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片翼の召喚士  作者: ゆずき
後日談編
189/226

185)コアラ先生、現る

「それでは、行ってきますね」

「……うん」


 キュッリッキはしょんぼりと俯いて、小さく頷く。それを見やって、メルヴィンは苦笑した。

 先日の大雪騒動から皇都が落ち着いて、いよいよライオン傭兵団のノーキン組みのアルバイトが始まった。

 軍総帥に就任したブルーベル総帥から、正規部隊の軍人たちを鍛えて欲しいとのオファーがあり、暇を持て余しまくっていたノーキン組みが大喜びで食いついた。当然メルヴィンも参加だ。

 週3日、ハーメンリンナ内の特別軍事施設で行われるため、泊りがけで行く事になっている。

 今日から出向することになって、3日ほどメルヴィンと離れ離れになってしまう。


「早く、帰ってきてね」


 蚊の鳴くくらいの小さな声で、キュッリッキは俯いたまま呟く。たった3日とはいえ、キュッリッキにしてみたら、3年もの長い時間に思える。寂しくてしかたがない。

 なんと言葉をかけようかとメルヴィンは思案したが、ふとあることを思い出した。


「そうだリッキー、以前通信できる小鳥を召喚していましたよね。あの小鳥をまた呼んでくれませんか?」

「え、あ、うん」

「離れている間は、小鳥を通じてリッキーの声が聞けます」


 顔が見えない間は、せめて声だけでも。そうメルヴィンは思いついた。

 安堵させるようにっこり笑むメルヴィンの顔を見て、キュッリッキは泣きそうな顔で無理に微笑もうとした。しかしうまくいかずに、涙がポロポロ頬を零れおちていった。


「泣かないで、リッキー。こういうことにも、慣れていきましょうね」

「はいなの…」




 2人の様子を車内から見つめ、皆やれやれと肩をすくめた。

 仕事でメルヴィンが留守にするたびにあれでは、この先どうなるのかと心配になる。

 アジトが完成すれば、傭兵の仕事はすぐに再開される。現在営業停止中の傭兵ギルド・エルダー街支部以外の支部から、仕事の依頼は殺到している。ライオン傭兵団も現在停止中だから依頼は断っているが、彼らに仕事を頼みたい人々は多いのだ。


「今すぐには無理でも、そのうち慣れていくよ。ラブラブもそう何年も続かないさ」


 タルコットは苦笑気味に言ったが、内心では一生ラブラブなのでは、と思ったりしていた。

 なにせ、強大な障壁を乗り越えて結ばれた2人なのだ。


「まあな。いずれあっけらかんと見送りもしなくなるって展開になるだろ」


 ザカリーは皮肉げに言ってみたが、内心はタルコットと同じである。


「やいメルヴィン、早く車に乗れよー! 時間に遅れっぞ」


 焦れたヴァルトが大声でメルヴィンを呼ぶ。


「別にコンジョーの別れじゃないんだぞ、ったく」

「しょうがねーだろ、離れ離れは寂しいもんだ」


 ギャリーに宥められて、フンッとヴァルトはそっぽを向く。そんな様子を見て、ガエルは小さく頷いて目を閉じた。




 キュッリッキは門の外まで出て車を見送り、侍女のアリサに促されて(やしき)に戻った。

 しょんぼり肩を落として部屋に戻ると、暖炉の前の長椅子に寝転がる。メルヴィンがいないので、何もする気が起きなかった。


「元気を出してくださいませ。3日なんてあっという間でございますよ」


 アリサは紅茶を淹れて、長椅子そばの小さなテーブルにカップを置いた。そして小皿に盛ったチョコレート菓子も添える。


「失礼いたします」


 ノックがしてメイドが扉を開けた。


「お嬢様、至急スモーキングルームへお越しくださるよう、カーティス様がお呼びになっております」

「カーティスが?」

「はい」


 アリサと顔を見合わせて、キュッリッキは小さく首をかしげた。


「なんだろう」

「とにかくスモーキングルームへ、お嬢様」

「うん」




 スモーキングルームの扉を開けて、キュッリッキはその場に立ち止まる。


「おお、美しく、中々に可愛いであるん」


 キュッリッキは不可解そうな表情(かお)になり、目を何度もしばたいた。


「アイオン族であるとか。美の質が高く、(せつ)の好みであるん」

「……」

「ほらねー。先輩、キュッリッキちゃんビックリしちゃってるじゃないかー」


 聴き慣れた声のほうへ顔を向ける。


「驚かしてごめんよ。コレ、コアラのトゥーリ族なんだ」

「ヴィヒトリ先生…」


 ようやくポツリと呟き、再び目線を下の方へ移動させる。


「コレとは失礼であるん! (せつ)はウコンマーンアホという名であるん! ちなみに”アホ”と略したら意識を保ったまま生皮をゆっくり剥がして神経を一つ一つ切断してやるであるん!!」


