183)ロキ神からのプレゼント
「なんか、凄いことになってきたんじゃないか…」
「いやあ、恐ろしい会話が飛び交ってるよねえ~」
ザカリーとルーファスは戦々恐々になりながら、遠巻きに彼らの様子を見る。
メルヴィンとキュッリッキの結婚式は、当然ライオン傭兵団が主催するものと、そう彼らは思っていた。筋から言えば当然だろう。ところがリュリュと共にキュッリッキの後見人となった皇王が、名乗りを上げるとはさすがに思わなかった。それだけに、カーティスの反応は素早い。
しかし、もっとも驚くべきは、神が割って入ってきたことだ。
(ロキ様が召喚しろとせっついてきた理由は、このことだったのね…)
キュッリッキは頭をぐるぐるさせる。
人間たちの世界から去った神々は、人間の世界に降り立つときは、必ず巫女の召喚を通らないと降り立つことは許されない。そう神々自身が課した掟だった。例外もあるが、神々は順守している。
「ユリディスを失って一万年、キュッリッキはそれから新しく生まれた我らの巫女だ。我々にとって何よりも愛おしい存在。我らの手で祝福してやらねば気がすまぬ」
人懐っこい笑みを貼り付けたまま、反論は許さないぞ、という気迫を声に滲ませロキ神は言った。
(ロキ様ってば、チョー本気モードだあ…。わざわざロキ様が乗り込んできたってことは、ティワズ様も同じこと考えてるんだね)
神々の世界アルケラの最高神はティワズという、老齢の姿を持つ神だ。ロキ神はティワズ神に次ぐ最高位の神のひとりである。
「神がなんじゃ!」
「そうです、いきなり出しゃばらないでください!」
皇王とカーティスは憤然とロキ神に怒鳴った。
室内の空気がひんやりと固まる。
「……強いな」
フェンリルはうっそりと呟く。
「うん、皇王様とカーティスのこと、ちょっと尊敬したかも」
キュッリッキは薄笑いを浮かべ頷いた。
普段ニコニコしているが、怒るとアルケラで一番恐ろしい神だということを、フェンリルとキュッリッキはよく知っている。
「神なんて高いところから下でも見てればいいんです」
「キュッリッキが巫女だとしても、彼女は人間じゃ。神なぞ天井で光の雨でも降らせちょれ」
人間2人に真っ向からカウンターアタックされ、ロキ神は驚いてぱちぱちと目を瞬くと、やがてむすっと顔を歪めた。
「ひよっこな人間どもの分際で、よくも俺に大口叩いてくれるじゃないか」
忌々しそうに言い、そしてキュッリッキに振り向く。
「キュッリッキ、もちろんキュッリッキは、俺たちの主催で結婚式がしたいだろう?」
優しさの中に有無を言わせない迫力を滲ませ、ロキ神はキラキラと輝く笑顔を向けた。
(…あの笑顔って、アルカネットさんにすっごく似てるの)
ベルトルドもアルケラも、ロキ神の遺伝子筋である。当人たちは知らなかったことだが。
キュッリッキは小さくため息をつくと、腕を組んで床に視線を落とす。
(お祝いしてもらえるのは嬉しいけど、誰か一人を選ぶなんて出来ないよう。みんな大好きだもん。――むーん、困ったなあ…)
キュッリッキもメルヴィンも、ライオン傭兵団に結婚式を執り行ってもらうつもりでいる。2人にとって、大事な大事な仲間たちだ。しかし皇王はベルトルドが亡くなってから後見人を名乗り出てくれて、リュリュと共に頼れる存在となってくれた。それにロキ神をはじめとするアルケラの神々は、キュッリッキがほんの幼い頃から精神的に支え、見守り続けてくれている存在。
さあ、どれか一つを選べ! と突きつけられても、無理難題過ぎて困り果ててしまう。
自分のこととはいえ、さすがに選べない。救いを求めるようにメルヴィンに顔を向けると、さすがのメルヴィンも困惑していた。
「どうしよう、メルヴィン…」
ちらりとキュッリッキに視線を向けるメルヴィンの心境は、キュッリッキ以上に複雑である。
キュッリッキの伴侶になるが、皇王ともアルケラの神々とも、メルヴィン個人とは直接関係はない。あえて強調するなら、キュッリッキをまたいで関係がつながる程度だ。
