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片翼の召喚士  作者: ゆずき
奪われしもの編
10/226

6)今日はお引越し

 ベルトルドがリュリュから骨の髄までお仕置きされていた頃、キュッリッキの引越が行われていた。

 仕事を抜けられなかったハドリーの計らいで、ライオン傭兵団からメルヴィンとガエルの2人が、助っ人に駆けつけてくれた。

 ガエルはクマのトゥーリ族で、身長2mを超える巨躯に、筋肉隆々のガタイの良さ、短い黒い毛に覆われていた。

 この世界には、3種の人間がいる。

 身体的特徴を持たない、平凡な外見のヴィプネン族。

 背に2枚の翼を持ち、容姿に優れたアイオン族。

 そしてトゥーリ族だ。

 30種からなる、動物の外見と能力を持つ亜人種。

 トゥーリ族は人魚以外は二足歩行をするし、服も着る。ガエルは黄色いタンクトップと、白いダボ付いたズボン姿だ。


「それっ」


 軽々と荷物を運ぶガエルの腕に、キュッリッキは嬉々と飛びついてぶら下がる。

 姿勢を崩すと思いきや、ガエルは事も無げに、そのまま荷物を運んでいた。


「お前じゃ重石替わりにもならん」

「えー」


 そう言いながらも、キュッリッキは面白がって何度もぶら下がった。

 その様子を見て、メルヴィンはクスクスと笑う。

 ガエルとメルヴィンで運び出された荷物はそう多くなく、馬車の必要性がまるでなかった。


「これならひとつにまとめて、俺が背負ってもよかったな」

「そうでしたね」


 メルヴィンは苦笑する。

 家具類は全て据え置きのものを使っていたし、もとより荷物が少ない。

 それでも、とメルヴィンは思う。


(人見知りするキュッリッキさんが楽しそうだし、ガエルさんには大丈夫そうですね。こうしてみんなと、徐々に馴染んでいければ)


