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片翼の召喚士  作者: ゆずき
奪われしもの編
12/226

8)知られた秘密

 ライオン傭兵団に引っ越してきて一週間ほど過ぎても、キュッリッキはまだ談話室に入ることができずにいた。

 今はアジトに全員顔を揃えているし、たいていみんな談話室に集まっている。

 食堂へは食事をする大義名分があるので、みんなが居ても問題なく行ける。でもどうしても、まだ談話室デビューができない。

 そんなキュッリッキの様子に、「いつ自分から入ってくるだろう」と、仲間たちで密かに賭け事が行われていることは知らない。そのせいで、誰かが引っ張っていってくれることもなかった。


「どうしよう…」


 部屋から出て、階段の踊り場でモジモジと降りる降りないをしながら、溜め息混じりに窓の外を眺めるのが日課になっている。


「もうそろそろ談話室行かないと、なんか感じ悪いとか思われそうだし…。でも行っても、何していいのかも判んないし…。はあ…」


 今日も勇気が出なくて、葛藤しながら窓の外をただ眺めていると、


「なーに一人で暗く落ち込んでんだ??」

「きゃっ…」


 背後からいきなり声をかけられて、ギョッと振り返る。

 そこには両腕を組んで、仁王立ちしながらキュッリッキを見下ろしているヴァルトがいた。


「ちょっとハナシあんだ。付き合えよ」

「……え?」


 ヴァルトは長い腕を伸ばし、窓を全開に開ける。


「あっちいこーぜ!」

「ちょっ」


 ヴァルトはキュッリッキの両脇に手を入れると、問答無用でそのまま抱えて窓の外に飛び出た。


「やっ」


 浮遊感に一瞬目を瞑ったが、急にガクンっと身体が弾み、すいーっと風が頬を凪いでいった。


「え?」


 目を開けて首を後ろに向けると、ヴァルトの背から真っ白で大きな翼が生えているのが見える。


(あれって…)


 アイオン族の翼だ。

 それが判った瞬間、キュッリッキの表情に苦いものが過ぎり、辛そうに俯いて唇を噛んだ。




「ん? ありゃ…」


 タバコを買いに出ていたザカリーは、ヴァルトとキュッリッキが飛んでいく姿を偶然見かけた。しかしその様子に、呆れた溜め息が出る。


「せめてお姫様抱っこしてけよ、あのバカ」


 両脇を掴んでぶら下げた格好にして飛んでいるため、ミニスカート姿のキュッリッキの下着が丸見えである。あれではスカートを押さえることができない。

 今日は可愛い水色のストライプだと判り、ザカリーはちょっと目元が和む。


「いやいやパンツの柄じゃなくってだなっ、つか、ドコ行くんだあいつら」


 急に興味が湧いて、ザカリーは2人を目で追いながら走り出した。遠隔武器〈才能〉(スキル)を持つザカリーなら見失うことはない。


「倉庫街のほうだな」


 だいたいの位置が判り、ザカリーは2人を追跡し始めた。




「そ~~~~~~~いっ!」


 ヴァルトは元気に掛け声をあげると、キュッリッキを藁束の上にぽいっと放り落とした。

 上空3メートルから放り落とされて、顔面から藁束に突っ込む。

 盛大に舞ったホコリと藁くずにまみれてしまった。


「俺様ナイスコントロール!」


 ヴァルトは腕組をしながら、ふふーんと満足そうに頷く。


(いつか……絶対……ぶっ殺す!!)


