毒・弩苦・ドック
「昼間から飲みすぎですよ」
私がそう注意すると、目の前に座っている人物は笑いながらおつまみのフライドポテトを口に運んだ。鼻から上が覆面に隠れているその顔は既に真っ赤だ。
「良いじゃないの〜。こんな昼からお酒が飲めるなんてこの街が平和な証拠だよ〜。君も一杯どう?」
「まだ十代なのでアルコールは摂取出来ません。それよりも帰っていいですか? 街で暴れている超能力者を捕まえて疲れていますし、コスチュームのままレストランでお昼を取るというのは落ち着かないのですが?」
「疲れた時こそ、パーッと食べて飲んで騒ごうよ〜。ね? そこのお兄さんもそう思わなぁい?」
ちょうど私たちが座っている席の横を通りかかった一般人に話しかけている。話しかけられた若い男は私たちを見て驚いたような声をあげた。
「うわぁ⁉ ヒーローのイモータルに相棒のブレインガールだっ! スッゲー! こんな格安レストランで会えるなんて夢見たいだぁ! 一緒に写真良いですか?」
「ハッハッハ! もちろん構わないよ〜。さぁ、隣に座り給え」
「あっ、イモータルじゃなくてブレインガールに言ったんだけど……。まぁ、いっか! イェーイ! ピース‼ ありがとうイモータル! 店員さーん! この席にビールをお願い! 俺の奢りで!」
記念撮影を終えると、若い男はビールを注文して去っていった。シミだらけのエプロンを身につけた店員がビールをテーブルにドンッと置くと、謝りもせずに去っていった。腹が立つ気持ちも分からなくない。このレストランに来てからずっとこんな調子で店の客が彼に飲み物や食事、おつまみをご馳走するからだ。テーブルには私たちが注文した料理がまだ届いていないというのに、枝豆やポテト、ほうれん草とベーコンのソテー、ビールにグレープフルーツハイといったラインナップがずらりと並んでいる。子連れの家族もやってくるレストランでこんな居酒屋みたいな飲み食いをしていたら、店員の機嫌が悪くなるのもしょうがない。当の本人はというと、そんな事などお構いなしに喉を鳴らしながらビールを飲んでいる。
「くぅぅうっ! タダで飲む酒ほど上手いものはないなぁ。やっぱり店で飲み食いする時はこの格好に限るよ〜」
「最低な発言ですね。貴方はこの街を守るヒーローなんですから、もう少し自覚を……」
「お待たせしました。サラダラップとエビドリアです。ごゆっくり、どうぞ」
先程と同じ店員が注文した料理を持って来た。ごゆっくり、と言う言葉をやけに強調すると料理を置いてキッチンへと戻っていった。さっさと食べてさっさと店から出よう。そう心に決めると、私はエビドリアをスプーンで掬って頬張った。
「はなはほははふはへてふやふぁい」
「ハッハッハ! 何言ってるかさっぱりわからないわ〜」
「早く食べてください、と言っておるのではないのかのぉ?」
「あら? ドックドッグじゃないですか。奇遇ですねぇ〜、こんなところで」
私の通訳をしてくれた犬の被り物をしている老人はこの街の病院でヒーローや敵の治療を行っている医者のドックドッグだった。家族連れや若者向けのレストランに来るとは少し意外だ。
「警察から体が水になる超能力者の治療を頼まれてのぉ。午前中に銀行強盗に入った挙げ句、捕まえに来たヒーローに体を干からびさせられたようで、水滴くらいしか残っておらんかったわい。フォッフォッフォ」
「ヒーローの癖にひどい仕打ちをする奴もいたもんですねえ〜。ハッハッハ! どうしたんだい、ブレインガール? 急いで食べすぎてご飯が喉に詰まったのかい?」
「んんうんっ……。はぁ、ハッハッハじゃないですよ! 銀行強盗を捕まえようとして、紙幣で炎の壁を作って水の体を蒸発させたヒーローって貴方じゃないですか‼」
私は喉に詰まったエビドリアをなんとか飲み込むと、目の前の覆面ヒーローを指さした。酔っているせいで自分のことを言っているとは気づいていないらしく、イモータルは私の人差指を見て後ろを振り返っている。
「フォッフォッフォ。わしの力で元の体に戻ったから良いものの、ヒーローでなければ殺人未遂で逮捕されているところじゃのぉ。逮捕されてくれれば、お主の体も好き放題イジれるんじゃが……」
「私の体を好き放題して良いのは恋人かSM嬢だけですよ! ハッハッハ‼」
「セクハラで捕まれば良いのに。あと、ドクターが言っている好き放題って、絶対貴方の考えている物とは違いますよ」
「ん? 私の考えている物とは一体どういう事だい? 十文字以上千文字以内で説明してみてくれ!」
