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片翼の召喚士  作者: ゆずき
後日談編
185/226

181)ミセス・サーラの嘆き

「明日はパーティーですよ。もう寝ませんか? リッキー」


 ベッドに腰掛けて、メルヴィンは脱力気味に声をかけた。いつもなら、もう寝ている時間を過ぎている。


「あともうちょっとやるの!」


 キュッリッキは奮然と言い返す。


「そ、そうですか…」


 昼間はカーティスと一緒に、アジト再建現場を視察したりしていたので、キュッリッキのことは帰宅してからギャリーたちに聞いている。

 美麗な翼を広げ、踏ん張るような表情で必死に力む姿は、とても眠りに誘える様子ではない。


「ぐぎぎぎぎ…動けー、動けえ」


 念仏のように何度も呟きながら、しかし翼はウンともスンとも動かない。


「んもー! なんで動かないのよー!!」


 両手を上にあげて、キュッリッキは叫んだ。

 毛足の長い敷物の上にペタリと座り込み、悔しそうにバシバシ敷物を叩く。そのすぐそばで、フェンリルが呆れたように首を振り、フローズヴィトニルは欠伸した。

 翼の大きさが揃えば、簡単に飛べる。そうキュッリッキとフェンリルは思っていた。ところが実際は、飛ぶ以前に翼が動かない。

 アクセサリーのように、背にくっついているだけ。

 両頬をぷっくり膨らませ、拗ねているキュッリッキにメルヴィンは苦笑を浮かべた。そして立ち上がると、キュッリッキの隣に膝をつく。


「リッキー、焦らないで」

「だって」

「これから毎日でも、練習できるんですから」

「…ずっと、飛びたかったんだもん」


 メルヴィンはアイオン族ではない。

 翼を広げ風に乗り、自由に羽ばたくことがどれほど嬉しいことか判らない。自分がどれだけ夢見ていたことなのか、メルヴィンは知らないのだ。

 そんな気持ちを込めて、キュッリッキはメルヴィンを軽く睨みつけた。


「リッキー…」


 キュッリッキの気持ちが心に突き刺さり、メルヴィンは悲しそうに表情を曇らせる。それに気付いて、キュッリッキはハッとなって顔を背けて俯いた。


「ごめんなさい」


 慌てて謝った。


(アタシのバカ!)


 飛べないことに苛立って、メルヴィンに八つ当たりしてしまった。そのことをキュッリッキは恥じた。

 そんな様子からキュッリッキの気持ちを感じ取り、メルヴィンは優しく微笑む。


「いえ、リッキーの気持ちにも気づかず、オレのほうこそ無遠慮でごめんね。でも、もう遅いですから寝ましょう」

「うん…」


 優しく言ってくれるメルヴィンに、キュッリッキは頷くと翼を消した。




 翌日、昼前に3人の来客があった。


「お招きありがとう、キュッリッキちゃん」


 両手を広げて笑顔全開の女性は、まだ30歳前半にしか見えない美女だ。


「いらっしゃい、サーラさん、レンミッキさん、カーリナさん」


 キュッリッキは嬉しそうにサーラに抱きつく。


「お招きありがとう」


 同じく30歳前半にしか見えないレンミッキが、美しい顔を優しい笑みで満たした。


「私まで来ちゃって、良かったのかしら…」


 遠慮するように控えめに笑んだ女性は、年相応に60歳前後くらいの容貌のカーリナだった。


「もちろんです。遠路はるばる、みなさんお疲れでしょう」


 メルヴィンも3人を歓迎した。


「リクハルドさんとイスモさんとクスタヴィさんは?」


 レンミッキとカーリナともハグをしたキュッリッキは、不思議そうに首をちょこんと傾げる。


「あの3バカ亭主どもは、お仕事があるのでこれなかったわ。リクハルドがいるから、食事には困らないわよ」


 にこっと笑顔で言い捨てるサーラに、キュッリッキとメルヴィンは、


(さすが、ベルトルドさんのお母さん…)


