15)確保部隊の戦場・1
ハワドウレ皇国の本土ワイ・メア大陸の、ちょうど反対側に位置するモナルダ大陸。
南の海岸地方の一部を、ハワドウレ皇国から統治を任された、メリロット子爵家によって興されたのがソレル王国だ。
ソレル王国はとくに、超古代文明の遺跡が多く出土し、その遺跡から発見された名を取って国の名としている。
ソレル王国が所有するエグザイル・システムは2つ。
一つは首都アルイール。もう一つは、なぜか首都から遠く離れた、辺境の小さな村カバダだった。
エグザイル・システムは物質転送装置で、世界中の至るところに存在している。
超古代文明の遺産の一つ、と言われていた。
人々はエグザイル・システムの置かれた場所を中心に、村や町を興した。
カバダ村もきっとそうだったのだろうが、エグザイル・システムのある建物から外に出ると、村は砂に飲み込まれた廃墟と化していた。当然人っ子一人居ない。
「もう数十年くらい前に、廃村になってそうですね…」
メルヴィンは眩しい太陽の光を遮るように、手をかざして目を細めた。
外へ出た途端、眩しい光と、ムワっとした空気が押し寄せてきて、自然と不快げに顔が歪む。
石造りの神殿のような建物の中にエグザイル・システムはあるが、こもる空気は黴臭く、新鮮な空気を求めて外に出ると、この湿度と熱気だ。
ソレル王国は湿潤な気候で、今は初夏で気温が高いうえに、とにかく蒸し暑い。おまけに清々しいほどの晴天だ。まだ5月の終わり頃だが、すでに真夏の気温である。
「……なんだこの蒸し暑さは…、サウナの中にいるようだ」
普段無口なガエルが、いつになく文句を呟き続けていた。
愛嬌あるぬいぐるみのクマと違い、引き締まった鋭い顔をしている。しかし今はあまりの蒸し暑さに、表情が情けなく弛緩していた。
「やっぱ、クマさんだから暑いの?」
下から見上げるキュッリッキが、不思議そうに言う。
キュッリッキのほうは、まるで暑さを感じていないのか、汗もかかずに涼しい表情をしている。
「俺の育った土地は、比較的寒かったし、乾燥していたからな。この蒸し暑さはかなり堪える」
「そうなんだ~」
顔を覆う短い黒い毛が、いかにも暑そうに湿っていた。
2メートルを越す巨体は、重厚な筋肉に覆われていてどっしりとしている。しかしその筋肉を覆う黒い毛は、この湿度の中ではさぞ鬱陶しいだろう。
あまり口を開かないガエルが、いつになく文句モードに入っているので、キュッリッキにしてみたら面白い。
ガエルが弱音を吐くところなど、滅多に見られない。
隣に立つキュッリッキが目を輝かせて見上げてくるので、ガエルは不吉を感じて眉間を寄せる。
「暑くてしょうがないから、抱きついてくれるなよ」
「……はーい」
腕に飛びつこうと狙っていたのに牽制されてしまい、キュッリッキはしょんぼりと肩をすくめた。
アジトにいるときなら、飛びついてもぶら下げてくれていたのに、さすがにこの暑さの中では嫌なようだった。
3人から少し離れた建物の影のあるところで、地図を見ていたブルニタルが、「では皆さん」と声をかけてきた。
「ここから半日ほどの距離にあるナルバ山に、例のエグザイル・システムのようなものがあるようです」
ブルニタルは真っ直ぐ西を指さした。
カーティスは出発前に、幾人かのギルド関係者から、ソレル王国の現状についての情報を仕入れていた。さすがになにも判らず状態で、乗り込むほど素人ではない。
一つは軍の動きが慌ただしいこと。
警務部の管轄へ強引に介入していて、命令系統がかなり乱雑気味だという。誤認逮捕や武力行使をして、市民感情を逆なでしているというのだ。