「うっさい頭ピンク野郎! 私に嫌がらせする暇があったら、そのオシャレ女子が注文しそうな料理をさっさと食べろ‼」
私がそう言ってサラダラップを彼の目の前に突き出すと、不服そうな顔をしながら包み紙をめくって食べ始めた。先程サイコパス発言をしていたドックドッグはそれを見て笑っている。何を考えているのかわからないが、腐っても警察が頼る人物だし、さっきの言葉は冗談だったようだ。
「わしは自分の席に戻るが、もし解剖されても良いと思ったらいつでも声を掛けとくれ」
「冗談じゃないんかい!」
「元気の良いお嬢さんじゃのぉ……。おや? どうした? 顔色が悪くないかのぉ?」
ドックドッグの言葉に従いイモータルへと視線を向けると、テーブルの反対側で自分が頼んだサラダラップを食べていたはずの彼がそれをテーブルに置いて自分の首を掴んでいた。先程まで赤かった顔色は紫へと変化している。さっきの私のように食べ物を喉に詰まらせたのだろうか。私が大丈夫かと声をかけようとした時、彼が小刻みに震えだすと椅子から転げ落ちた。周囲の客の視線が一斉に彼に向く。
「ちょ、ちょっと⁉ 大丈夫ですか⁉ ドクター! 一体何が⁉」
「どれどれ。様子を見せてもらおうかのぉ」
打ち上げられた魚のようにジタバタしているイモータルを抑えながら、ドックドッグがポケットに入れていた検査器具などで観察している。しばらくするとイモータルの動きが止まった。嫌な予感がして、私はゆっくりとドックドッグに尋ねた。
「ドクター? 動かなくなったみたいですけど……? 大丈夫なんですよね?」
ドックドッグは器具をポケットに戻して立ち上がるとこう言った。
「あかん。死んでおるわ」
魔法や超能力、科学が発展し無法地帯になりつつあるこの日本で、理由や行動はどうあれ犯罪者を捕まえるために戦っていたヒーローのイモータルが街中の格安レストランで死んだ。この街最高の医者であるドックドッグの言葉を信じない訳ではなかったが、念の為私も彼の体に近づいて心臓の鼓動や呼吸音を確認した。確かに何も聞こえない。本当に死んでいる。でも、一体どうやって? 彼の能力は自己蘇生だ。不死身である彼を殺すなんて不可能のはずだ。それに、一体誰が? 根っからの善人とは言い難いが少なくともヒーローではあるから、一般市民から好意的な目を向けられている。彼の命を狙うとしたらこの街をめちゃくちゃにしようとしている悪の科学者カーソリーだが、この場にその姿はない。それでは誰が彼を殺したというのだろう? 私は数々の疑問を抱きながら、警察へと連絡を入れる。電話をしてから数分後、けたたましいサイレンの音を響かせながら警察の車がレストランに近づいてきた。車を道端に停めると警察がレストランの中に駆け込んできた。いつもやり取りしている大柄な警部さんとノッポの刑事さんが先頭に立っている。私が手を上げて呼ぶと、警察の人たちが雪崩のようにしてこちらへ向かってくる。床に倒れているヒーローの亡骸を見て、刑事が涙を流した。
「そんなっ……! イモータルさんがどうして⁉」
「アルコールの摂取し過ぎとかじゃないのか? こんな真っ昼間からかなりの量を飲んでいるみたいだからな」
泣いている刑事とは正反対に無表情の警部が空きグラスが沢山置いてあるテーブルを見て、やる気のなさそうにそう言った。ヒーローが街中で死んだというのにいつもどおりの二人だ。優秀だがダウナーな警部とやる気が空回りしている熱血漢の刑事。二人に任せて大丈夫なのだろうか? 少し心配になる。
「フォッフォッフォ。当たらずとも遠からずと言ったところかのぉ」
「ドクター。いらっしゃったんですね? 当たらずとも遠からずとはどういう意味です?」
「たまたまこの店に来たら、彼らがおってな。倒れた彼を介抱しようとしたのもわしじゃ。死体について確認したが、外傷は見られん。内部からの出血も同様じゃ。発汗や血圧の低下も見られんことからアルコールに寄るものではなさそうじゃが、死に至るまでの急激な変化を見るに何らかの毒による殺害と見て間違いはなかろう」
「毒殺……ですか。それなら死体を解剖して毒の種類を特定出来れば犯人の手がかりになりますね。オイ。いつまで泣いている? 至急遺体を搬送して、司法解剖の準備だ」
警部が泣いている刑事やその後ろの警官に指示をする。私はそれを黙ってみていた。毒殺かぁ。確かに体には怪我や傷はなさそうだし、口から血を吐いているわけでもない。毒を盛られたと考えるのが無難だ。でも、どうやって毒を盛ったというのだろう?