 藁から顔を引っこ抜き、よろよろと上体を起す。

 キュッリッキは心の中で拳を固く握った。スカートがめくれて、下着が丸見えになっていることにも気づいていない。

 いきなりこんなことをされて、腹が立っているからだ。

 ホコリと藁くずの舞がおさまるのを見計らって、ヴァルトはゆっくり降りる。そしてキュッリッキの横に着地して、すとんっと胡座をかいた。

 ここは家畜の餌用にまとめられた大きな藁束が、いくつも無造作に置かれた倉庫裏の一画だった。

 人気(ひとけ)もなく、辺りは静まり返っている。


「で……話って、なに?」


 ムスっと唇を尖らせたキュッリッキは、身体についたホコリと藁くずを叩き落としながら、藁束の上から飛び降りる。


「オマエ、あの”片翼の出来損ない”だろ?」


 着地と同時に言われて、キュッリッキはハッとなる。

 片翼の出来損ない。

 何年ぶりに聞いただろう、忌まわしい言葉。


「暫く思い出せなかったんだけどよー、今朝いきなり思い出したんだ」


 ヴァルトは胡座をかいた上に片肘をついて、じっとキュッリッキを見おろしている。表情も声も淡々としていた。

 硬直したようにヴァルトに背を向けていたキュッリッキは、ゆっくりとヴァルトのほうを向いて、そして怯えの色を滲ませながら睨みつけた。


「……同族なんだから、知ってるでしょ」

「まーね。オマエが生まれたとき、他惑星のアイオン族のとこにも、話題が広まるほどユーメイだったからな」


 睨みつけてくるキュッリッキの視線を真っ向から受け止め、ヴァルトは青い瞳を揺るがすことなく見つめ返す。そして、ふいっと視線を空へ向けた。


「アイオン族はもとからイケスカナイ種族だが、極めつけのオーサマを生み出しちまった。第57代皇帝アルファルド、コイツのせーで、アイオン族は益々嫌われ者になった」

「……」

「”アイオン族は完璧であらねばならない。欠陥品はクズ同然、アイオン族を名乗るのもおこがましい。飛ばない鳥を、鳥とは言わない。アイオン族の面汚し”。――こんなこと言い出しちまったせーで、オマエみたいな奇形児は、風当たりが冷たかったんだろうな」


 第57代皇帝アルファルドは、今から3代前に皇帝の座に就いた、フルメヴァーラ皇家の者である。

 ヴァルトの言った皇帝アルファルドの言葉を、キュッリッキもよく知っている。心の傷とともに、深く深く、胸に刻み込まれているからだ。

 キュッリッキの脳裏に浮かぶ、幼い頃の光景。

 空を見上げている少女、ボロをまとって悲しげに、すがるように、ただただ空を見上げていた。

 キュッリッキはそっと目を伏せた。




 世界には3つの種からなる人間が住んでいる。その中の一つがアイオン族。

 背に2枚の巨大な翼を有し、天空を自在に翔け風を読み、ほとんどの者が優れた容姿を持つ。翼は自在に出し入れ可能で、翼をしまっている状態ではヴィプネン族と見分けがつかない。