もう一つは、傭兵の動きに過敏になっているという。
仕事などで訪れている傭兵たちを強制拘束して、無理矢理取り調べたり、嫌疑をかけたりもしているそうだ。
恐らくアルケラ研究機関ケレヴィルの研究者たちを、不当逮捕したことによる影響だとカーティスは睨んでいた。
お偉方が密かに事を成すために、傭兵を駒のように使うのは常套手段である。疑いをかけられる無関係な傭兵たちは迷惑の極みだが、それだけ事態が重くなっていることを物語っていた。
そのためライオン傭兵団は、2箇所のエグザイル・システムを利用して、ソレル王国への侵入を試みた。
目的地に近いカバダ村のエグザイル・システムへ確保部隊が向かい、救出部隊と陽動部隊は、時間差をつけて首都アルイールのエグザイル・システムへ向かった。
幸いカバダ村にはソレル王国軍はいなかった。打ち捨てられて、忘れられているのだろう。
一方、救出部隊と陽動部隊がソレル王国軍に捕まったという連絡は、まだ入ってきていない。
「移動は徒歩になるし、もう出発したほうが良さそうですね」
メルヴィンは荷物から、日よけのための外套を出しながら、ブルニタルに顔を向ける。
「そうですね。こんな廃墟と化した村で、馬など調達は出来ないし。もう行きましょう」
「ねえ、空から行ったら早いよね?」
キュッリッキはブルニタルの肩を、ツンツンと突っついた。
「そりゃあ早いですよ。でも、魔法も超能力もありませんし、空を行くのは無理です」
「空飛んでいけるよ」
「どうやって?」
「こうやって」
キュッリッキは肩にとまっていた黄緑色の小鳥を指に移らせると、そっと空に放った。
小鳥は数回羽ばたいたのち、銀色の光に包まれ、ドスンっという音を立てて地面に降りた。
「………!」
「フッ、デカイな」
満足そうにガエルは頷いた。そして日よけの外套を荷物から取り出した。
黄緑色の羽根に覆われた小鳥は、ガエル級が10人乗っても余裕が有るほどの巨鳥になっていた。
ブルニタルもメルヴィンも、唖然と目を見開いて、デカくなった巨鳥を凝視した。
「この子に乗って行ったら、あっという間に着くよね」
キュッリッキは「えっへん」と胸を張った。
「キューリ、外套を着込んでおけ」
「うん」
ガエルに促され、キュッリッキも荷物から外套を引っ張り出す。
「召喚士は、なにかと便利なんですね」
メルヴィンは嬉しそうに笑った。
前日説明を受けていたが、こうして目にすると圧倒される。
ブルニタルは目を白黒させながら、その手はしっかり状況をメモ帳に綴っていた。
「たっ、高いですね」
アワワッと小鳥の羽根にしがみついて、ブルニタルは身を沈めている。
「火脹れが出来ないよう、フードをしっかりかぶっておけ」
「はーい」
ガエルの大きな掌で頭を押さえつけられ、キュッリッキは首を引っ込めていた。
巨鳥の背に乗り、確保部隊はナルバ山を目指して西に飛んでいた。
かなりのスピードで飛んでいるのか、前方から吹き付ける風が強く、また遮るものもないので陽射しも強い。
軽くてすぐ吹き飛ばされそうなキュッリッキを、ガエルは頭を押さえていた。
それに、メルヴィン、ガエル、ブルニタルはまだいいが、キュッリッキのような白い肌は、こんな強い直射日光に当たると火傷してしまう。なのでフードも飛ばないようにするためでもあった。
「アタシたち、エグザイル・システムのようなものを確保したあと、その場でずっと見張りでもしておけばいいの?」