 つい、妹を見守る兄のような気分になっていた。


「キュッリッキちゃん」


 アパート前にいると、建物から”おばちゃんズ”が現れた。


「もう荷物運び終わったのかい?」

「うん」

「そうかい。お別れだねえ」

「今度は、ずっと居られるといいね」

「頑張るんだよ」


 ”おばちゃんズ”はキュッリッキが抱えてる悩みのことで、中々上手く馴染めず、何度も帰ってきていたのを知っている。


「おばちゃんたち、いつもありがとう。アタシね、今度は頑張れる気がするの」


 キュッリッキは恥ずかしそうに、でも、自信を見せて言った。


「ははっ、なら大丈夫だ」


 にこやかな”おばちゃんズ”は、大声で笑った。


「まあ、もしダメだったとしても、そんときはすぐに帰っておいで。キュッリッキちゃんの居場所は、ちゃんとあるからね」

「ちょっと、水さしてどーすんだい」

「ヤダよもう」


 これにも笑いが起きる。


「帰らなくてもいいように、アタシ頑張るの! でも、おばちゃんたちに会いに、遊びには来るね」

「好い子だよもう!」


 キュッリッキは”おばちゃんズ”にそれぞれギュッと抱きしめられ、別れの抱擁に暫し浸った。

 馬車の御者席でその様子を見ていたメルヴィンとガエルは、和やかな雰囲気を見て微笑んだ。

 別れをしっかりすませ、キュッリッキは荷台へと乗り込んだ。


「じゃあ、行ってきます!」

「元気でねえ~~!」


 それを合図に馬車は走り出す。

 見送る”おばちゃんズ”のほかに、アパートの窓を開けて、幾人かの傭兵たちが手を振って、キュッリッキの旅立ちを見送っていた。




 馬車がアジトの前に着くと、マリオンが出てきた。


「おっかえりぃ~」


 陽の光でより明るいオレンジかかった赤毛をおろし、濃いピンク色のタイトなワンピースを着ている。

 それだけでもじゅうぶんに派手な印象を与えるのに、さらに派手なのは顔の方だ。

 はっきりとした顔立ちを、化粧でよりくっきりさせ、太ってはいないが大柄な印象を与える身体つきとあいまって、そこに居るだけで目立ってしょうがない。


「いらっしゃ~い、キュッリッキちゃん。今日からよろしくね~」

「よろしく、マリオン」

「あらあ、アタシの名前、ちゃぁ~んと覚えててくれてたのねぇ。イイコいい子」


 馬車から降りたキュッリッキを、マリオンはぎゅっと抱きしめた。


「あんたたちぃ、キュッリッキちゃんの荷物、とっとと運んだって」

「ええ」

「俺が運んでおく。メルヴィンは馬車を返してきてくれ」

「判りました。お願いします、ガエルさん」


 荷台から少ない荷物を全部降ろして、メルヴィンは御者席に戻ると、馬車を返しに行った。

 ガエルは一番大きな荷物を持つと、マリオンが残りの荷物をガエルの腕の中に乗せていく。そしてジッと見てくるキュッリッキの視線に気づき、


「ぶら下がるか?」


 そうガエルが言うと、キュッリッキは嬉しそうにガエルの腕に飛びついた。


「あらぁ、面白そう。アタシもぶら下がるぅ」

「お前はやめろ…」

「ええ~なんでぇ~~?」

「重量オーバーだ」

「ひっどぉーい!」


 抗議するマリオンをスルーして、荷物とぶら下がるキュッリッキを連れて、ガエルはアジトに入っていった。




「荷解きは、自分でやるんだぞ」

「はーい。ありがとうガエル」

「おう」


 ガエルが出て行くと、入れ替わりにマリオンが顔を出した。


「キュッリッキちゃん、一緒にいらっしゃ~い。みんなに到着の挨拶、しなくっちゃね」

「そうだった」


 床にしゃがみこんでいたキュッリッキは、立ち上がってマリオンの後についていった。




 廊下の壁には白い壁紙が貼られ、床には毛足の短い赤い絨毯が敷かれている。掃除も行き届いていて、くすんだところがない。部屋の扉もニスが塗られていて、艶やかで見た目にも綺麗だ。


