182)結婚式は誰が主催する?
19時を回ると、招待客たちが続々と到着した。
「こんばんは、お嬢さん、メルヴィン。お邪魔させていただきますよ」
「白くまのおじーちゃん!」
玄関ホールで招待客たちを出迎えていたキュッリッキは、大喜びでブルーベル総帥に飛びついた。
「まあまあ、なんて可愛らしいお嬢様なんでしょう」
横から柔らかな声がして、キュッリッキは顔を向けると大きく目を見張った。
「白くまのおばーちゃん!?」
「ホホホ。ワシの家内のアリシアです」
「初めまして、キュッリッキさん」
身長はキュッリッキより頭1個分高いが、ふっくら朗らかな笑みを浮かべる白クマの老婦人が、優雅に一礼した。
「妻も同伴してよろしいとのことでしたので、お言葉に甘えましたよ。ご招待ありがとう」
ブルーベル夫妻をキラキラした目で見つめながら、キュッリッキは何度も頷いた。
「ようこそいらっしゃいました、ブルーベル総帥」
「ありがとうメルヴィン。来月から正規部隊の面倒を、よろしく頼みますよ」
「精一杯努めます」
出迎えたメルヴィンは、ブルーベル総帥と固く握手を交わす。そして、ブルーベル夫人に恭しく礼をした。
「ご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます、夫人」
メルヴィンは照れ臭そうに微笑み、差し出されたブルーベル夫人の手を握った。
「パーティールームへ案内させますので」
メルヴィンがメイドの一人を呼ぶと、ブルーベル夫妻は案内されて奥へと消えた。
「あの人たちの相手は、メルヴィンにおまかせなの…」
ボソボソっと小声で言うキュッリッキに、メルヴィンは苦笑する。
軍服軍団が伴侶を連れてゾロゾロ登場した。
「仰せのままに、姫君」
ブルーベル元将軍が総帥の地位に昇格したので、空いた将軍職には、第一正規部隊元大将エクルースが就いた。
現在大将の地位に就く10人の中で、一番の年上、ということが選ばれた理由らしい。
「この度は将軍への昇進、おめでとうございますエクルース閣下」
先頭を歩くエクルース将軍に、メルヴィンが手を差し出す。
「ありがとうメルヴィン。年上といっても、まだ46歳なんだがな」
メルヴィンの手を握り返しながら、エクルース将軍は苦笑う。隣でエクルース夫人が可笑しそうに笑った。
「第一正規部隊の新しい大将を紹介しよう」
エクルース将軍が後ろを振り向くと、まだ20代後半くらいの青年が、緊張した面持ちで前に出た。
「ピトゥカランタ大将だ。珍しく魔法〈才能〉持ちだ」
「それは。――初めまして、ピトゥカランタ大将」
「初めましてメルヴィンどの。そして、お初にお目にかかります、キュッリッキお嬢様」
「初めましてなの」
ピトゥカランタ大将を見上げながら、キュッリッキはちょっと不思議そうに首をかしげた。
それを目ざとく見て、エクルース将軍が笑んで頷く。
「正規部隊は主に、戦闘〈才能〉持ちで構成されます。魔法使いには魔法部隊という専門部隊があるので、そちらの方へ編成されるのです。ですが、小隊ほどの人数だけ、各正規部隊に魔法使いも編成されています。いざという時の対処のためです」
「そうなんだあ」
「ピトゥカランタ大将は非常に優秀で、アルカネット様ほどではないですが、〈才能〉もSSランクと高く、指揮官としても優れています。まだ若いですが、じゅうぶん大将としてやっていけるでしょう」
太鼓判を押されたピトゥカランタ大将は、照れ臭そうに俯いた。
「それだけランクが高ければ、魔法部隊のほうで欲しがったでしょう」
「正規部隊へは自ら志願しました。メルヴィン様のことも存じてます」
「メルヴィンって有名人なんだね」
「はい。メルヴィン様が退役なさる時は、エクルース将軍も含め、全大将が出向いて思いとどまらせようとしたくらいですよ。今でも語り継がれてます」
ピトゥカランタ大将はにっこり笑うと、キュッリッキも嬉しそうにメルヴィンを見上げる。後ろの方では、ほかの大将たちが大笑いしていた。