「そうですね。占拠してその場を確保し、後に救出されてくる研究者たちの調査が円滑に続行出来るよう、救出部隊と我々で護衛も兼ねることになります。さすがにあの大きなシステムを持ち帰るのは、難しいでしょう。エグザイル・システムと同じ大きさならば」
「んー、持ち帰れないことはないけど、動かさないほうがいいんだよね、ああいうのって」
事も無げに言うキュッリッキに、ブルニタルはズズイっと詰め寄った。
「持ち帰れるんですか!?」
「う、うん」
「どうやって!」
「アルケラの子たちに手伝ってもらえば、造作もないよ」
キュッリッキの膝の上で、フェンリルが小さく鼻を鳴らした。隠れている必要もないので、姿を現している。
2人の会話を聞きながら、
(それなら引越しは、一人でも出来たんでは…)
とメルヴィンは思ったが、賢く黙っていた。
「召喚〈才能〉とは便利な力ですね。万能じゃないですか」
必死にメモをするブルニタルを困ったように見やり、キュッリッキは肩をすくめた。
歩けば半日はかかる距離を、優雅な空の旅で2時間ほど。目的地手前まで到達していた。
「あの山が、ナルバ山でしょうか」
メルヴィンが前方を指すと、頂きに雲をまとわせた緑のない岩肌の、大きな山が見えてきた。
「あの山で間違いないです」
ブルニタルが断言すると、キュッリッキは巨鳥の背を軽く突っついた。
「そろそろ目的地だから、下から見えないようになってね」
巨鳥は了解したように、小さく喉を鳴らす。
ブルニタルは山の中腹辺りに、鳥に降りてもらうよう指示をし、キュッリッキはそれを伝えた。
しかし巨鳥が舞い降りるような場所が見当たらず、結局麓に着地することになった。
「戦闘が起きてもいいように我々がいますから、大丈夫ですよ」
メルヴィンにそう言われて、キュッリッキはひと安心した。
潅木が乱雑に生える地面に音もなく着地すると、巨鳥は背を斜めにして、皆を滑り落とした。
4人が着地すると、巨鳥はもとの小鳥サイズに戻って、キュッリッキの肩にとまった。
「ご苦労様」
キュッリッキに労われて、小鳥は嬉しそうに「ピピッ」と鳴いた。
「さて…、ここはどのへんでしょうか」
ブルニタルは早速地図を広げて、だいたいの位置の目星をつける。
「報告書にあった、エグザイル・システムのようなものがある洞窟の入口は、ここからだいぶ近いようです。恐らく見張りの兵がいる筈ですから、慎重に進みましょう」
3人とも頷いた。
麓にも山にも、身を隠す木々が生えていない。大きな岩もほとんど見当たらない。全てが剥き出しなので、敵味方丸見えだ。
「ねえ、周りの様子を確認するために、偵察出しておこっ」
そう提案すると、キュッリッキは何もない方角を凝視する。
黄緑色の瞳に散らばる虹色の光彩が、より強い光を帯びていった。
キュッリッキが片手を前方に差し出す。そして、手招きするように掌を広げた。
「おいで」
そう一言だけ告げると、掌の上に無数の小さな白い綿毛が召喚された。
「タンポポの綿毛……?」
ブルニタルはキュッリッキの肩ごしに、掌の上に揺蕩う白い綿毛を凝視した。
「この子たちに名前はないの。アルケラで名前があるのは、フェンリルみたいに神様たちや眷属だけ」
白い綿毛たちは、ふわり、ふわりと宙を舞ながら、フェンリルを囲むようにして輪を作った。フェンリルは身じろぎせず、目だけを動かし綿毛たちを見ている。
「タンポポの綿毛よりも、ずっとずっと優秀なんだよ」
キュッリッキはブリニタルにニヤリと笑ってみせると、しゃがみこんでフェンリルの周囲を舞う綿毛たちに告げた。
「この辺りに、アタシたちに敵対しそうな武装した人間が居ないか、しっかり見てきてね」
