遺作を書いて5年
5年前の今日、遺作を書き始めた。
安心してほしい。ぴんぴん生きているし、健康そのものだ。あれだ。いつ死んでもいいように遺書を書いたりする終活をしてみただけだ。
コロナ禍が始まった頃の医療従事者でもない。危険な仕事をしている訳でもない自分が、どうして遺作を書こうと思ったのか。
大好きだった漫画家が数年前に急逝した事実が、とてつもなく悲しかったからだ。最初の単行本に出会ってから、生涯追い続けるつもりだったのに、連載途中のことだった。完結まで見届けられなかったことが残念でならなかった。
人間いつ死んでもおかしくないと悟った。
ずっとそれが刺さり続けていた。
それから数年が経ち、小説家になろうで気に入った連載の最新話に追いついた。自分はめんどくさがりだった。探すのがめんどくさいあまり、自分の読みたい話を自分で書き始めたのが12月25日。あとになって聖夜に何をやっているんだ自分、と気付いたが、まぁいい。
小説なんてちゃんと書いたことなんてないが、マンガで描いたら自分は絶対挫ける自信がある。完結まで必要な量を出力するには、どう逆算しても小説しかなかったのだ。
自分は、完結まで見届けられない悲しみを知っている。誰も読まないかもしれないが、絶対に完結はさせたい。書き始める前から、覚悟を決めていた。
読みたい話が完結までイメージできている。身体も健康で、やる気も充分にある。今がいい機会だと思った。
子どもの頃からマンガが好きで、そんなモノばかり読んでいたらバカになると言われて育った。自分は、好きなモノをバカにされると腹が立つ人間だった。大切なことはマンガから学んだ自負がある。好きなモノを貶されないよう勉強して、就職もし、世間的に真っ当といえる社会人になって周囲に認めさせた。それぐらい負けず嫌いでもあった。
自分が世界においていくならどんな話がいいだろうか。大好きな漫画家のように、読んでいて楽しく、読んだ人が自身を大事にしてもらえるような、自身を嫌いにならないでいてもらえるような、そんな物語がいい。
書いてみたら、思った以上にたくさんの人に読んでもらえて、約2年半で完結したら、ちょっとばかり誇らしくなった。
最初で最後のつもりだったが、今もなんだか小説を書いている。
どうしてか。きっかけは最初の小説家になろうラジオ大賞のノミネート。自分の創作を許された一言「結構この作品好きです」。下野紘さん、本当にありがとう。