第二章二節
「神様、いらっしゃいますか?」
また翌日、もはやさも当然と言わんばかりに青年は洞窟に入ってきた。
「また来たのか…」
声色に落胆の色を隠し切れなかった。
「おや、神様。今日は気分がすぐれない様子ですが?」
「お前のせいだ馬鹿者」
事実、明日も来ると言い残して去ったこやつをどう追い払うか夜通し悩み、頭が痛い。しかも別に妙案は思いつかなかったし。
「なんと。昨日の兎肉がお気に召しませんでしたか」
「お前が来ること自体が嫌なのだ!」
なんでこやつはそれが分からんのだ。
「まあまあ。今日も貢物を持って参りましたのでご勘弁を」
「まるで私が無理に取り立てているような言い方はよせ」
青年はごそごそと持っていた藁袋の中から何かを取り出した。
「なんだこれは?」
「茄子の塩漬けでございます」
見ると、鮮やかな紫の皮目をした茄子が置かれていた。形は随分と不揃いで不恰好なようだが。
「何故わざわざこんなものを…」
「私の村でこの前初めて採れたのです。是非お召し上がりを」
なんだと?こやつの村で作った野菜だというのか?
「いらぬ」
昨日の兎肉はまだ言い訳がたったが、さすがに人間の村で採れたものなど食べるわけにいくか。
「またまた。神様、野菜だからといって食わず嫌いは良くないことですよ」
「好き嫌いの問題ではないわ!」
相変わらず舐めた物言いをしてくる奴だ。
「人間が作ったものなど口にするわけなかろう!虫唾が走る!」
「まあまあ。食べずとも結構ですから。ここに置いていきますね」
青年はそう言うとそそくさと出ていってしまった。
「お、おい!…なんだったのだあやつ」
目の前には置き去りにされた茄子の塩漬け。人間が丹精込めて作った野菜。
ふん、こんな不恰好な茄子を置いていくなど、供物にしても失礼だ。
「まったく、誰が手を付けるものか」
そういってごろんと横になる。肉の時と違って匂いがさほどしないから無視しやすい。
…初めて採れたとか言っていたな、あやつ。
開墾したての畑。汗水流してその世話をし、実りの時期を迎えた時の喜び。何だか懐かしい気分になる。
いやいや、それは昔の記憶だ。何を浸っておる。
ちら、と置かれた茄子を見る。確かに不恰好ではある。しかし、あやつも苦労して育て、ここまで持ってきたのであろう。
それに対してさっきは虫唾が走るなどと言ってしまった気がする。急に気持ちの悪い罪悪感のようなものが襲ってきた。
ええい、思考が掻き乱される。これだから人間などと関わるのは嫌だったのだ。
ひとしきり色々なことが頭を巡っていくうち、茄子に虫が止まろうとしていた。
お前が食べてくれるならそうしてくれ。とも思ったが、何だか勿体ないような気もしてしまう。
堂々巡りの逡巡の末、神様はふと、何の気なしに一切れ手に取り食べてみた。
ぽりぽり。
「…ん、なかなかに美味い」
上手く漬けてある。なるほど、あやつはなかなか料理の腕は良さそうだ。それか、良き妻を娶っているのかもな。
そう考えた直後、思いもかけないことが起きた。
ひゅうう…
神様の周りを風が纏う。勢いはそれほどでもないが、自然にできたにしては洞窟内では不自然だ。
(これはまさか…神風?)
神力が戻ってきた証だ。しかし何故今?まさか、この茄子を食べたせいだとでも言うのか?
馬鹿馬鹿しい。そんなはずがなかろう。きっと近頃瞑想を欠かさず行なっていたから、少しは成果が出てきたのだ。
わはは、このままで行けば力が戻ってくる日も近いかもしれないな。
そうすればこの洞窟ともおさらばだ。そしてあの青年とも…
あ、そう言えば伝えるのを忘れたな。「もう来るな」と。