「ここにいる皆さんには申し訳ないですが、現場の保存と事情聴取にご協力をお願いします。司法解剖の結果待ちなので、あまり長時間拘束するつもりはありま……」
「なになに? 気づいたら客席が警察で埋まってるんだけど? どういう事? 何か事件?」
キッチンから一人の男性が出てきた。白衣と派手なメガネをしたその人物はここで起きた事件を知らないのか、野次馬のように警察の間をすり抜けると私たちのそばまでやって来て、倒れているイモータルを見た。
「げっ⁉ イモちゃんじゃん⁉ ナニコレ? ドッキリ? 俺を捕まえる為のトラップとか?」
「なんでお前がこんなところにいるんだ⁉」
あまり表情を変えない警部が珍しく驚いたような表情をしている。そういう私も口を大きく開けて驚いていた。イモータルの遺体を指さしていたのは、彼のライバルで彼の命を普段から狙っている悪の科学者カーソリーだったからだ。
「いや、なんでって言われても、俺が作った全自動調理マシーンが不具合を起こしたからメンテナンスに来ただけなんですが……って、いつもの仏頂面の警部さんじゃん⁉ あれ⁉ 相棒の優等生ちゃんもいる⁉ 嘘⁉ やっぱりこれって罠だったの⁉」
「悪の科学者がなにレストランの調理器具を作っているんですか!」
ついつい敬語でツッコミを入れてしまった。カーソリーは腕組みをしながら説明をし始める。
「だって、研究費用を稼がないといけないじゃない? このチェーン店とは独占契約を結んでいて、全国に俺の作った機械を導入してもらっているのよ。おかげでウハウハ。武器やロボットを作る資金には困らないって感じ。料理食べた? 化学調味料をふんだんに使用してるから味がハッキリしていて癖になる味でしょ?」
「確かに美味しかったですけど、貴方が言うと何か違法なモノが混ぜられている気が……。そうか! 警部。この人を捕まえてください。この人が作った機械で調理された料理を食べて亡くなったっていうことは、この人が料理に毒を混ぜた張本人です」
「確かに、コイツはいつもイモータルを殺そうとしていたしな。今まで犯した罪と合わせてヒーローを殺害した罪でコイツを現行犯逮捕しておくか」
警部が手錠を取り出すと、カーソリーは焦った様子で犯行を否定し始める。
「ちょい待って! 俺じゃないって! イモちゃんたちがこの店に来たことすら知らなかったんだよ⁉ 俺が犯人なわけないじゃん‼」
「そこら辺は署に戻ってから聞くから、とりあえず大人しく捕まってくれ」
「証拠は⁉ 俺がイモちゃんを毒殺したっていう証拠はあるのか⁉」
「その発言がまさにヒーローを殺したという証拠じゃないのか? 逮捕される犯人が追い詰められた時に言うセリフだぞ」
「冤罪で捕まりそうになっているんだから、そりゃ証拠云々を言いたくなりますよ! 不当逮捕だ! 弁護士を呼んでくれ‼」
壁際に追い詰められながら叫んでいる。往生際が悪い。それにもしイモータルを殺した犯人でなかったとしても、頻繁に街を混乱に陥れている悪者を見逃すはずがない。
「分かった! こうしよう! 俺がこの毒殺事件の真相を暴いてみせようじゃない! アンタたちは真犯人が捕まえられる! 俺は誤解を解く事ができる! ウィンウィンじゃないか‼ 悪い条件ではないはずだ!」
「悪い条件ではないが、面倒だしお前が犯人っていうことにした方が、全て丸く収まるんじゃないか?」
「聞きましたか、市民の皆さん! 仮にも真実を追求しなければならない警察があんな冤罪を肯定する発言をしましたよ! 司法の暴走だ‼ リコールを要求する‼」
「司法を蔑ろにしているお前が言うな」
「警部! 俺はそんなことを許すために刑事になったわけじゃありませんよ! あんな悪人に言われっぱなしで良いんですか⁉ やってやりましょうよ‼ 俺たち警察の考えが正しいって、アイツ自身の手で分からせてやりましょう‼」
「うん……うん? ちょっと待って。なんかおかしな方向に話が進んでいないか?」
警部が止めるのも聞かずに刑事がカーソリーに挑戦を叩きつける。
「お前が事件の謎を解いて、真犯人を見つけられたらお前の勝ち! 逆に真犯人が見つからなかったら俺たち警察の勝ちとしてお前を逮捕する! それでいいなっ!」
「よく言った! それでこそイモちゃんたちと一緒になって俺を捕まえようとしている警察だ! その勝負、乗ってやるとも‼ 待ってろよ、真犯人‼ 必ず捕まえてやるからな‼ イモちゃんの名に賭けてっ‼」
こうして、ヒーローイモータルの毒殺事件を悪役カーソリーが推理することになったのだった。なんだこれ?