 そう、内心霜が降りた。

 今日はクリスマスパーティーをヴィーンゴールヴ邸でおこなうので、シャシカラ島の3家族を招待していた。

 サーラは亡きベルトルドの母、レンミッキは亡きアルカネットの母、カーリナは健在のリュリュの母だ。

 ベルトルドとアルカネット亡き後、遺灰を届けるためにリュリュに連れられて、キュッリッキとメルヴィンはシャシカラ島を訪れ、彼女たちと知己を得た。

 数日の滞在ではあったが、3家族と2人は仲良くなったのだった。


「3人とも、いつまでゆっくりできるの?」

「年明けまでは滞在させていただこうかと思っているのよ。ご迷惑じゃなければね」


 控えめに言うレンミッキに、キュッリッキは「全然かまわないの」と、にっこり笑った。


「好きなだけ居てね。そだ、ハーメンリンナの中、案内してあげるの!」


 両掌を打ち付けキュッリッキははしゃぐ様に言う。クリスマス週間と新年の数週間までは、ハーメンリンナの中の装飾は派手の極みである。壁の外側は惨憺たる有様だが、内側は別世界なのだ。


「まあ楽しみ! それに、イララクスの中のあちこちも、観光していきたいわね」


 そうサーラが言ったとき、キュッリッキとメルヴィンの顔がひきつった。


「?」


 首をかしげるサーラに、


「い…、今はちょっと…」


 メルヴィンが声のトーンを下げて呟いた。

 現在の街の有様を見れば、「何故こうなったの!?」と事情を聞きたがるだろう。まさか、「あなたの息子がやったんですよ」などと口が裂けても言えない。そうメルヴィンが内心ひっそりと嘆息していたのに。


「ベルトルドさんが木っ端微塵に吹っ飛ばしちゃったから、今あちこち工事中なの。――あ、全部じゃないけど」

「え?」

「リ、リッキー!」

「あっ」


 ペラペラと白状したキュッリッキに、シャシカラ島のマダム達の驚きの視線が集中する。

 その様子を遠巻きに見ていたライオン傭兵団は、残念なため息を露骨に吐き出していた。



* * *



「サーラさん、パーティー始まる前に酔いつぶれちゃうよう…」


 ソファにふんぞり返って脚を組んで座るサーラに、キュッリッキはおっかなびっくり声をかけた。

 シルクの光沢がより際立つ真紅のノースリーブなドレスに、3重に巻いたネックレスはゴールド。化粧は厚くはないが、形のいい唇にはドレスと同じ色の紅がカッチリひかれている。


「イイのよっ! 全くあのガキゃあ、Over〈才能〉(スキル)だからって好き放題しちゃってもう!」


 うっかり口を滑らせたキュッリッキから衝撃の事実を聞いて、そこからメルヴィンやライオン傭兵団から詳細を説明された。

 その後ゲストルームで撃沈していたサーラだが、パーティーのために着替えて、メイドに案内されてパーティールームへ入ると、酒の置いてあるテーブルに近づき、瓶ごとウィスキーをふんだくり今に至る。

 サーラはウィスキーを何杯も煽って、すっかり出来上がっていた。

 まさか死んだ息子が生前皇都を半壊させたなどと聞かされるとは、流石に思わなかっただろう。とんだクリスマスプレゼントである。

 アルコールで白い肌は赤らんで、すわったあの鋭い目つきは怒ったときのベルトルドにそっくりだ。


「サーラちゃんは一度アルコールが入ると、中々止まらないのよね」


 ウフッとレンミッキは微笑む。サーラとは対照的に、黒いノースリーブのドレスをまとい、アクセサリーはシルバーだ。


「スイッチも入ったわね…。久しぶりに見たわ、サーラの酔っ払った姿」


 フゥとため息をついて、カーリナはヤレヤレと肩をすくめた。光沢のあるブラウン生地の、シンプルなドレスを身につけている。アクセサリーはちょうどいい大きさの真珠だ。


「キューリがヨケーなこと言うからだ、バカめ!」

「わざとじゃないもん」


 黒いタキシード姿のヴァルトにツッコまれ、キュッリッキは渋面で明後日の方向に視線を泳がせる。

 キュッリッキに悪気は全くなく、するっと口が滑って言ってしまっただけだ。それによってサーラがどういった反応を示すかなど、親を持たないキュッリッキには想像がつかなかった。