 その性格は気位が高い上に選民意識が強く、他種族を見下す傾向がある。それを隠しもせず露骨に振舞う者が多いことから、多種族はアイオン族を快く思わない者が多い。

 帝位に就く時、アルファルドはとんでもない布告を出した。


「アイオン族は完璧であらねばならない! 欠陥品はクズ同然であり、アイオン族を名乗るのもおこがましいのである。飛ばない鳥を鳥とは言わないであろう!!」


 拳をふるい、民衆の前で熱弁した。


「予の治める国にそんな欠陥品はいらぬ、アイオン族の面汚しは即刻排除すべし!!」


 そう布告を出した。

 布告を出された瞬間から、身体に障害を持つ者は容赦なく粛清され、病弱な者まで粛清された。

 身内にそういった者がいれば、隠す家族までもが処刑され、惑星ペッコに悲劇の嵐が吹き荒れた。

 だがアルファルドが死んで、皇太子のレムリウスが帝位を継ぐと、無慈悲な布告は即撤廃される。

 しかし40年以上も続いた悪習は、アイオン族に深く根付き、すぐにはぬぐい去られず、それはいまだに暗い影を落とし続けていた。

 幸いなことに、そうした悲劇は惑星ペッコのアイオン族のみで、他惑星で暮らすアイオン族には、アルファルドの悪影響は及ばなかった。

 今はもう、アルファルドの時代ではない。

 酷悪な悪法は排除され、正常な法が敷かれている。にも関わらず、キュッリッキの身の上には、アルファルドの悪影響が冷たく降り注いでしまったのだ。




 ヴァルトはヴィプネン族が治める、惑星ヒイシにある自由都市出身である。

 子供の頃両親から、惑星ペッコで生まれた、奇形児の話を何度か聞かされていた。

 アイオン族に生まれ落ちた、稀少中の稀少、召喚〈才能〉(スキル)を持った女児の話を。

 召喚〈才能〉(スキル)は、稀少中の稀少と呼ばれるレア〈才能〉(スキル)である。1億人に1人の確率でしか生まれてこないとされていた。

 この〈才能〉(スキル)を授かった子供は、国が家族ごと召し上げ、生涯国の保護下のもとで、安全で優雅な生活を送ることが約束されるのだ。それは、

 3種族共に決められたことでもある。

 本来なら種族をあげて、その誕生を祝い称えることになっただろう。しかし奇形児として生まれてしまったため、生まれてすぐ親に捨てられ、挙句同族から蔑まされる羽目になった。

 奇形――片方の翼が、翼としての形を持たなかったがために。

 その女児の名を、キュッリッキといった。

 ヴァルトの両親はその話をするとき、女児のことを痛々しそうに話していた。

 惑星ペッコに住むアイオン族は、悪習の名残を色濃く残していることから、奇形児に対する偏見が酷い。

 しかし他惑星で暮らすアイオン族には、そうした酷い偏見を持つ者はほぼいなかった。

 ヴァルトの両親も、偏見とは無縁の性格をしている者たちだった。

 人間としてマトモな両親に育てられたヴァルトも、偏見意識は殆どない。蔑まれる女児を可哀想だとも思ったし、出会うことがあれば力になってあげたいとも思っていた。

 その話題の女児が目の前にいる。

 そしてなにより興味深いことがあった。それを確かめたくて、キュッリッキを攫うようにして、人気(ひとけ)のないここまで連れてきたのだ。


「翼見して」


 ヴァルトは何の感情もこもらぬ声で言う。

 キュッリッキは複雑な表情を浮かべ、きゅっと下唇を噛んだ。

 両手の拳を握り、肩を震わせる。無言で恨めしそうにヴァルトを睨みつけた。

 そんなキュッリッキの目をものともせず、ヴァルトは青い瞳でただ、キュッリッキの瞳を見つめ返した。

 その、黄緑色の瞳にまといつく、虹色の光を。

 ヴァルトは何も言わず、キュッリッキが翼を出すまで黙って見ていた。

 残酷なことを言っているのは、ヴァルトにも判っている。心の傷を抉り出し、不遇の原因となった翼を見せろと言っているのだ。

 キュッリッキにとって、耐え難い苦痛と屈辱だろうに。それでも、ヴァルトは見たかった。




 キュッリッキはヴァルトを睨み続けていたが、顎を引くと、やがて観念したように目を伏せる。


(どうせ、アタシのこと知ってるんだもんね…)


 頭にカッと怒りがのぼったが、それ以上に悲しい気持ちが心に広がっていった。


 ――醜い子! 醜い翼!!

 ――なんてみっともない、見苦しい出来損ないめ!


 この翼のせいで、片翼のせいで、幼い頃から浴びせられ続けた酷い言葉の数々。それがゆっくりと心に浮かび上がってきた。

 その度に、心がズキリと痛みに震える。


(なんでこんなものが、見たいんだろ…)


