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片翼の召喚士  作者: ゆずき
後日談編
183/226

179)また来るね

 元きた道を戻りながら、イライアスはキュッリッキの気が紛れるように色々な話をしてくれた。


「アリスター様は、この国の評議委員のお一人なのです。国政は評議委員の合議で動いています。そして貿易もまた評議委員に管理され、睨まれたら表も裏も商売が成り立たない。なのでさっきの三下たちも、アリスター様の名前の前では意地を通すことはしません」

「自由都市とちょっと似てるね」

「ええ。エグザイル・システムがあるおかげで『国』としての体裁を持っていますが、基本的には自由都市と変わらないんです」

「……ひょっとして、メルヴィンって王子様みたいな感じなのかな」


 キュッリッキの呟きに、イライアスはクスッと笑った。


「そうですね、お坊ちゃんであることは確かですが、概ねあっていると思いますよ。帰ったら『殿下!』って言ってみては」

「あはっ、メルヴィンびっくりしちゃうね」


 言われて目を丸くするメルヴィンを想像し、2人は吹き出すように笑った。

 暫く笑ったあと、イライアスは真面目な顔になる。


「エルシーのこと、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

「イライアスさんのせいじゃないよ。そんな謝らなくっても」


 キュッリッキは慌てて両手を振る。


「いえ、一族の者として、貴女にはきちんと詫びねばなりません。メルヴィンが好きなあまりに出た行動ですが、意地悪はよくない。貴女はいずれ我々の家族になるのだから。エルシーにはあとでよく言って聞かせます」

「ふみゅ…」


 家族になる。その言葉にキュッリッキの表情が曇った。それを目敏く見て、イライアスは優しく微笑んだ。


「不安ですか?」

「……不安っていうか、あんまりピンっとこないの。アタシ、孤児だったし」

「そうでしたか…」


 2人は黙り込み、歩調もやや緩慢になる。


「私はエルシーが好きです。子供の頃からずっと、好きなんです」


 そっと囁くようにカミングアウトされ、キュッリッキはイライアスをじっと見つめた。


「メルヴィンが婚約者を連れて帰国すると連絡を受けたときは、それはもう握り拳でガッツポーズを作ったくらい嬉しかったですよ。しかしエルシーが大泣きしているところを見たときは、心中複雑になりました」


(そりゃあ…そうなっちゃうよね…)


 キュッリッキは口には出さず、心の中で思った。


「子供の頃からアタックはしてきましたが、まるで相手にされません。メルヴィンほど恋愛に鈍くはないけど、情けないことにやや奥手で…。振り向かせられないのは、エルシーに気を使っているからなどと、自分に都合のいい理由をつけてきました」


 フウッ、とせつない溜息を吐き出す。


「しかし今回のことで、私は勇気を出さねばなりません。――キュッリッキさん」

「は、はいっ」

「幸せな夫婦が2つ出来るよう、お互い頑張りましょう」


 にっこり微笑まれて、キュッリッキは苦笑したあと、ニッカリと笑い返した。




 メルヴィンの生家に近づいたとき、足元をトコトコ歩いていたフローズヴィトニルが、酒樽や酒瓶の入った箱が積まれた一角に走っていった。


「どうしたの、フローズヴィトニル?」

「ねーねーキュッリッキー、ココにヘンなのがいる」

「ヘンなの?」

「ほら、ココ、ココ」


 小さな前脚で示されたところを覗き込むと、小さなウサギが蹲っていた。


「可愛いウサちゃん! ホラ、こっちにおいで」


 キュッリッキは手を伸ばし、ウサギを掴んでもう片方の掌に乗せる。


「どうしました?」

「見てイライアスさん、可愛いウサちゃんだよ」


 垂れた耳と鼻ぺちゃがキュートな、茶色の毛をした子ウサギだ。


「ドコかの店から逃げ出してきたのでしょうか」

「乱暴な店主から逃げてきたらしい。見つかったら殺される、と言っている」


 フェンリルがキュッリッキにしか判らないように言う。


「フェンリルってウサギの言葉判るんだ。逃げてきたんじゃ、アタシが守ってあげなきゃだ」

「あの…、誰と話をしているんでしょう…?」


 物凄く怪訝そうに言われて、キュッリッキはハッとなる。


「こ、この子たちがそう言ってるように思っただけ、かな」


 足元のフェンリルとフローズヴィトニルを示し、誤魔化すように笑う。


「そう、なんですか」


 イライアスは無理矢理自分を納得させるように微笑んだ。

 キュッリッキの腕に抱かれた子ウサギは、ブルブルと怯え震えていた。


「もう大丈夫なんだよ。怖くないんだからね」


 安心させようと、小さな頭を優しく撫でてやる。


「メルヴィンのおうちに連れて行っても大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。さ、帰りましょう」

