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後悔と向日葵

作者: SchwarzeKatze

 私は後悔している。


 いや、私が臆病で、小さい人間で、引っ込み思案で、恥ずかしがり屋で、弱くて、強がりで、自分に自信がなくて、人の顔色ばかり気になって、自分の気持ちが言えなくて、勇気が出せなくて、ちょっとの一歩を踏み出せなくて、言いたかった想いを言えなくて。


 そんな私の性格が招いた結果なのは、分かっている。

 分かっている。

 分かっている……。


 けど、ちょっとした自信と、ちょっとした勇気と、ちょっとした意志を持っていれば、今は変わっていたのかも知れないと、ずっと後悔し続けている。


 ずっと一緒の学校で、ずっと同じクラスだった、彼。

 幼なじみと言われると、少し違うかも知れない。私は、彼にとって多くの友達の一人。多分彼はそう思っている。分け隔て無く誰にも優しく振る舞う彼。小さな私は、彼にとっては背景にある沢山咲いた、向日葵の一輪。


 そう。

 畑に咲いた、一輪の向日葵。


「……イカン、イカン!」


 思考を今に引き戻すように、私は一人引っ越ししたばかりの部屋で呟く。

 折角迎えた新生活の一ヶ月目。暗い顔なんてしちゃいけない。これも私が選んだ道なのだから。高校を卒業して、希望の大学に行けたのだから。新しい道を歩み出したのだから。

 入学してから一ヶ月。少しずつ夢に向かおうとしているところの、長いお休み。生活にも慣れてきたけれど、一人きりの休みもそれはそれで、ネガティブな気持ちに引き戻されてしまう。


「だから……」


 どうしても、思い出してしまう。

 最後のチャンスだった。

 高校の卒業式。


「山根さん、次書いて」

「あ、寄せ書き? ありがとう」

「結構、みんな立派な事書いてて、俺どうしようかと思ったよ」

「そうなんだ。岸田君のところは……」

「あっ! 見るなよ!」

「どうせ、完成したら皆で見るじゃない。えっと『街中の花屋を目指す!』……なの?」

「わ、悪いかよ!」

「……いいんじゃない? じゃー私も書くから。ありがとう!」


 楽しい会話だった。私にとっては幸せだった。それだけでも良かった。これが最後の会話。私の胸の内を伝えるタイミングも無かった。


 いや。無かったのは勇気だ。


 一歩踏み込めなかった、私が悪い。

 密かに待っていた、私が悪い。

 それであきらめた、私が悪い……。


「あれ? 山根さんも実行委員会なの?」

「……私さ、学級副委員長だよ? 学級委員会も文化祭の委員会に入るって、聞いてなかったの?」

「あー、忘れてた。俺さ、推薦されて実行委員会に入ったから、てっきりそれだけだと思ってた。じゃー一緒に文化祭盛り上げよー!」

「はいはい」

「そだ。メッセージグループに強制的に入れられたじゃん。グループに飛ばすのも面倒なことあるからさ、個別でメッセージ送っても良い?」

「うん、良いよ」

「じゃあ、俺からフレンド申請するから、承認よろしくな!」

「おっけー。って、このプロ画なに?」

「え? 向日葵畑。綺麗だろー? 俺、向日葵好きだからさ」


 知ってる。

 知ってるよ。

 よく知ってるよ。

 オレンジの向日葵畑。

 だって……。


「ねぇ、合宿のしおり見た?」

「え? 見たけどどうしたの?」

「何で冷静でいられるのよ! 最後のレクリエーション!」

「あぁ、フォークダンスだっけ?」

「そうそう! なんか『男女の交流を深めるため』とか、先生達の考えらしいけどさ、何が今時『フォークダンス』なんて、楽しめるかっつーの! 男子は盛り上がってるみたいだけど、私は嫌だ!」

