127)奪われしもの・3
刃物で斬ったように、綺麗に真っ二つに割れたリンゴを見て、中年の男性教師は満足そうに微笑んだ。
「コントロールが格段に上達しているね。さすが、優秀な子だ」
「この、鬱陶しいのを早く外したいからね」
ベルトルドは手首に巻いていた装飾品を、嫌そうにつまみあげた。今は、学校なので教師に外してもらっている。
「ハワドウレ皇国の超能力専門機関に作ってもらった特注品だぞ。生憎ゼイルストラでは、キミほどの能力を制御できるモノは作れないから」
ませた調子で肩をすくめると、ベルトルドは装飾品を机の上に置く。
今日は念力のコントロールを訓練していた。
超能力は精神力が全てであり、精神力をまず鍛え、自らコントロール出来なければ、超能力を上手く扱うことはできない。
ベルトルドのようにOverランクの〈才能〉にもなると、とてつもない精神力が必要になる。大人でも制御できるかどうか不明なレベルだ。しかし、ベルトルドは使いこなせる自信がある。守るべき者たちのために使いこなすことが、今のベルトルドの目標でもあるからだ。
「よし、次は…」
「ベル、ベル! 大変なの、早くきてちょうだい!!」
突然教室にリュリュが飛び込んできて、ベルトルドの服にしがみついてまくしたてる。
「どうしたリュー?」
「とにかく大変なのよ! アルが」
「アルカネットが?」
眉間をしかめ、ベルトルドはリュリュの記憶を読んだ。そして舌打ちすると、教室を飛び出した。
食堂に駆けつけると、たくさんの生徒たちが群がっていて大きな騒動になっていた。
「アルカネット!」
人垣の外からアルカネットの名を叫ぶが、騒然とした生徒たちの声でかきけされる。
アーナンド島にある、ゼイルストラ・カウプンキ唯一の総合学校。基礎的な勉強と、各種〈才能〉に対応した訓練機関を一緒にしている。ハワドウレ皇国や小国などと違い、自由都市では総合学校として、同じ敷地内で子供たちに勉強や〈才能〉訓練を行わせていた。
「ええい、邪魔だバカ者共!!」
かなり乱暴に、念力を使って群がっている生徒たちを払い除けた。
いきなりたくさんの生徒たちが吹っ飛ばされ、食堂は更にどよめき騒然とする。
「俺の前を塞ぐんじゃない」
ケッとした表情で言い捨てると、ベルトルドは人垣の中へ踏み込んだ。
「アルカネット!」
首を項垂れさせて、アルカネットは後ろを向いていた。その足元には、大怪我をした女生徒が5名転がっている。
「息してんのか!?」
びっくりしたベルトルドは、すぐさま女生徒たちのもとへ駆け寄り、赤毛の女生徒を揺さぶる。
「うぅ……」
揺さぶった衝撃で怪我に響いたのか、女生徒はくぐもった声で唸った。
「よかった、まだ生きてるな」
ベルトルドは人垣のほうへ振り向き、ドスをきかせた声を張り上げる。
「見てないで女生徒たちを医務室に運べ無能ども!!」
否定も拒絶も受け付けない尊大な態度で怒鳴られ、生徒たちはワラワラと慌てて駆け寄った。普通なら”無能ども”と10歳児に言われればキレてもいいところだ。しかし皆おとなしく言われるままに従っている。ベルトルドがOverランクの超能力を有していることを、知らない者などいないからだ。
「怪我してるからな、丁寧に運べよ」
男女の生徒が複数がかりで、怪我をした女生徒たちを抱え上げて医務室へと向かった。
「それから残ってるお前ら、とっとと教室戻るなり家に帰れ! 鬱陶しいわ」
視線だけで殺されそうな気迫につままれて、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように、その場からそそくさと立ち去っていく。
ドタドタとしたやかましい足音が、徐々に遠ざかる。
一気に静まり返った食堂には、ベルトルド、アルカネット、リュリュの3人だけが残った。
「何があったんだ? アルカネット」
ずっと項垂れているアルカネットに近づき、ベルトルドはそっとアルカネットの肩に手を置く。
「あいつら、あいつら…」
ゆっくり顔を上げたアルカネットは、険しい顔をベルトルドへと向ける。
「ボクのリューディアに悪いことをしようと企んでいたんだ!」
「悪いこと、だと?」
ベルトルドの眉間にシワが寄る。
「彼女を貶め、辱めようと画策していたんだ! ボクはそれを耳にしたから、だから成敗してやったんだっ」
歯を噛み締め、怒りの収まらぬ様子でアルカネットは言った。
詳細を説明させようにも、今のアルカネットではきちんとは話せないだろう。感情が昂り過ぎて、下手をするとよけい煽る結果になりそうだ。
超能力を使うことを決めたベルトルドは、アルカネットをじっと見据えると、アルカネットの記憶を透視する。
アルカネットの記憶が、脳裏に映像として再生されていく。アルカネットの感情が記憶にかぶさり、映像は赤いフィルターがかかったようになっていた。
食堂を通りかかったアルカネットが、席の一角に座る女生徒たちの会話を、偶然耳に止めた。
「リューディアってさ、マジむかつくんだけどぉ」
「あのオンナ、前からイケスカナイよねー」
「男たちからチヤホヤされてさあ。先生にも色目使ってんじゃね」
「ちょっとくらい顔がイイからって、ナマイキなんだよ」
「ねえねえ、街のゴロツキたちに、あのオンナくれてやらない?」
「ああ、それいいアイデアね!」
「めちゃくちゃにしてもらおうよっ!」