「あの時は、大将たちが押しかけてきて、何事かと驚きましたよ…」
申し訳なさそうにメルヴィンは頭をカシカシと掻いた。
荷物整理をするために宿舎にいると、大将たちが血相を変えて押しかけてきたことを、懐かしくもゲッソリした顔で思い出していた。
「ほらほら、あーた達、こんな入口で盛り上がってると、後がつっかえててよ」
様子を見に来たリュリュに促され、エクルース将軍や大将たちが、慌てて敬礼する。
「それでは、我々は先に行っております」
エクルース将軍はキュッリッキとメルヴィンに丁寧に一礼し、大将たちとともに奥へと消えていった。
「リュリュさん、将軍たちより偉くなったんですか?」
「皇王陛下の首席秘書官になったんですよ」
これにはダエヴァ第一部隊の、ラーシュ=オロフ長官が答えた。
「組織変更が色々済んだから、ジジイのお守りをしてくれって頼まれたのヨ」
「ジジイ…」
メルヴィンはぼそっと呟く。
亡きベルトルドには能無しボケジジイと言われ、リュリュにはジジイである。皇王とは一体。
「立場的には、副宰相と同等の地位になりますね」
「ベルトルドさんと一緒なんだあ」
「最初は副宰相をやれって言われたけど、ベルのあの規格外の忙しさをそばで見てたでしょ。冗談じゃないわって跳ね除けたら、秘書官とか押し付けられたってわけ。まあ、マルック宰相の面倒も見ないといけないから、忙しさは似たようなものね」
なよっとしなを作り、リュリュはうんざり気味に肩をすくめた。
リュリュの事務処理能力は、ベルトルドを凌ぐと言われている。あれだけ滅茶苦茶に仕事を押し付けられていたベルトルドがやっていけたのも、リュリュの補助があったからこそらしい。
「リュリュさんも大変なんだね」
「判ってくれるのね小娘。イイ子イイ子」
リュリュはキュッリッキの頭をガシッと抱き寄せると、グリグリと頭を撫で回して、切なげにため息をつくのだった。
* * *
ベルトルドとアルカネットが死んで後、リュリュによって即2人の盛大な葬儀が執り行われた。
式はサクサクと進み見送ることはできたが、あまりゆっくりと故人たちとの別れを惜しむ時間がなかった。
ライオン傭兵団にしてみたら、2人の亡霊を嫌でも拝んだことで、じゅうぶん別れは惜しんだつもりだ。葬儀の前日には、宇宙で死闘を繰り広げたのだ。しかしキュッリッキにしてみたら、別れを惜しみ足りない。
そのことをリュリュに相談したら、別れが出来なかったサーラたちや、関係者たちを招いて、お別れ会を兼ねたクリスマスパーティーを催したらとアドバイスされた。
パーティーを開くことを決めると、メルヴィンに手伝ってもらい、キュッリッキは一人一人に、心を込めて丁寧に招待状を書いた。
「そして集まった面々がこれかぃ…」
ギャリーはビールジョッキを片手に、談笑に沸く招待客たちを見て、ゲッソリと口の端を歪めた。
パーティールームに集まった招待客たちは、シャシカラ島の母親たち、ブルーベル総帥、エクルース将軍、10人の大将、ダエヴァ3長官、一部ダエヴァたち、各要人たちの伴侶、親衛隊の隊長と一部親衛隊、魔法部隊新長官、尋問・拷問部隊長官、行政の各大臣。
軍事方面に偏っているとはいえ、皇国の要人が大集結状態だ。おそらく外の警備は要塞並だろう。
そして更に極めつけは。
「もー、なんだって皇王サマが来てるのよう!」
「可愛いキュッリッキから招待状をもらったからじゃ」
タイト・ヴァリヤミ・ワイズキュール皇王までもが来ていた。皇后や侍従たちも一緒である。
「来れるかどうか判らないかも、ってメルヴィンに言われたけど、一応招待状出しておいたの。だって、ベルトルドさんと仲良しだったでしょ、皇王様って」
「ああいうのって、仲良しだったって言ってイイのかしらねえ…」
上目遣いになって、リュリュは懐かしい2人のやりとりの光景を思い浮かべる。
「ベルトルドさんって、皇王様のこと能無しボケジジイっていつも言ってたよ」