「ねえねえ、この建物って凄く綺麗なんだね」

「でしょぉ。元々宿屋だったんだけどぉ、それを買い取って、改装してるのよん」

「ほえぇ~」

「部屋狭いけどぉ、綺麗っしょ」

「うん」

「まあもともと、そんなに古い建物でもなかったしね。それに、天井も毎年しっかり修繕してるからぁ、雨漏りの心配もしなくてダイジョウブ」

「よかった」


 2人は階段を降りていくと、大きなドアの部屋へ入っていった。


「は~いみんなぁ、キュッリッキちゃんがきったよ~ん」


 そこは広々とした部屋で、ライオン傭兵団の仲間たちが集まっていた。

 仕事のため何人か不在にしていたが、カーティスやギャリーをはじめ、歓迎会の時に居た面々が顔を揃えていた。

 ソファに座って本を読んでいたカーティスは、本を閉じて立ち上がると、キュッリッキに笑顔を見せた。


「ようこそキュッリッキさん。今日からここで、みんなと一緒に暮らすことになります。困ったことがあったら、遠慮せず言ってください」

「よ、よろしく、お願いします……」


 マリオンの後ろに隠れながら、顔だけ出してキュッリッキは小声で挨拶した。

 表情が僅かに緊張している。

 キュッリッキが人見知り体質なのは、歓迎会の時に、みんな気づいていた。

 一対一ならなんとか普通に会話もできるようだけど、複数名なので、緊張してしまっている。

 ガエルにはとてもなついていたということで、相手にもよるのだろう。


「よっ、ちっぱい娘」

「ちっぱい言うな!」

「ひひっ、ほら、顔出した」


 床に座ってビールを飲んでいたギャリーは、ニヤニヤとむさっ苦しい顔をキュッリッキに向けた。

 ちっぱいと言うと、光の速さのごとき反応速度で、反論が返ってくるのが面白い。


「ムキッ!」


 マリオンのワンピースをギュッと掴んで、キュッリッキはギャリーに怒りの眼差しを向ける。マリオンも肩をすくめて、呆れたようにギャリーを見た。


「セクハラだっつってんでしょぉ、アンタわぁ」

「本当のコトを言ってるだけだ、気にすンな」

「気にするもん!」


 愛らしい顔をぷっくり膨らませてキュッリッキが怒り出すと、ため息混じりにカーティスが仲裁に入る。


「初日からからかわないでくださいな。さてキュッリッキさん、ここを説明しておきますね」


 カーティスに苦笑されて、キュッリッキは膨らませた頬を萎ませる。


「元はダンスフロアだったんですが、今は談話室として使っています」

「談話室?」

「ええ。平たく言えば、憩いの場とでもいいますかねえ。みんなで好きなものを持ち込んで、一緒に過ごすんです」


 みんなで一緒に過ごす。それはキュッリッキには、とても新鮮な言葉に聞こえていた。

 室内にはいくつかのソファセット、ビリヤードやカードゲームコーナー、ストレッチ用具類、雑魚寝スペース、本棚、カウンターバーなどなど、ちょっとした娯楽スペースが満載だ。


「一人で自室でくつろぐのも構わないですし、自分のしたいことを、ここにきてやっていても構いません。自由に使ってください」

「う、うん…」

「風呂場やトイレの共同スペースと、キリ夫妻にも紹介してきてください、マリオン」

「おっけ~ぃ。んじゃ、行こうねキュッリッキちゃん」

「はい」




 風呂は2つあって、男専用と女専用になっている。

 脱衣所もあるし、いきなり覗かれずに済みそうだ。

 浴室はとても広くて、標準的な大人が10人は座っても、余裕が有る大理石貼りの洗い場。5人なら手足も伸ばせるくらいの、真っ白な浴槽があった。シャワーは2本ついている。


「お風呂広いんだね~。アタシ、お風呂大好きなの」


 ハーツイーズのアパートには、シャワーしかなかった。今日からこの広いお風呂に入れると思うと、キュッリッキの顔には笑顔が広がった。


「一緒に入ろうねぇ。背中洗ったげるぅ」

「うん」


 窓も大きくて中庭に面している。磨硝子なので透けて見えることはない。

 トイレも男女別で、男女兼用じゃないのは心底ありがたかった。女子にとって、生理的に辛いのだ。


「談話室、風呂、トイレ、廊下や階段などは、みんなの共有スペースでしょ。だから、毎日当番制でお掃除するのよん」

「お仕事で居ない時は、どうするの?」

「当番のスケジュールを調整しぇて、いきなり当番指名されることもあるから、そこは我慢してねぇ」

「うん、大丈夫。アタシお掃除も好きだから」

「良かったん。でねぇ、ギャリーとハーマンは掃除が下手なのよ。掃除してるんだか散らかしてんだか、謎過ぎて困るっていぅ」


 ハーマンはキツネのトゥーリ族で、今は仕事で留守にしている。

 歓迎会の時に少し話をしたが、魔法〈才能〉(スキル)を持っていて、魔法に関する勉強が大好きらしい。


「それなら魔法で掃除すれば、ラクなのに」


 とキュッリッキが言うと、


「あのキツネっ子は、攻撃魔法専門よん」


 そう言って、マリオンはケラケラ笑った。


「ンで、お洗濯も下着は各自、服やベッドのシーツやカバー、タオル類は当番で。中庭があるから、そこにズラ~っと干すわよぉ」

「はーい」

「ちなみにぃ、洗濯はメルヴィンが洗濯奉行なの」

「洗濯奉行?」

「洗い方から干し方まで、事細かすぎて、メルヴィンと一緒になると煩いのよぉ…。色物を一緒にするなーとか、干す時はシワ伸ばせー、とか」

「オレがどうしました?」


 玄関で話していると、馬車を返しに行ってたメルヴィンが帰ってきた。

 マリオンとキュッリッキは顔を合わせると、ぷっと吹き出す。


「え? どうしたんです?」

「なんでもないわよぉ~ん、ね~」

「ね~」

「はあ…?」


 困った顔のメルヴィンをその場に残し、そそくさとマリオンとキュッリッキは台所へ向かった。


「煩いんだけどぉ、さり気な~く、洗った洗濯物をメルヴィンに差し出していくと、パパッと干してくれて、実は一番早く終わるのよお。当人は、手本を見せてるつもりなのねぇ~。ぷくくっ」