「うん」




「リッキー!」


 広い中庭に出ると、メルヴィンが血相を変えて駆け寄ってきた。


「心配しましたよ、どこへ行っていたんですか」

「貴方が責めることではないですよ、メルヴィン」


 キュッリッキが口を開くより先に、イライアスがピシャリと言った。


「…イライアスですか? 久しぶりですね」

「15年ぶりになりますか。相変わらず恋愛方面には激鈍で、ホント困った人だ」

「はあ…?」


 いきなりのことに、メルヴィンは鼻白んだ。


「そしてエルシー!」


 後方で怪訝そうにこちらを見ていたエルシーに、イライアスが声を荒げる。


「キュッリッキさんに謝りなさい!」

「なっ、何故私が謝らなくちゃならないのよ」

「先ほどの態度はあまりに彼女に対して失礼極まる。メルヴィンも気が回ら無さ過ぎる。彼女が傷つけられ、傷つけたことにさえ気がついていない」

「リッキー…」

「アタシは大丈夫だよ」


 イライアスの剣幕にちょっと驚いていたキュッリッキは、メルヴィンに苦笑ってみせた。


「エルシー!」

「イライアスには関係ないでしょ! 私はね、メルヴィン兄さまのことが大好き、こんないきなり現れた女に持っていかれるなんて、心底我慢できないわ!」

「もう決まったことだ」

「私は認めてないわ! こんな女、兄さまには相応しくない、兄さまに相応しいのは私だけよ!」


 顔を怒りで真っ赤にし、エルシーは両拳を握り締めて叫んだ。


「貴方は態度をしっかり示すべきだ。エルシーと、そしてキュッリッキさんに対し、貴方の気持ちをここできちんと言いなさい」


 真摯に見つめてくるイライアスに、メルヴィンは神妙に頷いた。そして、ハラハラ様子を見ているキュッリッキの手を握る。


「エルシー」


 キュッリッキと2人でエルシーの前に立ち、見上げてくるエルシーの目をしっかりと見据える。


「キミがオレのことを兄以上に慕ってくれていることには、正直驚いた。でも、キミの本当の気持ちを知っても、オレは受け入れることはできない」

「何故なの!?」

「リッキーを愛しているから」

「ウソっ!」

「オレの生涯をかけて、リッキーを愛し、守りぬくと誓ったんだ。リッキーに対しても、そして、今はもうこの世にはいない人たちにも…」


 亡きベルトルドとアルカネットにも誓った。


「エルシーのことは、妹としか見ていない。だから、キミの気持ちをオレは受け入れられないんだ」

「いや、そんなの、イヤッ!!」


 叩きつけるようにエルシーは叫ぶと、身を翻して屋敷の中へ走り去ってしまった。


「メルヴィン…」

「いいんですよ」

「そう、エルシーのことは私に任せてもらいましょう。私は彼女の伴侶となることを決めていますから」

「え、そうなんですか!?」

「そうですよ、昔からね。本当に貴方は激鈍です…」


 やれやれ、と肩をすくめながら、イライアスは屋敷に入っていった。


「エルシーとイライアス、2人の結婚話も、これで一件落着しそうかしら」


 道場の建物から、ハリエットがにっこりと笑みを浮かべて出てきた。


「母上…」

「エルシーが首を縦に振るのに時間はかかりそうだけど、イライアスはあれで頑固だから、意地でも縦に振らせるでしょうね」


 苦笑するハリエットに、メルヴィンも苦笑を返す。


「婚約者を連れて帰ると手紙が来たとき、エルシーの動揺の激しさは凄かったのよ。でも、一度決めたら何を言っても変えないあなただから、衝突することは避けられないとも思ったの」「…そうですね」