この場合、ほぼオマケでしかない立場だけに、キュッリッキ以上にどれかを選ぶのは無理すぎだ。
「これは、困ったですね…」
「だあったらぁ、3人で仲良しこよしで祝ってあげればいいじゃないのさ」
語尾に「ヒック」と付けて、サーラがすわった目で口を挟んだ。部屋中の視線が一斉にサーラに集まる。
「さっきから黙って聞いてれば、ヒクッ、グダグダと大人げナイったらないわ鬱陶しい。結婚するのはキュッリッキちゃんとメルヴィン君なのよ? なのにどの面下げて偉そうに言ってるの、たかだか皇王と神とやらが!」
たかだか、が強調される。恐れることなく大暴言を吐くサーラもまた、ロキ神の遺伝子筋だ。そしてベルトルドの母君である。
「いいこと? 2人が気持ちよく、楽しく、嬉しくなる方法で心から幸せを願って祝ってあげるのが、本当の優しさと思いやりじゃないの? ったくそれなのに、やれハーメンリンナだの神様の国だのと、自分がそうしたいだけの我が儘押し付けて、偉ぶって喧嘩してんじゃないよ恥ずかしい!!」
ダンッ! とテーブルを片足で踏みつけ、呆気にとられる皇王とロキ神を鷹のように鋭く見据える。
「カーティス君!」
「は、はいっ!」
「そこのボケジジイとキンキラにーちゃんに、た~~~んまり協力させて、2人をセーダイに祝ってやんなさい!」
「そ…そうです…ね」
「そーよお」
サーラの姿をたっぷり見たあと、ベルトルドの母親にまでボケジジイと呼ばれた皇王は、肩でため息をつくと小さく頷いた。
「そうじゃの、そのほうが良いのかもの」
さすがはベルトルドの母親じゃわい、と呟いた。あの尊大で遠慮のなさは、思いっきりそっくりである。
「そうか、アウリスの血筋か」
酒に酔っているとはいえ、あっぱれ畏れない堂々としたあの態度に、キンキラにーちゃんことロキ神は心から苦笑する。自分の血がしっかり継がれていると、嫌でも判ったから。
「よかろう。そなたらに協力は惜しまぬよ」
そう言って、ロキ神も了承した。
「ふふん、判ればいーのよ、判ればっ」
サーラは顎を反らせ満足げに言うと、そのままひっくり返ってしまった。
――アンタ、さすがベルトルド様の母上だよ最強だよ!!
遠巻きに見るしかない招待客たちは、異口同音に心の中で叫ぶのだった。
* * *
「ごめんねロキ様。悪気はないんだよ、サーラさん」
大いびきで寝ているサーラを見て、ロキ神は愉快そうに笑う。
「ふふっ、なあに、あの娘も俺の血筋の末裔だ。むしろ逢えて喜ばしい限りさ」
屈託のない笑顔を向けられて、キュッリッキはホッとした。
ロキ神は面白いものが大好きだ。中途半端な紛い物には厳しいが、ああして本音でぶつかってくる者に対しては寛大である。
それにロキ神にとって、もっとも思いの深いアウリスの末裔。長い時の中で絶えることなくその血が続いていることに、ロキ神は喜びを感じていた。それと同時に、ベルトルドとアルカネットが死んだことで、サーラとレンミッキが繋いできたアウリスとユリハルシラの血が途絶えることもまた判っていた。最後の血筋はシグネ一人になる。
「そうだ、今日はキュッリッキにプレゼントを用意してある」
ふと思い出したようにロキ神は切り出す。
「うわあ、なんだろう。プレゼントはね、あのツリーの下に置いて。後でみんなで開けるんだよ」
パーティールームの奥にある大きなツリーをキュッリッキは指さす。もみの木のもとには、色とりどりのラッピングが施されたプレゼントの山が出来ていた。
うずたかく積まれたあのプレゼントの大半は、キュッリッキのために皆から贈られたものである。クリスマスをクリスマスらしく過ごしたことが一度もないことを聞いて、ライオン傭兵団も招待客たちも用意していた。
「あはは、俺のプレゼントは形あるものじゃないんだ。――受け取ってくれたら、今すぐにキュッリッキは飛べるようになるぞ」
「え」
「キュッリッキをすぐに飛べるようにしてあげる。それが、クリスマスプレゼントだ」
「おお、よかったじゃねーか」
「それは嬉しいプレゼントよね~」