「それって、いいように使われちゃってるんだね……メルヴィン」

「そゆことっ」


 滑稽なような、でもそれはちょっぴり可哀想な気がして、キュッリッキは薄く笑った。




「さ~てぇ、次は、台所よ~ん」


 台所に近づくにつれ、美味しそうな匂いが漂ってきていた。


「おじちゃーん、おばちゃーん、ちょぉっとイイかしらあ~」

「おやマリオンちゃん、どうしたの?」

「昨日話したでしょお、新しい子のこと。挨拶に連れてきたの」

「ああ」

「あの、キュッリッキです。よろしく…」


 ぎこちない表情と動作で、キュッリッキはぺこりと頭を下げた。


「まあ、まあ、とっても綺麗な子ねえ。初めまして、私はここの料理当番兼、管理人をしているイングリッドといいます。そしてこちらは旦那のキリ」

「よろしく」


 2人は同い年で、今年53歳になるという。

 ふっくらと優しそうな笑顔のイングリッドは、基本”キリ夫人”と呼ばれている。マリオンや一部の仲間たちは”おばちゃん”と呼んでいた。

 キリのほうは枯れ木のように痩せていて、無表情が普通らしい。そしてとても無口だという。


「お2人共、複合の料理〈才能〉(スキル)を持ってるから、料理は高級レストランよりも美味しいのよん」

「おほほ、マリオンちゃん、褒めすぎよ」


 嬉しそうにキリ夫人は笑った。


「ホントだもの~」

「あらあら、ありがとう」

「ねえ、今日のお昼ご飯なぁに?」

「チキンのクリームシチューと、3種類のパスタ、卵サラダにデザートはミルクババロアよ」

「ペペロンチーノあるう?」

「ありますよ」

「やった~!」

「マリオンちゃんは、ペペロンチーノ大好きだものね。ああ、そう、そう。キュッリッキちゃんは、好き嫌いなものはある?」

「え」


 2人の会話を見守っていたキュッリッキは、いきなり問われて慌てて考えた。


「えっと、好きなものはポーチドエッグとかムースとか、ババロアも好き。嫌いなものは、生野菜。苦手なの、生野菜のサラダとか」

「あらあら。青臭いのがきっとダメなのねえ。じゃあ、茹でたりした野菜は大丈夫?」

「うん。生じゃなければ、野菜は嫌いじゃないの」

「ふふ、判ったわ」


 キリ夫人は優しい笑顔で頷いた。


「お昼ご飯、もうちょっとで出来るから、楽しみにしていてね」

「はい」


 キリ夫妻が仕事に戻ったので、2人は台所を出た。


「最後に食堂へごあんな~い」


 食堂は談話室よりもちょっとだけ狭いが、道路に面して窓も大きく、明るくてとても広々としている。

 10人ずつ向かい合えるほど、長いダイニングテーブルが2台あり、ベンチのような長椅子が、それぞれ1脚ずつ置かれている。

 テーブルも椅子もシンプルな木材で、テーブルの至るところに、調味料を入れた瓶が置かれていた。


「ここに料理の皿を持ってきてくれるから~、各自取り皿に食べたい料理を入れて食べるのよん。ビュッフェっぽい感じね」

「じゃあ、残さなくていいね」

「そうね。でもお、美味しいから、ついついとっちゃうのよぉ~」

「そっかあ、楽しみ」




 正午を回ると、続々と食堂にみんな集まりだした。


「キュッリッキちゃ~ん、こっち一緒に座ろー」

「うん」


 マリオンに手招きされて、キュッリッキはマリオンの隣に座る。


「みんな、おまたせしました」


 キリ夫人とキリ氏が、大皿や鍋を乗せたワゴンを押してきた。