「失恋してしまったエルシーは可哀想だけど、共に幸せになれる人を見つけてきたんだから、私はあなたとキュッリッキさんを、応援しますよ」


 ハリエットの母親らしい優しい笑みに、メルヴィンとキュッリッキは安堵したように顔を見合わせた。


「そうそう、あなたにはまだ話していなかったけど。お父様の後継者はイライアスに決まったのよ、昨年のことだけど」

「そうでしたか。なんとなく、そうなるんじゃないかと思っていました」


 メルヴィンは頓着しない表情で頷く。


「才色兼備、文武両道、人柄も良いし、あなたの代わりとして後継者にするのに、申し分ないもの」

「ええ、オレもそう思います」

「ただねえ、本音は実の息子にあとを継いで欲しいと思っているのよ。けど、15年前あなたが相続を放棄したから仕方がないけれど」


 ハワドウレ皇国軍に入ると決めたとき、この国の評議委員である父の立場を考え、一切の相続を放棄をした。


「父上にも母上にも申し訳ないと思いますが、オレは後悔していません。おかげで、こんなに素敵な花嫁と出会えましたから」


 握っていたキュッリッキの手を、更に力強く握った。そこにメルヴィンの愛を感じ、キュッリッキは幸せそうに微笑んだ。


「そのうちエルシーにも、受け入れてもらえると信じています」

「そうね。ちょっと時間はかかるでしょうけど、そこはイライアスもいるから心配していないわ」

「はい」

「それにしても、可愛いウサちゃんね」


 キュッリッキの腕の中で小さく震える子ウサギに、ハリエットは顔を向ける。


「うんと、横暴な飼い主から脱げ出してきたんだって。行くところもないっていうから、うちで飼おうと思うの」

「まあ、召喚士ってウサギの言葉も判るものなの?」

「このコたちが通訳してくれたの」


 キュッリッキの足元に座る白黒の仔犬に、ハリエットは興味深そうに見入った。


「…犬の言葉は判るのねえ……」

「えっと…」


 話せば長くなる、とキュッリッキはメルヴィンに救いの視線を投げかけた。


「帰るまでこのウサギの寝床になるような容れ物はありませんか? 母上」

「ああ、それじゃあ、おさまりのいいカゴがないか見てくるわね」

「お願いします」


 ハリエットがこの場から去ると、メルヴィンはキュッリッキを抱きしめた。


「ごめんね、悲しい思いをさせちゃって。無事で本当に良かった」

「ううん、アタシがもっとしっかりしなきゃだったの。でも、まだ勇気が出せなくて逃げちゃった…」


 人はそんな急に変われるものではない。キュッリッキは自分の過去と向き合って、まだ数ヶ月なのだ。その数ヶ月は様々な出来事が積み重なり、キュッリッキを大きく成長させている。それでも、そう簡単に全てを変えられるものではない。


「あまり、急がないでください。無理をしなくても、自然と出来るようになります」

「うん、でも…」

「オレのほうが、もっとしっかりしなきゃ。実家だからって、更に気が緩んでいました…。ホント、ごめんなさい」

「メルヴィン悪くないもん!」


 慌てて見上げてくるキュッリッキに、メルヴィンは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、リッキー」