それを聞いた周りが喜ぶ中、キュッリッキはなんとも言えない表情で俯いた。
「どうしたんだい? キュッリッキ」
予想外の反応に、ロキ神が不思議そうに首をかしげる。
「とても嬉しいプレゼントだけど、受け取れないの」
申し訳なさそうに顔を歪め、キュッリッキはロキ神を見上げた。
「アタシね、今とっても幸せなの。毎日食べるものがあって、寝るところもあって、仲間もいて、大好きなメルヴィンもそばにいるの。お金にも困ってないし、不安な明日じゃなくて、キラキラした明日を待っていられるんだよ」
「うん」
「みんなの優しさや、メルヴィンの愛もある。半年前までとは全然違うの。そして片翼だったのが、両翼になったの…。アタシ、いっぱい、いっぱい幸せ」
目をキラキラさせて見上げてくるキュッリッキが、何を言いたいのか判ってロキ神は笑みを深めた。
「今のアタシはこんなに沢山の幸せと贅沢に包まれてるから、飛べるようになるのは、自分の努力で解決しなきゃって思ってる。だから、そのプレゼントは受け取れないの、ごめんなさい」
ロキ神はにっこり笑い、キュッリッキの頭を優しく撫でた。
「キュッリッキは努力の天才だからな。だからいっぱい甘えても足りないくらいなんだぞ。だが、キュッリッキがそう決めたのなら、それを俺が邪魔するわけにはいかないな」
「ありがとう、ロキ様」
ロキ神はしゃがむと、キュッリッキをそっと抱き寄せた。
「強くなったね、キュッリッキ。キュッリッキがしたいようにすることが、俺は一番嬉しいんだよ。でも、プレゼントを何も渡せないのはちょっとイヤだから、こうしようか」
しなやかで長い指を、ロキ神はパチリと鳴らす。
「キュッリッキへのプレゼントは、アレだ」
ロキ神は窓の外を指さした。
「あ!」
皆もつられて一斉に見つめる窓の外には、真っ白な雪が舞い始めていた。
「うわあ、雪だ~」
「イララクスで雪は珍しいよな」
皇都イララクスでは、滅多に雪が降らない。10年に一度降ればいいほうだ。なので老若男女問わず、雪が降ると心が躍る者が多いのだ。
「雪だるま作れるくらい積もるかなあ~」
「雪合戦やろーぜ!」
「外で警備に当たってる軍人たち、冷えまくりそうだな…」
窓辺に寄って眺めながら、皆口々に雪に喜んだ。
「素敵なプレゼントをありがとう、ロキ様」
キュッリッキはお礼を込めて、ロキ神をぎゅっと抱きしめた。
雪で客たちのテンションも上がり、室内で演奏する楽隊は、いざなうようにダンス曲を奏で始めた。
「リッキー、踊りませんか」
照れ臭そうにメルヴィンが手を差し出すと、
「う、うん」
キュッリッキははにかみながらその手を取った。
思えばこうしてキュッリッキと踊るのは初めてかも、そうメルヴィンは胸をドキドキさせて、キュッリッキの細い腰を抱き寄せる。
まだ足元に目が行きがちなキュッリッキは、以前王宮で皇王と踊った時を思い出して必死に足を動かした。
キュッリッキが無様にならないように、メルヴィンは細心の注意を払ってリードする。その心遣いに、キュッリッキの動きも次第に滑らかになっていった。
あまり上手ではなかったが、2人は誰よりも幸せのオーラが全開である。たどたどしく踏むステップも微笑ましいほどに。
「一時はどうなるかと思ったけど、これからタイヘンだねえカーティス」
2人の踊る姿をニコニコ眺め、ワイングラスを片手にルーファスがしみじみと頷く。
「今更ながら、とてつもない大物を仲間に加えたんだと、痛感させられてますよ」
「皇王様に神様に、普通じゃ考えられない強烈最強バックだもんね。天候を自由自在に操る神様が味方なら、結婚式当日の天気はまず心配ないし。皇王様がいるから好きなように会場セッティングできそうだし~」
「大きい問題が、早々に解決しちゃいましたねえ。まあ、細かい催しの企画は、みんなにお任せしますよ…」
ルーファスやギャリーたちは、ニヤリと親指で応えた。
メルヴィンとキュッリッキの結婚式は、どんな大きなものになるのだろう。そう、カーティスはワルツに興じる2人を見つめながら、仰々しいため息をついた。