「まず事件が発生した状況を整理しておきたい。優等生ちゃん。証言プリーズ」
「いや、おかしくないですか? なんで犯罪者のカーソリーが探偵として現場の指揮を取ってるの?」
「優等生ちゃん。今はそんな些細な問題を討論している暇はないんだ。事態は一刻も争うかもしれない。俺の冤罪がかかっているんだ。日頃の敵味方は忘れて共同戦線といこうじゃないか」
「自分の為じゃないですか! 良いんですか、警部? こんな事件の推理を任せてしまって! 彼は犯罪者ですよ!」
私は同意を求めて警部へ問いかけた。しかし、頼みの綱の警部は少し考える素振りを見せたあと、面倒くさそうに欠伸をした。
「まぁ、いいんじゃないか? これで真犯人が捕まれば我々としても余計な手間がかからず楽が出来るし、真犯人を捕まえられなくてもカーソリーを逮捕することは出来る。好きにやってくれ」
「やる気なさすぎでしょ⁉ ヒーローが死んでるんですよ⁉ もう少し真面目に捜査しましょうよ!」
「優等生ちゃん! ふざけていないで真面目にやってくれ! こんなダラダラとボケとツッコミをし続けていたら読者も飽きてしまうよ‼」
「なんで私のせい⁉ え⁉ 私がふざけていることになってるの⁉」
周囲を見回したが、皆私にさっさと説明を始めろと無言の圧をかけてきた。納得いかないが、無駄にページ数を消費するわけにもいかないので、私は渋々と当時の状況を話し始める。
「私とヒーローのイモータルは午前中に街で暴れている超能力者を退治した後、昼食を食べにこのレストランに入りました。この席を決めたのは彼自身ですし、サラダラップを選んだのも彼です。ファンの人たちと交流しながら待っていると注文した料理をあの店員さんが届けてくれて、ちょうど入店してきたドクターを少し会話をした後、料理を食べ始めたら急に顔色が悪くなって床に倒れました」
「ちょっと待って。料理を頼んだのはイモちゃん自身だっていうのは分かったけど、それじゃあテーブルに置かれている大量のグラスやおつまみは誰が注文したの?」
「店にいるファンの人たちの奢りですよ。注文内容も全部彼らが勝手に決めていました。イモータルは美味しそうに飲み食いしてましたけど。タダ酒最高とか言ってましたよ」
「うらやま……いやいや、ヒーローにあるまじき発言だなぁ。それじゃあ、このアルコールや食事はファンたちがそれぞれ勝手に注文したってことだね?」
私は無言で頷く。イモータルが催促した訳でも、誰かが音頭を取って注文する品を決めた訳でもない。それぞれの飲み物やおつまみは別々のファンたちが注文したのだ。
「なるほどぉ? それで? 顔色が悪くなって床に倒れた後は?」
「そこから先はわしが話をしよう。自分の両手を首に添えて苦しそうに暴れておったわ。わしが薬を注射してみたところ、急に動かなくなってのぉ。脈を測ってみたら死んでおった」
それだけ聞くとドックドッグが毒殺したかのように聞こえなくもない。だが、カーソリーは私とドックドッグの話を聞き終えると、目を瞑り腕組みをして話を整理し始めた。
「被害者のそばには相棒と医者……料理を作ったのはコックで、運んだのは店員……店内には飲み物やおつまみを頼んだファンが五、六人とそれ以外の客が数人……殺害方法は毒殺か……」
「こうして見ると本物の探偵に見えなくもないですね。もしかしたら、本当は探偵なのかも……?」
「落ち着け刑事。発想が飛躍しすぎた。メガネと白衣でそう錯覚しているだけで、ヤツがマッドサイエンティストなのは今まで街で起こした事件で分かっているだろうが」
「ですが、アルセーヌ・ルパンだって普段は盗賊なのに、たまに探偵みたいなことをしたりするじゃないですか! 彼だってマッドサイエンティストのフリをしているだけで、本当は探偵なのかも知れませんよ‼」
「そうかそうか。君の考えはよく分かった。とりあえず、君は小説家にでもなりなさい。作品の中でだったら好き勝手やってもいいから、刑事として働いている時は頼むから妄想を元に行動するのはやめてくれ」
警部が刑事へ注意している横でドックドッグは倒れているイモータルの体を弄っている。まるで目の前にあるおもちゃで遊ぶのを我慢出来ない子供のように目がランランと輝いている。今度からあのドクターがいる病院へ行くのだけはやめようと心に誓った。
「オーケーです。分かりました」
