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片翼の召喚士  作者: ゆずき
奪われしもの編
154/226

150)ベルトルド絶叫する

 アルカネットの身体は数秒ほど痙攣を繰り返したが、やがておさまり動かなくなった。

 ガエルは傍らにしゃがみこむと、アルカネットの首に触れる。脈を確認し、首を振った。


「そっか……」


 ギャリーは構えを解くと、シラーを背に担いだ。皆も各々戦闘状態を解除し、安堵の息をつく。

 ザカリーはアルカネットの傍らまで来ると、自らの血の海に倒れている遺体を、何とも言えない目で見つめた。

 キュッリッキを愛おしみ、慈しむ目が、今でも脳裏に焼き付いている。

 心の底から大切にしているのだと、イヤでも痛感するほどに。

 数ヶ月前にイソラの町で粛清されかかったことが、まるで他人事のように思えていた。

 人格が次々と入れ替わり、精神が崩壊するほどの、壮絶な体験を経てきたのだと思うと、やるせなかった。

 愛するものを失い、愛するものを傷つけ、その結果がこの最期。


「唾でも吐いてやりてえのに、唾が出ねえよ…」


 ザカリーの肩をポンッと叩いて、ギャリーが苦笑した。


「ねえねえ、死体どうすんの?」


 ルーファスはアルカネットの遺体を指差す。


「持って運ぶわけにもいきませんし…。幸いここはエグザイル・システムがあるので、あとでリュリュさんにでも、遺体の回収をお願いしましょうか」


 何ともいえない表情のまま、カーティスは言った。


「よし、薬の効果が消えないうちに、メルヴィンたちのほうへ合流しよう」

「そうですね」


 皆ガエルに頷き、出口の方を向いた瞬間、ピタリと動きを止めた。

 そこには、ベルトルドが立っていた。


(ちょーーーーー!! なんでオッサンここにっ!!)


 ザカリーが仰天して念話で悲鳴を上げる。


(まさかメルヴィンたち殺られちゃったの!?)

(ちょっと待ってください、様子がおかしいです)


 驚いて慌てふためく皆を手で制し、カーティスは眉を顰めてベルトルドを見た。

 出口に立ち尽くし、じっとアルカネットを凝視している。

 あんな表情のベルトルドなど、初めてだ。

 やがてベルトルドは、ゆっくりと歩き出した。今にも倒れそうなほど、頼りなげな足取りで。

 ガエルもギャリーも、警戒を怠らず、ゆっくりとアルカネットのそばから離れた。




 ベルトルドはアルカネットの傍まで来ると、ペタリと座り込んだ。そして、おっかなびっくりといった仕草で、アルカネットに手を伸ばす。

 白い手袋に覆われた指先が、アルカネットの肩に触れる。電流に弾かれたかのように、ビクッと手を引っ込め、再び肩に触れた。


「アルカネット…?」


 囁くように呼びかけるが、返事はない。

 今度は両手で肩を抱き、血だまりの中から救い出すように仰向けにして、ギュッと抱きしめた。

 ベルトルドは呆けたような顔で、前方に視線を泳がせていた。

 抱きしめるアルカネットは、まだほんのり温かい。しかしよく見ると、背中に大きな穴があいていて、周りは血の海と化している。アルカネットの顔も服も、自身の血で汚れていた。


「なあ、アルカネット、寝たふりをするな」


 震える声で、言葉を絞り出す。


「まだアルケラに着いていないんだぞ? 寝ている場合じゃないんだ……」


 ピクリとも動かない身体、返ってこない言葉。


「アルカネット……」


 ベルトルドは顔を伏せ、もっと強くアルカネットの遺体を抱きしめて、肩を震わせた。

 生まれてくることのなかった弟の代わりに、弟になってくれたアルカネット。

 大事に守ってきた。大事な弟だから、大切にしてきた。それなのに、腕の中のアルカネットの体温は、どんどん下がっている。もう血も流れていない。

 鼓動が聴こえない。

 息遣いも聴こえない。

 いつもの憎まれ口も言ってこない。

 乱れた服を、直してもくれない。

 同じ女性を愛し、失い、復讐を誓った。そして同じ道を歩いてきた。また同じ女性を愛した。

 血の繋がった兄弟よりも、もっと兄弟らしく生きてきた。

 ベルトルドは顔を上げると、アルカネットの顔を見る。

 目を剥いたまま、絶命していた。

 遺体から伝わってくる、最期のビジョン。

 ガエルに胸を貫かれる寸前まで、自分を呼び、助けを求めていた。


「おにいちゃん、助けて」と。


 こんなに、こんなに、必死に助けを求められながら、ベルトルドは気付かなかった。

 気づいてやれなかった。

 大切な弟が、助けを求めていたというのに、超能力(サイ)がありながら、何故気付けなかったのか。

 ベルトルドが気づいたのは、絶命する最期の声だけだったのだ。

 自己嫌悪の憤りと、メルヴィンへの嫉妬に駆られ、大切な弟の声を聞き漏らしていた。その結果が、弟の死。

 滅多に助けを求めないアルカネットが、必死で助けを求めていたのに。

 再び、大切な人を失ってしまった。

 今度は、己の過失で。

 ベルトルドの目から涙が溢れ、頬を伝ってアルカネットの遺体にこぼれ落ちた。

 どんなに涙を流そうと、悔やもうと、命を失えば、もう戻ってこないのだ。

 31年前に理解したはずなのに。


「うわあああああああああああああっ」


 天井を仰ぎ、ベルトルドは絶叫した。

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