 親にも嫌われた、醜い翼なんて。

 急にどうでもいい気がしてきて、キュッリッキは苦笑した。どこか突き抜けてしまったような感覚に心が包まれる。

 両手を胸の前で交差させ、腕を抱く。僅かに前のめりになるようにして、腕を抱いた手に若干力を込めた。


 バサアアッ。


 粉雪のように、羽根がヒラヒラ舞い落ちる。

 ヴァルトは大きく目を見開いた。

 そこには見事な翼が右側に一つと、むしり取られた残骸のような翼が、左側に一つ。


「噂は、本当だったんだなあ……」


 上ずったような声でヴァルトは呟いた。

 その呟きを、キュッリッキは片翼のことだと思って顔を俯かせた。


「瞳と同じように、翼も虹色の光をまとっているのか~。キレーだなあ」

「え?」


 思っていたこととは正反対の感想が返ってきて、キュッリッキは目を瞬かせた。貶されることはあっても、褒められたことなど一度もないからだ。


「オマエの噂話を聞いたとき、その翼の話も聞いたんだ。召喚〈才能〉(スキル)を持つと、翼までチガウもんなんだなーって」


 アイオン族の翼は本来白色をしている。

 クリーム色系をしていたり、青みがかっていたり、個人差は多少あるものの、真っ白な翼をしているものだ。

 しかしキュッリッキは生まれ落ちた時から、翼にも虹色の光が散らばっていて、それは珍しいと噂になった。


「会うことがあれば、どーしても、一回見たかったんだ~」


 ヴァルトはニッコリと笑った。


「あんがとな! もう仕舞っていいぞ」


 大満足そうに鼻息をつくと、ヴァルトはふとキュッリッキの背後に目を走らせた。


「おーーーい! そこでなに覗き見してるんだ覗き魔!!」


 ヴァルトは藁束の上に立ち上がり、片手を腰にあて、もう片方の手を前方に伸ばすと、人差し指を積まれた木箱に、ビシリと向けた。


「ありゃ、判っちゃった~?」


 ヘラリとした笑い声と共に、木箱の影からザカリーが姿を現した。

 そのザカリーを見て、キュッリッキは飛び上がるほど仰天した。


(見られた!)


「バレバレだろーが、バカ者めが!!」


 ヴァルトは腕を組むと、仁王立ちしながらザカリーを睨みつけた。

 ザカリーは降参のポーズを取りながら、2人のそばにくると、いまだに翼を出しっぱなしのキュッリッキに、物珍しそうな視線を向けた。


「アイオン族だったんだ。アイオン族特有の上から目線が全然ないから、気付かなかったよ」


 興味津々の笑みをキュッリッキに向けたが、返ってきたのは怒りに染まった、殺意に満ちた目だった。

 あまりにもその苛烈な目に、ザカリーはグッと息を呑む。

 キュッリッキはザカリーに色々と言ってやりたいことがたくさんあったが、怒りと屈辱でうまく言葉が出せない。

 頭の中は、パニックに陥っていた。


(見られたなんて、こんな…)


 自分がアイオン族であることは、ずっと隠してきた。

 片翼の奇形の為、飛ぶことが出来ないからだ。

 アイオン族が他種族からどれほど嫌われているかは、これまでの傭兵生活でよく知っている。

 高慢ちきで気位の高い種族、だと。

 そんなアイオン族であるキュッリッキの奇形の翼を見たら、これみよがしに侮辱を受けるに違いなかった。

 同族からも散々受けてきたのに、他種族にまで侮辱されるなど、キュッリッキには耐えられない。

 他人に翼を見せることに激しい抵抗はあったが、ヴァルトは同族同士で事情も知っていることから、嫌だったけども見せたのだ。

 見せないと解放されそうもなかったから。

 それなのに、ヴィプネン族であるザカリーにまで、見られてしまうなんて。

 屈辱と怒りで殺気を放つキュッリッキを見て、ヴァルトは軽く首を横にふると、藁束から勢いよく飛び降りた。そしてポンッとキュッリッキの頭を叩き、間隔を置いて、もう一度ポンッと頭を叩いた。


