まっている。袋を一個ずつ手渡されて、使用人たちは仰天した。
「セヴェリさんにはナイショね」
片目を閉じて悪戯っ子な表情をするキュッリッキに、使用人たちは感涙の嵐だった。
「邸の飯も美味かったけど、やっぱオレたちにはキリ夫妻の料理が舌に合うな」
豚バラ肉を香辛料で焼いたものを、野菜にくるんで口へ放り込みながら、ギャリーはご機嫌に言った。
「ありがとう。新しい台所だから、久しぶりにはりきっちゃったわ。前の台所よりも広くて使いやすいし、窓も大きくて明るくて。それに足元に保温材を使ってくれたらしくて、冬場は嬉しいわ」
キリ夫人はビールを飲みながら、うふふと笑う。
「そして私たちの部屋も前より広くて嬉しいわ。またはりきってお料理頑張らなきゃ」
「そいや2、3人くらい台所担当を新しく雇うってカーティス言ってたよな」
モゴモゴ口を動かしながらザカリーが言うと、
「ああ、それについては後で説明します。キリ夫妻には面接もしてもらわないと」
カーティスが思い出したように頷いた。
「団員が増えるのかしら?」
「ドバっと増やすらしいぜ」
「あらまあ。もっと台所担当がいないと、お料理間に合わないわね」
「俺様も手伝うぜ!」
「ありがとうヴァルトちゃん」
「買い物用の馬車も買ってくれよカーティス」
「もう借りに行くより、買ったほうが便利だ」
「そうですね。団員も増えるから、移動用の馬車とか荷馬車もいくつか揃えておく必要がありますか…、あとで追加リスト作っておかないと」
「みんなの希望や要望も今のうちに出してもらって、早いうちに揃えていくようにしましょう」
真面目くさって言うメルヴィンに、
「ええ、そうですね。でも、来月はあなたたちの結婚式ですから、そっちが最優先ですよ」
ニヤリとカーティスに言われて、メルヴィンは照れ臭そうに肩をすくめた。
「アジトが吹っ飛ばされて1年、やっと落ち着きましたねえ」
大騒ぎをちょっと離れて見やり、カーティスはしみじみと呟いた。
アジトや皇都一部を吹っ飛ばしたベルトルドからは、キュッリッキが受け取った財産ほどではないが、大金を譲られていたので、その金で土地を買い占めアジトを建てた。家具やら必要なものも全て買い揃え、それでもまだ沢山余っている。
インフラ整備をしたかった国としては、ベルトルドの蛮行は結果的には、となったが、あれから1年近く、ようやくライオン傭兵団の日常は戻ったのだ。
昨年キュッリッキが退団し、結婚を機にマーゴットも辞めた。そして、近々ブルニタルも辞めることになっている。
ネコのトゥーリ族であるブルニタルは、結婚のことを考え辞めることにした。
戦闘の担当ではないから、とくに団内で目立つことはないが、作戦を立てたり情報収集や分析など、縁の下の力持ち的存在だった。
キュッリッキとメルヴィンの結婚式が終わったら、本格的に傭兵の仕事、新メンバーの採用、傭兵見習いの指導などを始める予定だ。
「キューリさんが来てから怒涛の1年でしたが、一生をかけても体験できない出来事を、これでもかと経験できました。ベルトルド卿もアルカネットさんもいなくなり、無茶な仕事もあまりこない…筈です。――リュリュさんがまだいますが、タブン」
カーティスは談笑にわく仲間たちに向けて、ワイングラスを高く持ち上げる。
「新しいライオン傭兵団の出発です」
そう言って、ワインを飲み干した。