 コアラの頭を持つ小男は、プンプン怒った様子でそう名乗った。




「えっと、見かけは色々アレなんですが、とうとう我がライオン傭兵団に、専属の医者が入ることになったんですよ!」


 握り拳を掲げながら、カーティスは興奮気味に天を仰ぐ。ついに悲願達成だ。


「なんでも医療の複合〈才能〉(スキル)を持つSSSランクとか。医療界の権威なんだそうです」

「ほむ…」

「医療大学時代のボクの先輩でね、惑星タピオからヒイシに引っ越してくることになってて、ついでにこっちで仕事探してるって言うからさ。ここが医者欲しがってるって話をしたら、やってもいいよって」


(せつ)は不肖の後輩と違ってなまけモノであるん。今更真面目に大病院勤めや学会など、面倒の極みであるん。この傭兵団は怪我人も病人もロクに出ないというであるん。なら、腰を落ち着けるのにはいい場所であるん」


 ウコンマーンアホはのんびりとした仕草でパイプを咥えた。

 タバコの臭いはせず、爽やかな香りがした。


「これはユーカリの葉を乾燥させて砕いた、コアラのトゥーリ族が嗜むユーカリタバコであるん」

「…」


 頭はコアラ。そう、コアラをデカクして人間の胴体をくっつけた、まさにトゥーリ族である。

 トゥーリ族とは、30種からなる動物の外見と、人間の身体を持つ亜人種だ。

 惑星タピオを治め、30の種族の国と、国々を束ねる29人の評議委員と一人の王をいただいている。王は30種の中から10年ごとに選ばれ、選ばれなかった種族の代表が評議委員となる。

 キュッリッキは見た目の可愛いトゥーリ族は大好きだ。

 シビルはタヌキ、ハーマンはキツネ、ガエルはクマ、3人とも大好きでしょうがない。もっともガエルの場合外見は厳ついが、キュッリッキビジョンではぬいぐるみのように見えている。

 ウコンマーンアホはコアラであり、外見は可愛い。しかし、なぜかキュッリッキの食いつきは悪かった。

 いつもと様子が違うので、シビルとハーマンは不思議そうにキュッリッキを見ていた。

 当のキュッリッキは、


(なんだろう…ベルトルドさんと似たような感じがするの…)


 思いっきり警戒していた。

 ずんぐりした体格、自分よりも低い背、愛嬌ある可愛い顔立ち、しかしキュッリッキは手を伸ばせずにいた。


(この気配は…ムラムラしたベルトルドさんとおんなじだよね)


 キュッリッキからしてみれば、ベルトルドは24時間ムラムラしていたように思う。でもそこは、手を出したくてしょうがないところをグッと堪え、唇以外のキスやスキンシップで耐えていた。