「すまん、ザカリーに気付かなかった」


 そう小声でキュッリッキに言うと、ザカリーとキュッリッキの間に立ち、キュッリッキを背に庇うような位置でザカリーを見おろす。

 キュッリッキは俯いて、唇を噛んだ。

 ヴァルトはザカリーより頭3つぶん背が高かった。更に翼を広げたままなので、完全に視界を遮られて、キュッリッキが見えなくなった。


「見ちゃったモンはしょーがないが、このことは黙ってろよ!!」


 仁王立ちに腕組のポーズ。更にふんぞり返っている。

 ザカリーはバツが悪そうに頭をカシカシ掻くと、上目遣いにヴァルトを見た。


「…言いふらすことじゃないよな。黙っとく」

「アタリマエダ!!」


 更にヴァルトはふんぞり返った。


「まあ……なんだ、オレは先に戻るよ」


 身体をずらしてキュッリッキを見ようとしたが、がっちりとヴァルトにガードされて見えなかった。


「あきらめろん!」

「へいへい」


 ザカリーはジャケットに手を突っ込むと、のらりくらりとその場をあとにした。




 歩きながら、キュッリッキの背に見えた翼を思い出す。

 大きな翼と、翼の形を成していなかった、無残な翼を。


(片方の翼が、いびつだったな…)


 話は聞こえてこなかったが、キュッリッキのあの怒り様とヴァルトの庇うような姿勢から、見てはいけなかったものを見てしまった。ということだけは察しがついた。

 2人が気になって着いてきてしまったが、興味本位で見るものじゃなかったのだ。

 後悔の念が押し寄せてきて、ザカリーは軽い憂鬱気分に陥った。




 帰りはちゃんと、お姫様抱っこで連れ帰ってもらったキュッリッキは、アジトの玄関前におろされる。

 一目散に自分の部屋へ駆け込んで、後ろ手にドアを閉めた。


「どうしよう…、ザカリーに見られちゃった」


 心の中は不安でいっぱいになっていた。

 もしみんなにバラされたら、ライオン傭兵団だけではなく、ハワドウレ皇国にすら居られない。

 居たくない。

 それに、ルーファスやマリオンは超能力(サイ)を使う。透視されたらどうしよう。


「ヴァルトにも、見せるんじゃなかった」


 油断してしまった。ずっと隠しておくべき秘密だったのに。

 キュッリッキはベッドにうつ伏せで倒れこむ。

 花柄の可愛らしいキルトで作られた、ベッドカバーが目の端に映った。昨日マリオンと一緒に買いに行ったのだ。

 アジトにきて1週間、少しずつ馴染み出してきた矢先だったのに、また居場所をなくすのだろうか。

 そう思うと心がズキズキと痛んだ。


「ずっと、ここに居たい…」


 ベッドカバーをギュッと握り、目の端から涙がツウッと流れ落ちた。




 ザカリーは倉庫街からノロノロ帰り着くと、自室でタバコを3本ほど吸って談話室に足を向けた。憂鬱はおさまらなかったが、酒でも飲みたい気分だった。


「あー、ザカリ~」


 マリオンが笑顔で手を振る。


「ついにキューリちゃんがあ、談話室デビューを果たしたわよぉ」

「おっ」


 ひどく緊張した顔で、オレンジ色のソファの隅に腰掛けている。

 とてもデビューを果たした表情ではないが、こうして談話室に来る気になったのかと思うと、ザカリーはひっそりと安堵した。

 キュッリッキの横にはルーファスとマリオンが並んで座って、キュッリッキを笑わせようと、傭兵団の赤裸々談を語り聞かせている。

 話題に挙がる面々が、時折誤魔化そうとツッコミまくっていた。

 ビールを手酌でコップに注ぎ、グイッと一気に呑む。今まさにギャリーの恥ずかしい思い出話が披露されていて、ザカリーも時々ツッコミ混ざる。そしてキュッリッキも緊張した表情は中々崩れないが、我慢しきれず笑みを漏らしてもいる。


(よかった、もうあんまり怒ってないんだな)


 ザカリーは自分に都合よく解釈していたが、キュッリッキはそうではなかった。

 不安だから、談話室へ来たのだ。

 ザカリーがみんなにバラしはしないか、もしバラそうとするなら、それを阻止するために。

 ヴァルトについては、あまり心配していない。彼の性格的に、バラすつもりならとうにバラしている。でも、ザカリーはどうだか判らない。まだそこまで、信用することはできないからだ。


(絶対、みんなに知られないようにしなくちゃなんだから)


 キュッリッキはスカートをギュッと握り、更に表情を固くした。

 この出来事が、後に大きな事故を招き寄せることになるとは、このときキュッリッキもザカリーも、気づいていなかった。

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