綿毛たちは輪になったままふわ~っと宙に浮き上がると、パッと羽虫のように飛んで四散した。
「確かに、綿毛はあんな飛び方はせんな」
ガエルは面白そうに口の端を上げて笑った。メルヴィンも感動したように頷く。
「3人とも、これを頭に乗っけてくれる?」
キュッリッキの掌には、3つの綿毛がフカフカ浮いていた。
首をかしげるガエルとメルヴィンと違い、ブルニタルは感極まった表情で綿毛をつまむと、頭の上にそっと乗せた。
「恐らく四散した綿毛たちの見たものが、この綿毛を通じて、一種のテレパシーのようにして、私たちの脳裏に浮かぶんですよ。ですよね?」
「ぴんぽーん。正解」
すぐに理解してもらえて、キュッリッキは嬉しそに微笑んだ。
「なるほど~。それは便利ですね」
メルヴィンとガエルも、それぞれ頭に綿毛を乗せる。
「風で飛んでったりしないか? こいつは」
ガエルは黒い頭部に、小さな糸くずのように乗っている綿毛を指す。
「だいじょーぶ。タンポポの綿毛じゃないからね。見た目はちっさくっても、ちゃんと意思があるから」
キュッリッキは自信満々に太鼓判を押した。
綿毛たちが偵察に出て数分後、4人の表情にサッと緊張が走った。
「獲物を見つけてきたな」
「随分と多いなあ、中隊規模でしょうか」
「カーティスさんはここが一番手薄だろうと言っていましたが、ハズレでしょうか。200人弱は居そうです」
「ガエル嬉しそう」
「久々に大暴れ出来る」
ガエルは太い指をボキボキと鳴らす。気は充実し、すでに臨戦態勢になっていた。
「最近舞い込んでくる仕事は小物が多く、ここまで大勢の敵を相手にする機会がなかったからな」
それだけに、戦闘を好むガエルには鬱憤晴らしにもなる。
メルヴィンも荷物から剣を取り出し、素早く準備を始めた。
「ガエルとメルヴィンがいるので戦力は問題ないですが、魔法使いや厄介な〈才能〉持ちもいるかんじです。こちらは回復系魔法の使い手がいませんから、慎重にいかないといけません」
顎に手をやって考え込むブルニタルをよそに、キュッリッキは楽しそうに笑むと、ガエルの腕を突っついた。
「ガエルは、あいつらをベッコベコに殴り倒したいんだよね?」
「当たり前だ。あいつらは俺の獲物だからな」
「判った~。んじゃあ、これをガエルとメルヴィンに渡しておくね」
キュッリッキがパチリと指を鳴らすと、キュッリッキの目の前に、突如大きなガラス板のようなものが出現した。
「2人の行動に対して、”阻害する意思”のある行為は、全てこの子たちが弾くの。そして、この子たちが2人の疲労を吸い取ってくれるから、敵が何千人になっても元気に動き回れるからね」
ガラス板のようなものはブルッと震えると、10枚に分身して、それぞれ5枚ずつ2人を囲んだ。
「2人の動きには干渉しないし、この子たちに攻撃が当たることもないから、気にしなくて大丈夫。視覚的に邪魔になるだろうから、見えないようになってもらうね」
ガエルはニヤリとして、キュッリッキを見おろした。
「頭上や足元からの攻撃は大丈夫か?」
「変形するから問題ナシ」
キュッリッキはVサインをして保証する。ガエルの顔に不敵な笑みが広がった。
「あいつらの始末は俺たちに任せておけ。いくぞ、メルヴィン」
「ええ。ありがとう、リッキーさん」
メルヴィンはキュッリッキに一礼すると、腰に佩いた片手剣を抜いた。ブロードソードとフランベルジェの二刀剣法だ。
2人が中隊のいる方へ駆け出すと、キュッリッキはブルニタルを振り向いた。
「ブルニタルは暴れたりするの?」
「私は頭脳戦専門ですし、護身術程度しか戦闘は出来ません」