「サンキュ、おばちゃん、おじちゃん!」


 ヴァルトは立ち上がると、大皿や取り皿をテーブルに並べた。そして、シチュー皿に鍋のシチューをよそい、次々みんなに手渡していく。


「普段バカなコトしか言わないけどぉ、ああしてお手伝いは率先してやるのよ、ヴァルトって」


 ひょろひょろっと背が高く、青い瞳と金髪が映える、物凄い美形である。しかし、


「テメーら、おばちゃんとおじちゃんにカンシャして、ありがたく食え!」


 口を開くと、何故か勿体なさ全開な、残念さを感じるのであった。

 各自取り皿にそれぞれ食べたいものを取ると、あとは賑やかに食事が始まった。キリ夫妻も一緒である。


「凄く美味しい~」


 シチューは塩加減も絶妙で、鶏肉がとろけていく。

 濃厚でクリーミーな味が、ふわっと口の中いっぱいに広がる。確かにこれは、沢山食べずにはいられない美味しさだ。


「お口にあって、良かったわ」


 美味しさに顔をほころばせるキュッリッキに、キリ夫人はふっくらと微笑んだ。


「うおおおおおおお! いっぱい食うぞ!!」


 ヴァルトは3種類のパスタを取り皿に山盛りにして、片っ端からチュルチュル食べ始めた。


「エネルギー有り余ってんだから、そんなに食うなや…」


 呆れ顔でギャリーが言うと、


「ヴァルトやガエルを暴れさせる仕事が、今のところナイんですよ」


 カーティスが溜め息混じりに言う。

 ヴァルト向けの豪快な仕事より、繊細な仕事のほうが多く来るのであった。


「傭兵休業してぇ、土木工事現場に貸出したらあ? もンのすごぉく、感謝されまくるわよお」


 そう言って、マリオンはケラケラ笑った。


「うっせーぞ! そこのドぶす!」

「あーん、バカヴァルトにもブスって言われたああ」


 あまり悲観してない、ウソ泣き声をあげるマリオンを見つつ、キュッリッキはミルクババロアを口に運んでいた。


「小食なんですね」


 向かい側に座るメルヴィンが、にっこりと笑顔を向けてきた。


「う、うん。美味しいけど、いつもあんまり食べられなくって…」


 シチューひと皿と、パスタを一口ずつ。あとはもう、デザートのミルクババロアに移っていた。


「そうですか。――女の子は少食気味ですね」

「そう、なのかも?」


 なんだか気恥ずかしくて、キュッリッキは顔を赤くした。

 もとから少食で、普通の量に盛られた料理を食べるのも遅い。食べたくないのではなく、すぐ満腹感を得てしまうのだ。

 幸いババロアは喉越しもよく、お腹いっぱいに食べられそうだ。


「もっと沢山食べねえと、ちっぱいがおっきくならないぞ」

「むっ!」

「ギャリーさん、あんまり言わないほうがいいですよ…」


 メルヴィンが緩く嗜めると、マリオンも「そーそー」と睨む。


「デカぱいのおめーに言われても、嫌味だぞ」

「アタシのことは、どぉーでもいいのよお」

「だいたい、あんだけしか食わねえから、栄養が回らねんだ。もっと食えば、ちっぱいにも栄養が回んだろう」

「まーったくアンタは、デリカシィが欠片もないわねえ」

「シっ」


 口に人差し指をたて慌てているメルヴィンを見て、そしてみんな視線をキュッリッキに向ける。


「ほらあ、泣かしちゃったあ~~~」

「ギャリーさんっ!」

「あちゃ…」


 ギャリーを睨みつけながら、キュッリッキの目からは大粒の涙が、ぽろぽろ零れていた。

 食堂が静まり返る。