突然の発言に店内が静まり返った。店中の視線を一身に浴びて、カーソリーは人差指を上へ向けた。
「分かりましたって、一体どういうことですか?」
「どういうことも何も、トリックと犯人が分かったっていうことですよ」
私の質問に答えながら、カーソリーは人差指をクルクルと回している。早く指さしたくてウズウズしているのが傍目からも分かった。
「ヒーローであるイモータルに毒を盛って殺害し、そして俺にその罪を擦り付けようとした真犯人。それは貴方だっ‼」
カーソリーが指さしたのはこのレストランのシェフだった。突然のことに店員が狼狽える。
「ちょっと待った! なんで私が犯人になるんですか⁉ 証拠は⁉」
「先程警部さんが言っていたでしょう? その発言は追い詰められた犯人が言うセリフだと」
「いや、それってさっき貴方が言われたセリフじゃないですか? ちゃんと説明しないと誰も納得はしませんよ?」
「マジかぁ……。勢いでいけると思ったんだけどなぁ。流石は優等生ちゃん。抜け目ないね」
褒めているのか、ふざけているのか判断が難しい。どちらにしても、なぜあの店員が犯人なのか説明出来なければ警部にお願いして即刻逮捕してもらおう。
「待った待った。今からちゃんと説明するって。今回の事件で重要なのは誰が殺したかではなくて、どうやって毒を盛ったか。ここにこの事件を解く鍵が隠されていたんだよ」
そう言ってカーソリーは私たちが座っていた席を指し示した。
「優等生ちゃんが言っていた通り、被害者のイモちゃんは自分で座る場所を決めて、自分で食べる料理を決めた。つまり、予め毒を盛っておくのは不可能だったってこと」
確かに、誰かに誘導されて座る場所を決めた訳ではないので席にある箸やフォークに毒を塗っておくことは出来ないし、彼が選んだサラダラップも誰かにおすすめされた訳ではないので事前に毒を仕込んでおくことは難しい。
「イモちゃんが自分で頼んだ料理を食べてから倒れたということを考えると、そのサラダラップに毒が盛られていたと推理するのが自然だ。サラダラップに触れることが出来たのは被害者であるイモちゃんと料理を運んだ店員、そして料理を作ったシェフの三人だけ。イモちゃんは当然除外するとして、店員が毒を盛るならわざわざその料理じゃなくてその前に運んでいるおつまみや飲み物で良いはずさ。そうなると、残ったのはただ一人。あのシェフだけなんだよ!」
そう言って、カーソリーは振り返ってもう一度シェフを指さした。警部は興味なさそうに聞き流しているが、刑事はその推理に感動している。
「スゴイッ! あんな短時間で真相にたどり着くとは、なんてスゴイんだっ‼」
「いやぁ、そんなに褒めても何も出ませんよぉ。ま、これで俺の逮捕はなしと言うことで……。報酬は後日口座を連絡するのでそこに振り込んでおいてください。それじゃ」
「待ってくれ! そんな単純な推理で俺を捕まえないで! 俺は犯人じゃない! 毒なんて盛っていないし、そもそも被害者と面識もないんだ! 殺そうとする理由がない‼」
「往生際が悪いですねぇ。理由なんて知ったこっちゃありませんよ。忙しいのに面倒くさい注文をオーダーしたとかで良いんじゃないですか?」
「そんな短絡的な動機で人殺しを行ったのか⁉ 許せないっ‼」
刑事がそう言ってシェフに手錠をかけようとしたので、私が慌てて止めに入る。いくらなんでもあんな推理でもなんでもない妄言で逮捕されるのは可哀想だ。
「その人を逮捕するのはまだ早いと思います。カーソリー。貴方の話によれば、そのサラダラップに毒が盛られているんですよね?」
「そうだよ。倒れる直前に食べたのがこれなんでしょ? それなら、この料理に毒が含まれていると考えるのが当然だよ」
「確かにそう言われればそうですね。でも、どうやってこの料理は作られたんでしょう? シェフ? この料理って、貴方が作ったんですか?」
刑事に肩を掴まれながら、シェフは私の質問に対して勢いよく首を横に振った。
「その料理も含めて、この店で出している食べ物は全て全自動調理マシーンで作られています! 私はただボタンを押して出来上がるのを待つだけです! 出来上がったら自動で配膳台に送られるので、私は料理には指一本触れていません!」
「……だそうですけど?」
「いやぁ、俺も実はそう思ってたんだよねぇ。刑事さん! いつまでその人を捕まえているの⁉ 早く離してあげなさいよ‼」