顔は強気を貼り付けていたが、尻尾はどこか申し訳なさそうに揺れていた。
「じゃあアタシと変わんないね。フェンリル」
キュッリッキの合図に、フェンリルは仔犬の姿を解いて大きな狼の姿になった。
フェンリルの背に飛び乗ると、キュッリッキはブルニタルに手を差し出した。
「アタシたちは、取りこぼしの掃除と見学!」
* * *
まだ照りつける太陽の下、辺りには遮るものもなく、見晴らしの良い麓の広場に、ソレル王国軍は山裾に伸びながら固まっていた。
そこを目指し、ガエルとメルヴィンは駆けていく。
小石を多量に含んだ地面は足を取られやすかったが、2人は一定の速度を保ったまま安定して走っていた。
200人弱に対して、こちらはたった2人。しかしガエルもメルヴィンも迷うことなく、敵の中に突っ込んだ。
「敵襲だ!」
突如現れた2人組に、ソレル王国軍は何事かと慌てている。
一気に騒然となり、指揮系統が乱れ、ほぼ個人の意思で対応する形になっていた。
ガエルとメルヴィンは二手に分かれ、動けずにいるソレル王国兵に、容赦なく攻撃を開始する。
「フッ、これは良いものだな」
敵からの攻撃が、全て無効化されていく。敵の攻撃が届く前に、見えないモノが防御し、しかし自分で繰り出す攻撃は阻害されない。
「本来食らう筈のダメージが全くないから、煩わしいことを気にせず戦えるな」
これほど爽快な戦闘は初めてのことで、いつもよりガエルの気分は高揚していた。
キュッリッキが召喚したガラス板のようなものが、防御してくれているおかげだ。
「中隊規模の兵士たちを一斉に相手にする場合、無傷でいることは絶対にありえん。まして、攻撃自体も阻まれ、前進も難しいだろう。仲間全員でサポートしあっても、こんな風にはいかない」
怪我の痛みに耐え、疲労にも屈せず得る勝利こそ最高! などど、マゾいことを考える性格でもない。いかに邪魔されず阻まれず、己の全力を叩き込めるかだけだ。
日々精進と鍛錬を欠かさず、己のパワーはどこまで伸びるのか、それが試したくてフリーの傭兵になった。今まさに、それを試せるのだ。
200人弱の中隊兵たちを、たった2人で相手にする。そのシチュエーションもより興奮に繋がっていた。
ガエルの持つ〈才能〉は、とくにトゥーリ族ではもっとも多く生まれて持ってくる中の一つ、『戦闘』だ。
ガエルは格闘系の複合〈才能〉持ちである。
〈才能〉には強さのランクがある。とくに戦闘〈才能〉はランクが重要視された。
最低ランクはDとC、平均はC+とB。ちょっと良くなってB+。
一般的にはBとB+までのランクが標準とされている。Aランクからは最高ランクと呼ばれ、あまり多くはいない。
ライオン傭兵団が世間に名を轟かす理由の一つが、一部例外を除き、皆最高ランクの〈才能〉持ちだからだ。
ガエルは格闘系複合〈才能〉のSSランク、メルヴィンは武器系剣術〈才能〉SSランクだ。
嫌でも戦いと向き合うことになる軍人たちの中には、戦闘〈才能〉を持たない者もいる。頭数合わせの徴兵たちだ。
そうした者たちと〈才能〉持ちでは、戦闘力に歴然の差がある。ランクが高い者が相手だと、軽い喧嘩でも命懸けになってしまう。
「うわあああっ」
「無理だー!」
逃げることもできないソレル王国兵の、悲鳴と怒号が麓に鳴り響く。
熊と人間二つの特徴を兼ね備える、トゥーリ族であるガエルのパワーは、一般兵程度じゃ防ぎきれたものではなかった。
ガエルが拳を振り下ろすたびに、複数の人間が雑草のようになぎ倒され、蹴りを入れるたびに宙を舞った。
直接拳を叩き込まれた兵士は、兜が割られ頭部が爆ぜる有様である。