 胸が小さいのは、ずっと気にしていることだ。


「どうしようもないんだもん…」


 キュッリッキはアイオン族だ。

 背に翼を2枚持つアイオン族は、空を自由に翔ぶことができる。そのためか体重が極端に少なくて、平均的な体格のヴィプネン族と比べると、20kgくらいは少ないのだ。

 しかもアイオン族は、太ることができない体質である。

 どんなに暴飲暴食を繰り返しても、絶対に太らない。

 さらに極めつけは、アイオン族の女性は、総じて胸のふくらみが乏しい種族でもあった。

 一応個人差はあるが、シンデレラサイズが標準なのだ。

 それにキュッリッキは、自分がアイオン族であることを、誰にも知られたくなくて隠している。

 ――心の傷と共に。

 ギャリーに反論しようとしたが、そのことを言うわけにもいかず、キュッリッキは悔しさを込めて涙を流すしかなかった。


「あら、あら、まあまあ」


 キリ夫人は立ち上がると、キュッリッキの傍らに立って、エプロンの裾で涙を拭ってやる。


「ギャリーちゃん、女の子の身体のことを(あげつら)うのは、いけないことよ。小食なのは、身体がもうこれだけでいいよ、って言っているの。無理に食べると、お腹をこわすかもしれないしね」

「へい…」


 ヤッチマッタ、と表情に書いてギャリーは肩を落とした。


「さあキュッリッキちゃん、ババロアはもうちょっと食べられそうでしょ?」

「うん」

「まだまだいっぱいあるから食べてね。おばさんの自慢のデザートよ」

「食べるの」


 しゃくり上げながら、スプーンですくったババロアを口に運ぶ。ババロアのほどよい甘さとミルクの味が、キュッリッキは気に入っていた。

 キュッリッキの様子に安堵して、キリ夫人は腰を上げる。


「さあみんな、冷めないうちに食べちゃってね」


 優しい笑顔のキリ夫人に場を収めてもらい、みんな食事を再開した。




 食事が終わると、キュッリッキは中断していた荷解きをしに自室へ、そしてほかは談話室へ移動した。

 そこで早速、ギャリーはカーティスから叱られる。


「来て早々、泣かさないでください、全く」

「面目ねえ」


 デカイ図体をしょんぼりさせて、ギャリーは頭を掻いた。


「彼女は人見知りする子です。それでも我々に溶け込もうと、努力してるんですから」

「だな…」

「アンタもぉ、たいがい粗チンなんだから。ヴァルトやメルヴィンくらいのデカブツになってから、他人の身体にケチつけなさいヨ」

「誰が粗チンだ! オレのは標準サイズって言うんだよっ! ヴァルトやメルヴィンのが異常なんだ」

「ふふーん」

「いえ…オレのはそんな…別に…」


 腕組みして得意げなヴァルトとは対照的に、メルヴィンは困ったように頬をポリポリ掻いていた。


「つーか! なんでテメーがそんなこと知ってんだよ!」


 問い詰められたマリオンの顔が、ニヤリ、と歪んだ。

 それを見た室内の男性陣の顔に、スッと闇が射す。


 ――この痴女。


 マリオンの〈才能〉(スキル)は、AAランクの超能力(サイ)である。

 涼しい顔して、日頃から仲間の股間を透視(サーチ)してるのがモロバレだ。


「……まあ、ギャリーもですが、みなさんも言動には充分気をつけてください。彼女はベルトルド卿自らがスカウトしてきた、という背景もあります。無駄にチヤホヤする必要はありませんが、余計なことをしていると、ベルトルド卿にチクられることになりますよ」