清々しいまでの手のひら返しを見せて、刑事を叱るカーソリー。刑事はシェフの肩をポンポンと叩くと、励ますような笑顔で軽く頷いてからゆっくりと離れた。
「それで、どうするんですか? 貴方の今の推理は間違っていたようですけど、逮捕される前に他に何か言い残すことはありますか?」
「逮捕前提で話を進めないでよぉ。もちろん、さっきのは冗談。本当の犯人は別さ。そう、被害者以外で料理に触れることが出来た唯一の人物。彼女が犯人だ!」
「はぁ? 何いってんのアンタ? なんでアタシが犯人になんの?」
次に犯人呼ばわりされた店員は、さっきのシェフと違って完全にブチギレていた。一瞬気圧されそうになったカーソリーだが、店員が犯人である理由を話し始める。
「そんな睨みつけたって無駄ですよ。今言った通り、被害者以外で料理に触れることが出来たのはこの店内で君だけだ。観念してお縄につくんだね!」
「さっき、彼女が犯人ならわざわざこの料理じゃなくて他の食べ物や飲み物で良いはずって言ってませんでしたっけ?」
「そんな無責任なこと誰が言ったの⁉ 捜査を混乱させるなんてけしからんヤツだ‼」
「少し前の自分の発言を忘れるなんて、ダチョウかなにかですか貴方は? それに現在進行形で捜査を混乱させていますよ? なんで、彼女はイモータルに毒を盛ったんですか?」
「そりゃ、アレだよ、アレ。ファンからの注文とかで何度もこの席を行ったり来たりすることになったのに腹が立って、むしゃくしゃしてやったんだよ」
まるでさっきの接客態度を見ていたかのような発言だ。
「ちょうど昼時だし、イモちゃんのファンがこれから入店してきたらまた何往復もしなきゃならない。そんなのゴメンだと思った彼女は料理を運んでいる途中にコッソリと毒を盛った。どう? 完璧な推理じゃない?」
「全然完璧じゃありません。そんな動機で人殺しをしていたら、毎日ここで殺人が起きてしまいますよ。それと、彼女はどうやってイモータルがサラダラップを食べると分かったんですか? 私たちが料理を注文した時はテーブル端にある端末で行っていますし、運ばれてきた時もどっちがどの料理を注文したのか伝えていませんよ?」
「……」
「アンタさぁ、そこの女の子が言ってるんだから答えなよ。アタシを犯人呼ばわりしたんだ。どうしてあの覆面野郎の料理がサラダラップだと分かったのか教えられるんだろう?」
「……」
私と店員の二人がかりで説明を求めると、カーソリーはとぼけた顔で明後日の方へと向いてしまった。駄目だこりゃ。こんなテキトウな人間に推理を期待するだけ無駄だったんだ。さっさと倒れている死体を調査してもらった方が早い。
「そういう訳で警部。真犯人は不明ということで、とりあえずこの悪の科学者を捕まえてもらえますか?」
「そうだな。これ以上は時間の無駄だな」
「え? ちょ、ちょっと待ってください! もう少し猶予を頂ければ、次の屁理屈……もとい新しい推理が思い浮かぶはずなんです! 逮捕するのは待ってくださいよ‼」
「いや、屁理屈って言っちゃってるじゃないですか!」
「残念だな、うん。サクッと捕まってくれ」
警部が隣の刑事に指示を出した。カーソリーは流石にもう言い逃れできないと諦めたのか、落ち込んだように顔を下に向けた。刑事が手錠を片手に近づく。
「今まで散々手こずらせやがって! これでお前も終わりだ‼」
「なんで急にノリノリになってるんですか?」
「さぁ? 調子良い性格してるからじゃないか?」
「終わり……。終わりかぁ……。ハハッ、そうだな。俺とアンタたちの追いかけっこもこれで終わり。楽しかったぜ、刑事さん」
「……っ! 馬鹿野郎! こんな時にそんなこと言うんじゃないよ!」
「なんか急に始まりましたよ?」
「さぁ? お互い中二病っぽいから気が合うんじゃないか?」
私と警部はカーソリーと刑事の寒い茶番劇を白けた表情で見ていた。二人はお互いの言葉にドンドン感情がこもってきた様子だ。
「良いんだよ……。俺はここまでだ……。ここから先の推理は刑事さん、アンタに託したぜ?」
「そんなっ! 良いのかよ⁉ こんな所で終わっちゃって、お前はそれで納得出来るのかよ⁉」
「そんなこと言われても、俺にはもう時間が……」
「諦めるな‼ まだその両手には手錠がかかっていないだろ‼ 最後の最後まで諦めが悪いのがお前の良いところだろ⁉」