「表にでらんないようにしてやるわ」
ベルトルドは胸糞の悪い思いに、頭を横にゆるゆると振ってため息をこぼした。あの女生徒たちが何を企んでいたのか、子供でもおおよその察しはつく。
あんな会話を耳にして、アルカネットが黙っているわけがない。
アルカネットは魔法〈才能〉のOverランクだ。怒り狂ったアルカネットが魔法を使えばどうなるかは、あの瀕死の女生徒たちの様子を見れば、明らかだ。
学校の建物は、魔法や超能力の力で簡単に崩壊しないよう、特殊な処置が施されている。それでもよく見ると、アルカネットの魔法を吸収しきれなかった痕跡があちこちに見えた。まだアルカネットの魔法のコントロールが未熟なところも、あの女生徒たちの寿命を繋いだとも言える。
怒りに身体を震わせるアルカネットを、ベルトルドは抱き寄せてギュッと抱きしめた。
「よく阻止してくれたな。ありがとう、アルカネット」
「ベルトルド……」
アルカネットの身体の震えが止まり、力が抜けたように、ベルトルドに身体を預けた。
「いずれ、恋人になるんだろ。ひどいことにならず水際で食い止めることができて、良かったじゃないか」
「うん」
「まあ、だけど……ちょっと、やり過ぎだな」
ベルトルドは苦笑すると、アルカネットを優しく見やった。
「うん、ごめん……」
アルカネットは素直に謝る。
本当のアルカネットは優しい子だと、ベルトルドはよく知っている。
「アル、もう大丈夫?」
2人からちょっと距離を置いて、リュリュがもじもじしながら声をかけた。
「大丈夫だよ」
ベルトルドが安心させるように言うと、アルカネットはリュリュに向けて「ごめん」と謝った。
リュリュが安心したように肩の力を抜いたとき、食堂に教師たちが入ってきた。
アルカネットの父イスモと母レンミッキが学校に呼ばれ、ベルトルドが証拠として自らの超能力で見たアルカネットの記憶を提出した。
超能力で視たことは、捏造できない確かな証拠として、法定でも通用する。とくにベルトルドは優秀な生徒として、学校側の信頼も厚い。それに、ベルトルドの指示によって、大怪我をした女生徒たちは手当が早くすみ、命に別状はないとこのとだった。死人が出なかったことは幸いだった。
女生徒たちの悪巧みは実行されていないため未遂だが、実行されていたら目も当てられなく。また、冗談の域を超えている悪意を含んだ感情が、露骨に見え隠れしていた。
生徒同士の喧嘩――ほぼ一方的な制裁ともとれたが――とし、事情も事情なので、アルカネットは1週間の謹慎処分、ということで一応の決着をつけた。
アルカネットの家のクルーザーでみんな一緒に帰ることになり、アルカネット、リュリュ、レンミッキは、先にクルーザーに乗り込んだ。
「ベルくん」
「はい」
「今日はありがとう。あの子の暴走を止めてくれて」
「いえ、リュリュがすぐ知らせに来てくれたから。それに、俺が現場へ駆けつけた時は、あれ以上女生徒たちを傷つける意思はなかったよ、アルカネットは」
「そうか……」
イスモは息子と同じ色をした髪の毛をかきあげると、とても落ち込んだようにため息をついた。
「ベルくんも知ってるように、あの子はちょっと、感情の起伏が激しいところがある。カッとなったりキレたりするとね。――まだあの子の魔法コントロールが未熟なおかげで、殺すには至らなかったのもあるだろう。なまじOverランクなんてとてつもない力だから、あんなふうにあの子の神経を逆なでするようなことが、またあったらもう……」
イスモは建築〈才能〉、妻レンミッキは医療の獣医〈才能〉持ちだ。しかし息子は魔法〈才能〉を持って生まれてきて、更にOverランクである。
また暴走するようなことがあれば、両親は止めることが難しいし、否、できないだろう。
「おじさん、大丈夫だよ」
ベルトルドはイスモにガッツポーズを作ってみせる。
「俺がずっと、アルカネットを見守っていくから」
「ベルくん…」
「大人になるまで俺がずっと一緒にいて、あいつを守っていくから。だから、安心してよ!」
幼い頃から、こうしてずっと、ベルトルドはアルカネットを守っている。
イスモはそのことを、よく知っていた。
1ヶ月しか年の差がないくせに、いつだって兄貴気取りで。
そのことで、イスモは何度助けられただろう。
アルカネットが魔法〈才能〉だと判明したとき、イスモの心に小さな恐怖が芽生えた。魔法というものがどんなにすごいものかは、子供の頃学校で目の当たりにして知っている。そんなすごい力を自分の子供が授かって生まれてきて、どう扱えばいいのかと不安でいっぱいだった。それは妻のレンミッキも同じだが、彼女は”母”という力強さで不安を克服している。
「アルカネットは優しいから、だから大丈夫だよ、おじさん」
ベルトルドは無邪気な笑みをイスモに向けた。
「俺がついてるんだからな!」
イスモは救われたような気持ちで、ベルトルドに信頼を込めて頷いた。
クルーザーに着くと、アルカネットとリュリュは、レンミッキからおやつのクッキーをもらってはしゃいでいた。
「あ、俺も食べたい!」
「ベルトルドちゃんの分もあるわよ」
レンミッキが優しく微笑みながら、手にしていた包み紙を手渡す。
「ありがとう、おばさん」
甲板ではしゃぐアルカネットとリュリュの輪の中に混ざって、ベルトルドも包み紙を開いてクッキーを口に放り込んだ。
「さあ、シャシカラ島へ帰ろう」