「えー、そうだったの? 香奈は『大山君が気になる』とか行ってたじゃない? もしかしたら一緒に踊れるよ?」

「……! べ、別にそういう訳じゃないから! それこそ藍は岸田と踊るなんていいの? 嫌でしょ!?」


 中学校の学年合宿。私は少し期待していた。彼と手をつなげることを。笑顔で楽しめることを。

 ダメだった。彼は目も合わせてくれなかった。

 そうだよね。だって、小学生の時に……。


「ねぇねぇ、男子達が『こうくんがあいのこと好き』って、冷やかしてるけど、あいは岸田君の事どう思ってるの?」

「え? え? べ、別に好きじゃないよ?」

「お、山根さんは、こうの事、嫌いなんだ!」

「こらー! 盗み聞きすんじゃねー!」

「山根さんは、こうの事嫌いだってー! こう、フラレてやんの!!」

「盗み聞きして、広めるな!!!」


 そのあと、彼は男子達に「ふられた~!」って、冷やかされていた。後から聞いた話で、彼は些細な会話で、こじつけられて、私の事が好きなんてデマを流されたらしい。男女を意識し始めたところの、小学生がやる単なるイタズラ。何の因果か、そのイタズラに彼と私が、ターゲットにされただけ。


 そして彼は泣いていた。

 理由は分からない。

 冷やかしのターゲットにされたからかも知れない。

 そうだとしても、私は彼にとっては加害者。

 彼に、トラウマを植え付けた加害者。

 私も胸にグサリと刺さった。

 剪定鋏のような物が、開いたまま刺さり。

 ゆっくりと締め付けて、私の胸をえぐる。


「こうくん、なにかいてるの?」

「ひまわりだよー」

「ひまわり? なんでオレンジなの?」

「ぼくね、オレンジのひまわりが、すきなんだ~」

「え? そんなひまわりあるの?」

「あるよ~。ぼくね、みたことあるんだぁ~」

「そうなの? みてみたい!」

「え? ぼくそのえ、かいてるよ?」

「オレンジだけしか、ないじゃない」

「そうだよ。これ、ひまわりの、はたけなんだよ」

「ふ~ん。そんなの、あるの?」

「そう! あるんだよ! おひさまが、たくさん!」

「おひさま?」

「うん、ひまわりって、おひさまみたいじゃない?」

「あっ、そうかも!」

「ねぇ、あいちゃんは、なにかいたの?」

「わたし、かいてみたよ!」

「うわぁ。がようしいっぱいだね!」

「うん! じょうずにかけたよ!」

「なんかさ、あいちゃんって、ひまわりっぽいよね」

「えー、なんで?」

「いつも、えがおで、ぼくもえがおになれるから!」


 何でだろう。

 何で今、思い出すんだろう?

 胸が痛い。

 昔刺さった剪定鋏が、今閉じてゆく。

 もう少しで、胸の傷が、過去が、想いが……彼から別れる。


「最後は、私がやらなきゃ」


 雫を上着の裾に染み込ませる。そして、ただただ時が流れる。トドメ……彼とのフレンド解除。決めた事ではあるけれど、腕がどけてくれない。


『ぴろぉん~♪』


 スマホの気の抜けた通知音で、少しだけ現実に戻される。

 ゆっくりとスマホに手を伸ばし、ぼーっと、画面をのぞき込む。霧がかかった、頭と視界で。


 画面を見て、霧は太陽に変わった。


 向日葵が咲いていた。

 一輪のオレンジ色の向日葵が。



ーーーーEndーーーー



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― 新着の感想 ―
[良い点] せっかく前を向ける状況の用意はできているのに、喉奥に、魚の小骨が引っかかってるかのような苦しさの心情描写に共感しました…!!!! スマホの画面をただただ眺めて、思い出が蘇って、グルグルとし…
[良い点] 後半の一文「雫を上着の裾に染み込ませる」は涙を表しているのかと思いましたが、最後の通知で向日葵が送られてきたことでフレ解はできなかったのではないかと思いました。 過去の記憶が蘇ってくるのは…
[一言] 作品のご紹介ありがとうございました! 1輪の向日葵、花言葉が「一目惚れ」ということとフレンド解除前に届いた画像がオレンジ色の向日葵。 その画像を見て霧は太陽に変わったという言葉から私は先…
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