「刑事さんっ……! そうだ! 俺はまだ諦める訳にはいかない! 姿の見えない真犯人に怯える皆の為にも! そして、志半ばで死んでしまったイモちゃんの為にも!」
「え? なんか勝手にまだ推理続ける流れになってません?」
「まぁ、頑張るって言うならいいんじゃないか? 搬送用の車もまだ到着しないし」
やる気を取り戻したカーソリーはテーブルの上にある食べ物に着目した。
「ベーコンとほうれん草のソテーに枝豆とチーズ、フライドポテトとビール、グレープフルーツハイ……。ハッ⁉ そうか! そういうことだったのか‼」
「今度は一体どんな屁理屈を思いついたんですか?」
「屁理屈とは失礼な。いくら優等生ちゃんでも怒るよ? って、そうじゃなくて、ついに分かったんだよ! 一体どうやって毒を盛ったのか!」
自信満々に宣言するカーソリー。一応聞いておいてあげようか。
「テーブルの上にある食べ物と飲み物に注目してごらん。ある特徴に気がつくはずだよ」
「ある特徴? そんなモノありますか? 全然統一感も規則性もありませんよ?」
「それじゃあヒント。ベーコンに含まれているリン酸塩はほうれん草に含まれているカルシウムや鉄分の吸収を阻害すると言われているんだ」
「へぇ、へぇ、へぇ。四〇へぇくらいですね。それが一体何の……。待ってください。まさか、ここにある食べ物や飲み物の食べ合わせが悪いと言うつもりですか?」
私の質問にカーソリーは笑顔でサムズアップした。
「枝豆のフィチン酸はチーズに含まれるカルシウムの吸収を阻害するし、アルコールの分解時に脂肪を合成するビールは高脂肪のフライドポテトと相性が悪いし、グレープフルーツハイの元のグレープフルーツと焼酎はアルコール中毒を起こしやすい組み合わせと言われている。つまり、これらを別々に注文したファンの彼らが犯人だったってことさ! そりゃわからないはずだよ! 一見赤の他人を装いながらその実、結託して食い合わせの悪い食べ物や飲み物をイモちゃんに与えていたんだからね! まったく! なんて卑劣な……」
「はい。ストップ。私が何を言いたいか分かりますか?」
「ノー。アイドントノウ」
「急に英語圏のフリをしないでください。回答も中学英語レベルだし、片言だし」
「それじゃあ君は英語を話せるって言うのかいっ!」
「Not as much as native speakers, though.」
「ノッタァスマチアス……?」
「もう良いです。とりあえず、貴方の推理の矛盾、というか言いがかりを指摘させてもらいます。貴方の食べ合わせの知識は大変勉強になりました。それは素直にスゴイと思います」
どういたしまして、とカーソリーは頭を掻きながら恥ずかしそうに照れている。そんなに照れることだっただろうか?
「ですが、貴方の説明した組み合わせのほとんどは即効性のある悪影響を及ぼすモノじゃありません。グレープフルーツハイに関しても、ドクターが急性アルコール中毒ではないと証言しています」
「え? 本当ですかドクター?」
「ホォ⁉ 何じゃ急に⁉ わしに何か質問か?」
無駄話が退屈だったのかドックドッグはいつの間にか空いている席に座って眠っていた。私はイモータルの死がアルコールに寄るものではないことを確認する。
「フォフォフォ。そのことかのぉ? それならそのとおりじゃ。急性アルコール中毒で死んだのではないぞ。おまけでもう一つ言っておくと、そこら辺で手に入るような毒ではないのぉ。あまり例の無い反応じゃから、特殊な毒物によるモノじゃな」
ドックドッグがそう言うと、また眠くなってきたのかウトウトとしている。一方、ドクターの話を聞いて、カーソリーは新たな推理が頭に浮かんだようだ。推理ではなくて屁理屈の間違いだと思うのだが。
「特殊な毒物なんて、そう簡単に用意出来る訳がない。つまり、超能力による毒殺なんだよ」
「お、なんか今までの推理よりはちょっと信憑性がありそう」
「やっとその気になってくれたね、優等生ちゃん。そうさ。これは超能力者による殺人事件なんだ。恐らく午前中に倒されたという水に姿を変えられる超能力者の敵討ちだろうね。君たち二人にバレないように後をつけてきて、気が付かないように超能力を使って毒を盛って……」
「あー、それについてだが」