 その瞬間、室内の温度が急激に下がり、全員の表情が恐怖に歪んだ。

 キュッリッキを泣かせると、ベルトルドにチクられる。

 ベルトルドが怒り、速攻制裁がすっ飛んでくる。

 図式を頭に浮かべると、冷や汗は滝のように流れ、胃に百穴状態だ。

 ベルトルドの制裁など、二度と食らいたくない。


「初日から仲間の関係が(こじ)れるのはよくありません。ギャリー、キュッリッキさんに謝ってきてください。そして、仲直りするんですよ」

「お、おう」

「ダイジョーブよ。キュッリッキちゃんは、アンタのこと嫌ってないから」

「マジで?」

「マジで。みんなと早く馴染めるようにぃ、アンタがからかってるってこと、あの子ちゃ~んと判ってるもん」

「……ケッ」


 照れ隠しに、ギャリーは明後日の方向へと視線を泳がせる。


「ンでも、言いすぎなのは事実よん。ちゃあんとぉ、謝ってきなさいな~」

「わーった」


 ギャリーは素直に頷くと、談話室を出た。




 窓もドアも開けっ放しにして、キュッリッキは荷解きをしていた。

 ハーツイーズのアパートより若干広いが、閉め切っているとホコリがこもりそうである。

 荷物は大して多くない。

 調理器具や掃除セットなどは、持ってきても使わないだろう。そうメルヴィンに言われたので、アパートに置いてきてある。

 家具類は備え付けのものを使っていたし、新しく購入したものはない。

 身の回りのものやちょっとした小物類しかないので、馬車まで出してもらったのは、大げさだったなと思った。

 服をたたみ直してチェストの引き出しにしまっていると、開けっ放しのドアがノックされた。


「よっ」


 ヒョイっとギャリーが顔を出した。


「…ギャリー」


 ベッドに腰掛けて服をたたんでいたキュッリッキは、若干身を固くして首をすくめる。

 警戒心丸出しの、「やるなら受けて立つ」とでも言いたそうな表情を向けられて、ギャリーは頭をガシガシ掻いた。

 ギャリーはのっそり部屋に入ると、大きな掌をキュッリッキの頭にぽんっと乗せた。


「さっきは済まなかったな、言いすぎた」


 一瞬殴られるのかとキュッリッキは目を瞑ったが、そっと掌が頭に置かれただけだった。そして昼食の時のことだと気づいて、ちょっとビックリしてしまう。

 (てら)いもなく率直に謝られて、キュッリッキは意外そうに目を丸くした。

 てっきりギャリーのような大人は、年下に対して、謝るようなことはしないのだと思っていたからだ。


「なんでぇ、豆鉄砲でも食らったような顔して」

「だって……、謝られると思ってなかったんだもん」

「今回はオレが悪かったんだ。そりゃ、謝るさ」

「そう、なんだ…」


 謝って不思議がられるのも複雑である。しかし、何故そう不思議がるのか、ギャリーにはよく判っていた。


「中には謝らねえ大人もいる。自分に非があると判っていてもだ。子供でもそんな奴はいるし、それはそいつの人間性の問題だな。オレもだが、ここの連中は自分に非があれば、認めてちゃんと謝る」


 無頼者のように見られがちな傭兵の中には、確かに自らの非を認めない者もいる。

 礼儀なんてクソくらえ、というスタイルが、傭兵らしいとまで勘違いしている者も多い。キュッリッキはそんな残念な傭兵たちを見てきたのだろう。

 だが、ライオン傭兵団は違う。そして違うと判ってもらえるよう、ギャリーたちはキュッリッキに示していかねばならない。


「うん、判ったの」


 キュッリッキは表情を和らげて頷いた。

 ちゃんと謝ってもらったのだから、いつまでも意地を張る必要はない。それにギャリーがからかうことで、みんなとの切っ掛けを作ってくれていたことも判っていた。

 ネタには物凄く問題はあるけれど。

 硬さが取れて穏やかになったキュッリッキに、ギャリーは真顔になる。


「それとな、飯はなるべく、少しずつ量を増やしていきながら食うんだぞ。スプーンひと匙ぶんくらいからでいい。オレたちが受ける仕事は体力勝負になる。キリ夫妻の飯は美味いだけじゃなく、栄養面もちゃんと考えてくれてるからな」


 これまでキュッリッキが受けてきた仕事よりも、ずっと大きなものになるだろう。体力もそれに見合うだけ身につけなくてはならない。心構えを諭されて、キュッリッキは神妙に頷いた。


「ちょっとずつ、頑張ってみる」

「おう」


 キュッリッキが素直に返事をしたので、ギャリーはニカリと笑った。

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