「リ、リッキーっ」
メルヴィンは慌ててキュッリッキの口を両手で塞ぐ。
「ほっほっほっ、よいよい。…どうせ、面と向かって言われとったわい」
どこか影をさしながら、皇王はフッと薄笑いを浮かべて呟いた。
自国の君主を「能無しボケジジイ!」と言って憚らなかったのは、この場にいる全ての人々が知っている。
愛情を込めてそう呼んでいたのではなく、本気でそう思って言っていたことも判っていた。
「まったく、口の減らんガキじゃったわい」
皇王は忌々しそうにため息をつくと、手にしていたワインをグイッと飲み干した。
「まあ、常に露骨な本音で向かってきたのはベルトルドだけであったし、あれで可愛いところもいっぱいあった。女癖の悪さも天下一品だったしのう」
「否定しなくてよ」
キュッリッキと出会うまでは、本当に女性問題を常に背負って歩いていたのだった。問題を起こさない日の方が少なかったくらいだ。
「破天荒なあやつに対抗できたのは、リュリュとアルカネットだけであった。常に地味に徹しておったが、秀でた才をもっておっただけに、アルカネットも惜しいことをしたもんじゃ」
ベルトルドほど付き合いは深くなかったが、アルカネットもまた優秀な人材だっただけに、皇王は心から惜しんでいる。
魔法〈才能〉がOverランクというとてつもない力を有していたことで、3種族全ての魔法使いたちの頂点に立っていた。アルカネットに憧れを抱いている魔法使いも多く、他国の魔法使いからも多数惜しみ悔やまれる声が届けられた。弔慰の手紙で部屋が埋まるほどの量だったらしい。
手紙の整理に、副官だったヘイディ少佐が過労で倒れたそうだ。
「おお、そうじゃ、忘れるところであった」
皇王はふと顔を上げ、不思議そうにしているキュッリッキに顔を向ける。
「キュッリッキや、メルヴィンとはいつ結婚式を挙げるのかの? 無事婚約を済ませたと聞いておるが」
「うんと…」
困った表情になって、キュッリッキはメルヴィンを仰ぐ。
「具体的な日程は決めていないんですが、夏の終わりくらいがいいかなって考えてます。暑すぎても困るし、寒くなってやるのも嫌ですし」
「ふむ。ならば、9月くらいがいいかのう」
「そうですね」
「では、ハーメンリンナで盛大に式を挙げるよう。新年になったら即準備会役員を整え、手配をせねばの。亡きベルトルドとアルカネットに代わり、後見人となったワシが盛大に祝ってやるからのう。楽しみにしているのじゃ」
「え?」
メルヴィンが驚いて目を見開くと、
「お待ちください陛下、2人の結婚式は我々ライオン傭兵団が主催を務めることになっているんです」
まったをかけるように、カーティスが声を張り上げた。
「ハーツイーズのビーチを貸し切って、傭兵仲間を大勢招待して、盛大に執り行いますよ」
「何を言うておる、キュッリッキは召喚士じゃぞ。安全にハーメンリンナで式を挙げるのが筋じゃて」
「傭兵と元傭兵の式です。我々傭兵関係者で挙げるのが、筋というものです陛下」
突如、皇王とカーティスの間で、バチバチっと火花が散り始める。
パーティールームがザワザワっと、2人の様子にざわめいた。
突然勃発した争いに、目を丸くして状況を見ているキュッリッキの脚を、フェンリルが前脚でペチペチ叩いた。
「キュッリッキよ、父神ロキが今すぐここへ召喚しろとせっついている」
「え? なんでロキ様が??」
「知らぬ」
いつになく慌てるフェンリルの様子に、キュッリッキはとりあえずアルケラへ視線を振り向けた。フェンリルが慌てるなどよほどのことだ。それほどまでに、見えないところで急かされているようである。
「人間たちよ、キュッリッキはアルケラの巫女ぞ。結婚式は神々の手で執り行うのが筋である」
光の粒子が弾けると、人間サイズのロキ神が――それでも身長は2メートルを超えているが――突如姿を現した。
――ナンダッテエエエエエエエエエエエ!!
パーティールームに居合わせた人々が、心の中で絶叫を上げた。