気持ちよさそうに推理を述べていたカーソリーだが、途中で警部に口を挟まれて不機嫌そうな顔をした。
「なんです? 今良いところなんですけど?」
「盛り上がってる所悪いが、お前が無駄口を叩いている間に客の検査は済ませた。この店内には死亡したイモータルとそこにいるブレインガール以外の超能力者はいないぞ」
「……待ってください。ということはつまり、優等生ちゃんが犯人……?」
「なんでそうなるんだこのトンチンカン! 自分の身の安全の為に他人を犯人扱いするな!」
私はそう言って犯人であることを否定したのだが、店内にいる超能力者が私しかいないという情報がよほど都合が良いのか、カーソリーは私に罪を着せようとしてきた。
「そうだ! 今まで自然と除外していたけど、被害者のそばには常に君がいたんだ! 君ならイモちゃんの目を盗んで料理に毒を盛ることも可能だ!」
「いや、特殊な毒物って話をさっきしましたよね? なんか話が元に戻ってませんか?」
「まさかっ⁉ 相棒であるブレインガールがっ⁉」
「そこの刑事! お前もこの犯罪者と一緒に名誉毀損で訴えるからな! 覚悟しておけよ‼」
「すまんなブレインガール。一応署まで来てもらえるか?」
「警部さんまで⁉ 嘘でしょ⁉」
知らないうちに私を疑う大人に周りを囲まれていた。どうしてこんなことになっているんだ? 私は無駄だと分かっているのについ叫んでしまった。
「助けてぇっ! イモータルゥ‼」
「はい? 誰か呼んだ?」
床に倒れて死んでいたはずのイモータルが突然上半身を起こして喋りだした。店内にいる全員が信じられないモノを見るかのように体を後ずさった。先程まで死んでいた覆面ヒーローは目をこすりながら立ち上がる。
「あ”ー、体がだるい。なんだか毒で殺されていたみたいだ。左腕には注射器で刺されたような痕が残っているし。あれ? 皆さん、どうしました? そんなおばけでも見たような顔をして?」
「生き返ってるぅぅう⁉」
「……なんじゃ? 騒ぎおって……、オオォッ⁉ 生き返りおった‼ なるほど、あの量の毒を分解して生き返るまでにはこれくらいの時間が必要というわけじゃな‼ ヒッヒッヒ‼ 良い実験結果が得られたわい‼」
「ドクター。もしかして貴方ですか? 俺の体に注射器で何かを打ち込んだの?」
イモータルの体に飛びついて、瞳孔や口の中をチェックしながらドックドッグが凶器を孕んだ笑い声をあげた。
「ヒッヒッヒ‼ 惜しかったのぉ! もう少しで、お前さんの体を解剖出来たというのに! 残念じゃのぉ‼ そうじゃ、もう一度死んでは見ないか⁉ 後でいくらでも金をやる! な⁉ な⁉」
「勘弁してくださいよぉ。自己蘇生で不死身と言えど、痛みが無いわけじゃないんですからね? それで? 皆さんはどうしてずっとこっちを見ているんですか? って、あっ⁉ お前は悪の科学者カーソリー‼ なんでこんな所に⁉ 今日こそ捕まえてやる‼」
「ハァーハッハッハ! 残念だったなイモちゃん。病み上がりの相手に捕まるほど、俺は間抜けじゃないんだよ! さらばだっ‼」
「警部っ! カーソリーが逃げ出しました! 追いかけましょう‼」
「え? 追うの? いや、結局事件なんて起きなかったんだから、今日くらいは別に……」
「警部さん! 俺ももう動けますよ! 一緒にヤツを捕まえましょう‼」
そう言って復活したイモータルを先頭に逃げたカーソリーを追って、レストランから警察やドックドッグが出ていった。シェフや店員、客と共に私は店内に取り残された。さっきまでの推理は何だったんだ? いや、推理だけではない。イモータルが倒れてからの一連のやり取りに何か意味はあったのだろうか? 私はバカバカしくなって、席に座ると店員に質問した。
「すみません。注文したエビドリア、冷めちゃったんで温めてもらうことは出来ますか?」
お読み頂きありがとうございました
今回はギャグ物を目指して書いてみましたが、書いてみると予想よりもシュールに寄ってしまいました
小説でギャグは難しいと京極夏彦先生の「どすこい(仮)」でも書かれていましたが、私の場合はどこまでが笑ってもらえて、どこからがすべってしまうのかというギャグセンスが足りないと気付かされました
媒体は違いますが、ギャグマンガを書かれる先生方はスゴイと思います
一応連載小説に設定しましたが続くかどうかは私にもわかりませんので、続編はあまり期待しないでください