 あんなふうに荒れるものなんだと、今は申し訳なさでいっぱいだ。

 もっともいち個人の力によって、皇都の広範囲を一瞬にして吹っ飛ばすなど、ベルトルド以外だとアルカネットくらいしか出来ない荒業だ。そんな破壊力など無縁の、世間一般の親たちの想像を絶するレベルである。


「皇都を吹っ飛ばしただけじゃあきたらず、大陸を半壊させたなんて…。最近の海難事故の多さもそれが原因だったのね。海が荒れる日が多かったけど。――ああ…、どう世間様にお詫びすればいいのよう」


 テーブルに突っ伏して、サーラは大声で泣き出した。説明を受けてる最中に、新たな罪状まで明かされてしまったのだ。


「あらあら、サーラちゃん泣かないで。ウチのアルカネットも共犯なんだから、ベルトルドちゃんだけの責任じゃないのよ」


 優しい笑顔の下に怒気を潜ませ、レンミッキはサーラの背中を優しく撫でる。


(さすがアルカネットさんの母親だあ…)


 様子を見守るライオン傭兵団は、心の中でがくぶると震えだす。


(強い血の繋がりを感じる)


 あのそつのない優しい笑みの下の、真の表情(かお)がうっすらと見えるのだ。


「やーだもお、だぁれ、この喧しい泣き声は」

「いらっしゃい、リュリュさん」


 気づいたキュッリッキが顔を向けると、淡いパープルのタキシードに身を包んだリュリュが、颯爽とパーティールームに入ってきた。その後ろから、軍服姿のパール=エーリクとパウリ大佐が続いた。


「喧しいって言うな! オカマの分際で!!」

「ンまっ、サーラおばちゃんいたのっ! 思わずベルと勘違いしちゃったわよ」


 きっとベルトルドを女にしたら、あんな感じだろう。恐ろしい程似ていると、パウリ大佐とパール=エーリクは心の中で深く頷く。


「ママとレンミッキおばちゃんも。見えないオヤジ衆は、寂しくお留守番かしら?」

「ええ、女3人でお邪魔させてもらってるわ」


 どこか気まずそうな表情で、小さくカーリナが答えた。それには「そう」と素っ気ない声で、カーリナには顔を向けずリュリュは呟いた。

 リュリュもまた、家族とは複雑な関係である。改善していくよう踏み出したばかりで、まだまだ時間はかかりそうだった。


「それにしても、なんだってサーラおばちゃん荒れてるの?」

「えっとね…」


 説明責任をとれ、と言わんばかりのライオン傭兵団の痛い視線にチクチクされて、キュッリッキは仕方なく経緯をボソボソ語った。

 聴き終わったあと、リュリュは肩をすくめながら苦笑する。


「まあ…、計画のためにモナルダ大陸で各国の王様達ぶっ殺したとか、召喚〈才能〉(スキル)持った女子たち大勢を生贄にしたとか、ブロムストランド共和国の首相と首都を吹っ飛ばしたとか…トテモじゃないけど言えないわねえ」


 お小遣いをはたいてストリップ劇場を買収した話のほうが、いくらかマシかもしれない。などと、ルーファスは思ってしまう。実際、多額の負債を抱えて自殺を考えていた元オーナーと、失業する不安を抱えていたストリッパーたちは首を吊らずに済んだ。

 ベルトルドのしでかした粗相は、全てにおいてレベルが桁違いなのだ。もう当人が死んでしまっているので、責任を取らせるわけにもいかないが。


「クリスマスパーティーとベルとアルのお別れ会だから、いっそのこと全部洗いざらい聞かせてあげてもいいかもねン」

「そ、それは酷過ぎますから…」


 ゲッソリとカーティスに止められ、リュリュはフフンと意地悪く笑った。

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