それを見たソレル王国兵は、顔を引き攣らせ、涙を流し、剣を持つ手はぶるぶると震えていた。戦う前から、戦意は吹き飛んでいる。
この戦場でガエルに太刀打ち出来る者は、ソレル王国軍には一人も存在していないようだった。
「さすがガエルさん、相変わらず凄いなあ。オレも負けていられませんね」
ガエルの勇猛ぶりを目の端に留めながら、メルヴィンは剣を繰り出した。
戦闘の武器系剣術〈才能〉のSSランクを持つメルヴィンも、ガエルに劣るものではなかった。
長剣、短剣、変わり種の刀身でも、一刀でも二刀でも自在に使いこなす。
白刃が唸り風を生み、生首が青空に弧を描いて跳ねあがる。四方八方から襲いかかる敵を、円を描くようにしながら剣を繰り出していった。
その様は、華麗な演舞のようにさえ映る。無駄な動きなど一つもない、完璧な太刀筋だ。
ソレル兵たちの身につけている防具は、薄くした鉄と厚い革をなめしたものを組み合わせていて、この湿気を多量に含む中で着用するには、風通しも悪く暑苦しいだろう。
「きっちりと縫い目も防備されているし、斬り裂く為には、スピードやパワーが必要ですか」
それが判っているメルヴィンは、無用な斬り合いをせず、一閃で終わらせるために、正確に頭部と首の付け根を狙い跳ねていった。それが難しい場合は、フランベルジェで急所を突いて、致命傷を与える。
「逃げても無駄です」
背を向け敗走する兵たちにも、容赦なく剣を振り上げていった。
ハワドウレ皇国の正規部隊に所属していたことのあるメルヴィンは、皇国で五指に入るほどの剣術使いとして有名だった。御前試合でも何度か優勝したことがある。
そのメルヴィンが退役するとき、大将たちが列を作って、メルヴィンの退役を思いとどまらせようとしたことがあるという。そんな逸話が残されているくらいの実力者だ。
向こうへ逃げればクマ男に殴り殺され、こっちへ向かうと斬り殺される。ソレル王国兵は、恐怖に全身を貫かれながら、為す術もなくジリジリと後退していた。
あたりを赤い濃霧のように舞う血飛沫や、断末魔と恐怖で沸き起こる悲鳴、怒号や爆音などが麓を騒がす。
魔法使いたちの放つ、あらゆる魔法攻撃も全て防がれ、弾かれた魔法が味方にあたって、惨劇がさらに広がった。
まさに一方的な殺戮の舞台と化している。
ナルバ山の麓はあっという間に凄惨な姿に塗り変わり、ブルニタルはあまりの光景に口元を抑えた。
「信じられないスピードで、死体の山が築かれていきますね…」
仲間たちの武勇はよく知っているつもりだったが、ブルニタルは殆ど後衛に徹しているため、前に出て彼らの戦闘を見たことがなかった。
ブルニタルとは反対に、キュッリッキは表情一つ動かさず、無感動に死体を眺めおろしている。
ソレル王国兵たちを倒しながら進む2人の背中に、チラッと視線を向けた。
(返り血も浴びてないようだし、あの子たちがしっかり仕事してるね)
アルケラから招いた友達の働きぶりに、キュッリッキは嬉しそうに目を細めた。
(これまでは、敵を攻撃するくらいにしか使ったことがないもんね…。こんな風に、仲間の強化支援で火力の底上げをしたり、防御をして助けたりするのは初めて。こういうのもイイかも)
自分の力がしっかりと役立っていて、キュッリッキはウキウキするほど嬉しくて仕方がない。
(噂通り、2人ともホントに強いんだね~。ガエルもメルヴィンも、カッコイイんだなあ。ふふっ。ちゃんと貢献出来ていることが、本当に嬉しい)
気持ちがそのまま表情に浮かんで、凄惨な戦場には似つかわしくない、愛らしい笑顔になっていた。