「あっ」


 キュッリッキとメルヴィンに挟まれて苦しいのか、子ウサギが身をよじった。


「ごめんね、ウサちゃん」

「ああ、どうしたんですか、このウサギ?」

「フローズヴィトニルが見つけて、帰ってくる途中で拾ったの。うちで飼うことに決めたんだよ」

「なるほど、可愛いお土産が出来ましたね。それで、名前はもう決めたんですか?」


 キュッリッキはちょっと考えこむ風になると、


「うーんとー……、ヘリアン、にする!」


 そうパッと顔を輝かせた。


「女の子なんですね」

「うん。キミは今日から、ヘリアンね」


 ヘリアンと名付けられた子ウサギは、不思議そうにキュッリッキを見上げて、鼻をヒクヒクと動かした。




 完全にメルヴィンからフラれたエルシーは、メルヴィンとキュッリッキの前に姿を見せなくなった。

 食事は作ってくれているが、それ以外は部屋に閉じこもったままだという。


「こういうことは、時間が必要だわ。暫くはそっとしておきましょう」


 ハリエットにそう言われ、自分達が居てはと思ったメルヴィンは、キティラに帰る日程を早めることにした。そのことに、ハリエットもアリスターも反対はしなかった。

 部屋で荷造りをするメルヴィンを見つめながら、キュッリッキはヘリアンを膝に乗せて柔らかな背を撫でていた。


「ねえメルヴィン、ホントにもう帰っちゃうの?」

「ええ」

「ふにゅ…」


 エルシーをフったのはメルヴィンだが、その原因の一旦は自分にある気がして、キュッリッキは帰省が早まったことを申し訳なく思っていた。

 もちろんエルシーにメルヴィンを譲る気もないし、メルヴィンの愛が自分に向いていることにも謝る気は毛頭ない。

 ただ、家族になるというエルシーと、このまま別れるのも心中複雑なのだ。出来れば仲良くなりたいと思う。

 複雑な表情を浮かべ沈んでいるキュッリッキに気づいて、メルヴィンは荷造りの手を止めた。


「リッキーが気に病むことじゃないですよ」

「うん、でも…」

「エルシーとは兄妹として育ってきました。たとえリッキーと出会っていなくても、エルシーを一人の女性として愛することはありません。妹として、家族として愛してはいますが、それ以上の関係をオレは一生望まない」


 ベッドに腰掛けるキュッリッキの隣に座り、メルヴィンは窓を見る。


「両親を亡くしてこの家に引き取られてきたエルシーを見たとき、悲しみに涙する彼女を、兄として守っていかなきゃって子供心に思いました。オレは一人っ子だから、妹ができて嬉しかったし、兄以上になりたいとは全く考えられなかった」

「そうなんだね」

「何度でも言いますが、オレが一生添い遂げたい女性は、リッキーただひとりです」

「メルヴィン…」


 キュッリッキはメルヴィンの腕にしがみつくように身を寄せた。


「アタシも死ぬまで、…ううん、死んでもメルヴィンだけを愛してる」


 辛いことを乗り越えて結ばれたから、だからどんな障害が立ち塞がっても負けない。

 メルヴィンを愛していく。


「ありがとう、リッキー」




 翌朝、朝食を済ませて早々に、メルヴィンとキュッリッキは帰路に着くことにした。

 エグザイル・システムのあるところまでは、ハリエットとイライアスの2人が見送りに着いてきてくれた。

 アリスターも行きたいのは山々だったが、評議委員の立場上、場が大騒ぎになるので留守番である。

 エルシーは姿を見せなかった。


「嫌な思いをさせて、ごめんなさいね」


 心底申し訳なさそうに、ハリエットは苦笑を浮かべる。


「いえ、曖昧にせず、オレの気持ちははっきり伝えることができましたし、リッキーを紹介することもできたから」

「そうね。結婚式には必ず行くわね。キュッリッキさんの花嫁姿、楽しみにしているわ」

「はいなの」

「私とエルシーの結婚式も、早めに予定を組む」


 胸を張るようにイライアスは言うと、メルヴィンに手を差し出した。


「私とエルシーも式には必ず駆けつける。キュッリッキさんと幸せに、な」

「ありがとうイライアス、エルシーをよろしく」


 イライアスの手を握り返し、メルヴィンはにっこりと微笑んだ。


「キュッリッキさん、メルヴィンはどうしようもなく激鈍なところがあるが、大事にしてやって欲しい」

「任せて!」


 握手をかわし、キュッリッキは真顔で大きく頷いた。


「……激鈍」


 どこかしょんぼりとメルヴィンは呟いた。




 メルヴィンとキュッリッキは手をつないでエグザイル・システムの列に並ぶ。皇都イララクスのエグザイル・システムと違い、あまり人は多くない。

 キュッリッキは建物の窓から見える街の風景を見て、ちょっぴり残念な気持ちになった。


(ゆっくり見物出来なかったなあ…)


 街を案内してくれるとメルヴィンは言っていたが、結局観光することもなく帰ることになってしまった。

 失恋してしまったエルシーを気遣ってのことだが、いずれまた訪れる事になる街だ。

 もう自分は、メルヴィンの家族に加わったのだから。

 今度来るときは、どんなところを案内してもらえるだろう。そう思いながらキュッリッキは台座の上に乗った。


「では、父上とエルシーによろしく」

「また来るね~」

「身体に気をつけてね」

「また会おう」


 メルヴィンは皇都イララクスの、クーシネン街のスイッチを踏んだ。

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