 アルカネットという最大最強の抑止力が、全力で働いていたのも大きい。

 もっとも、そのアルカネットもベルトルドと同様に、ムラムラ塗れではあったが。

 あの事件以前は、それは父性愛が強烈すぎたから、とキュッリッキは思っていた。今は父性愛というより男性としての性欲なのだ、というのは理解している。

 目の前のコアラは、その雄の性欲がムラムラ漂っているのだ。見た目の愛嬌で目立ちにくくなっているが。


「握手するであるん」


 固まったキュッリッキに頓着せず、ウコンマーンアホは短い腕を伸ばして手を差し出した。だがキュッリッキは表情を強ばらせて動かない。


「どうしたであるん?」

「う、ううん、なんでもないの。よろしくね」


 コチカチとした動きで、恐る恐るウコンマーンアホの小さな手を握った。

 キュッリッキとようやく握手ができたウコンマーンアホは、嬉しそうにスキップしながらソファに戻る。


「キュッリッキちゃんも座りなよ」


 ヴィヒトリに促され、キュッリッキも空いてるところに座った。


「ついにライオン傭兵団に、お医者さんが入るんだね」


「ええ、団を立ち上げた当初から、医療〈才能〉(スキル)持ちを探していたんですが、ようやくですよ」


 かつてないほどカーティスの顔は晴れ晴れと輝いていた。

 傭兵たちは常に危険な仕事をしている。そのため医者がいれば少しでも早く手当ができ、命も助かる可能性が上がる。

 ナルバ山でキュッリッキが大怪我したとき、それを激しく痛感したのだ。


「じゃあ、ヴィヒトリ先生はもう来なくなっちゃうの?」

「そうだね。にーちゃんが重症でも負わない限りは、来る必要ってないから。でもキュッリッキちゃんの診察はボクがするから安心するんだ」

「うにゅ」

「まあ先輩がいるから、ボクが病院を動けない時は、代わりに診てもらうことができるって点は、ホント助かるよね~。ハーメンリンナからエルダー街まで結構遠いから」

「傭兵辞めたから、もう大怪我する心配ってナイんだよ」

「でもさ、キュッリッキちゃんの場合は、なんか安心できないんだよネ」

「えー、なんで?」

「自分から危険に入り込まなくても、危険の方から突っ込んでくる事象に恵まれてますからねえ」

「それにか弱いし体調も崩しやすいから、ホント心配なんだぞ」


 カーティスとヴィヒトリにため息混じりに言われて、キュッリッキは憮然と片頬を膨らませた。

 もうベルトルドとアルカネットがいなくても、召喚スキルを持つキュッリッキを、世界は虎視眈々と狙っているのだ。厳重すぎるほどの警備もそのためだ。


「彼女はかなり細すぎるから、胃腸を整え、多く食事を摂るようにするであるん」


 ウコンマーンアホはつぶらな黒い瞳でキュッリッキを見据え、ユーカリタバコをふかした。


「あまり多く食べられないであるん?」

「う、ん」

「なら、一度の食事量を減らし、食べる回数を増やすであるん」

「え、あれ以上減らしちゃうの!」


 びっくりしてシビルが口を挟む。

 普段キュッリッキの食べている量は、平均の半分にも満たない。


「一度でアレコレ詰め込もうとするから、満腹して胃が受け付けないであるん。それなら、時間を置きながら少しずつ食べさせ、慣らしていけばいいであるん」

「そ、そういうことですか」


 ホッと息をついてシビルは肩の力を抜く。


「そういえば、アルカネットさんからもそのこと相談されてたんだっけ。色々あったからすっかり忘れちゃってたや」

「アルカネットさんが?」

「うん。キュッリッキちゃんすぐお腹いっぱいになっちゃうでしょ。ご馳走を前にしてもちょっとしか食べられないの、可哀想だなって、ベルトルド様と言ってたんだよ」

「そうなんだあ」

「メルヴィンのあかちゃん産むって決めたんだから、いつあかちゃんできてもいいように、身体もちゃんと整えていかないとね」

「うん、そうだね」


 キュッリッキは頬を赤らめ頷いた。




 仕事があるからとヴィヒトリが帰ったあと、カーティスとウコンマーンアホは具体的な話に入っていた。


「大病院勤めは激しく面倒であるが、日々何もしないとボケちゃうであるん。そこで小さな町医者を兼業でやろうかと思っているであるん」

「エルダー街は別名傭兵街と言って、傭兵たちはもちろん、裏商売や水商売やら、日陰者が多く住むところなので、町医者は大歓迎でしょうねえ」

「儲かりそうであるん」

「つけ届けが多そうではありますよね…」


 シビルはうっすらと笑った。


「そういう不届き者は、臓器を摘出して売るから大丈夫であるん」

「……」


 室内が凍る。


「アジトの敷地内に拙の病院も建て、金髪グラマス美女と、黒髪清楚美女のナースを2人所望するであるん」

「賛成、賛成!」


 ルーファスが飛びついた。


「ナース2人の人件費は、先生が支払うんですよね」


 ニコッとカーティスが言うと、


「安月給で済む医学生でいいであるん」


 あっさり降伏した。


「ええっ、美女ナースを所望がいいよ~う」

「じゃあ~あ、アタシぃがナースしてあげようか~?」


 うっふんと言ってマリオンが唇をすぼめる。


「拙の好みじゃないであるん」

「オレの好みじゃないであるん」

「え~~~ん、コアラなんて嫌いであるん~~」

「ヤレヤレであるん」


 あるん口調が伝染りながら、カーティスは図面を広げた。


「うーん、病院って言ったらちょっと大袈裟ですが、小さい診療所程度なら、この辺に建てられそうかなあ」

「そういや、前よりすんごい敷地広くなってるよねえ」

「ええ。ベルトルド卿が豪快に近所を吹っ飛ばして、持ち主もみんな昇天しちゃいましたから、責任とって買い占めました」


 あはは、とカーティスとルーファスは揃って乾いた笑いを上げた。


「診療所の追加建設を業者に伝えて、アジト完成と日を同じくしてもらいましょうか」

「インフラ整備終わってんでしょ?」

「エルダー街は終わってます。あとはアジト建設に全力を入れてもらいます」

「この辺は傭兵相手のアパートだよね。完成はアジトよりはもうちょいかかりそうかあ」

「そうですね。手を抜かれても困りますから。まあ来年辺りを目指してもらえればいいかと」

「ゴーストタウンになるのもイヤだし、他の住処もちゃんと建ってくれるとイイネ」

「そう思います」

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