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洞察力と人を見る目

「それでしたら、殿下も他人ひとの心がわかると言えますよね?殿下の洞察力には感服いたします。わたしのは、心の中がわかるなどという大それたことではありません。簡単なことです。人のちょっとした仕草や癖でわかるものなのです。妊娠だってそうです。体型や行動でわかります。嘘を見抜くのだってそうです。洞察力と女の勘があればわかるものです。それと、はったりもありますね。こういうものがあれば、嘘を見抜いたり体調の変化を見抜くのはそう難しいことじゃありません」

「なるほどな……。では、ラウラの懐妊は?」

 

 一瞬、どうするか迷った。


 厳密には、調べたところまでで推測していることを告げるかどうかを迷った。


 だけど、それも一瞬である。


 なぜなら、皇太子殿下もわたしと同じことを推測しているでしょうから。その上で、わたしに尋ねているはずだから。


 いいえ。彼は、ただ確認をしているのに違いない。


 自分の推測が誤ったものではないのか。それを確認したいのね。


 そして、それはわたしたちの雇用関係にも結び付くことになる。


「懐妊は真実です。ですが、それが殿下との、ということになりますと疑わしいかと。申し訳ございません」


 なぜか謝罪していた。


 殿下との子どもじゃないと言うことが、とてもつらかった。だけど、その一方で殿下との子どもじゃなくってよかったという思いもある。


 自分でも、どうしてこんな気持ちになったのかはわからない。


 そんな矛盾した気持ちになったことじたいに対する謝罪である。


「なぜ謝罪を?」


 当然、尋ねるわよね。


「殿下との間に出来たお子様ではない、という回答をしたことに対するものです」


 即座に答えた。すると、皇太子殿下は「くくくっ」と小さく笑った。


 その子どもっぽい表情に、なぜかドキッとしてしまった。


「きみはやさしいな、メグ。おれのことを心配してくれたわけだ。おれがショックを受けるんじゃないか、とね」

「当然です。あなたは、わたしの雇用主なのですから」


 また即座に答えた。すると、彼の表情が悲し気に歪んだ。


 その表情の変化に、またしてもドキッとしてしまった。


 どうしたのよ、わたし?


 いちいち反応する必要ないじゃない。


「そうか、そうだったな。きみにすれば、おれは……」


 視線が戻ってきた。


 きれいな青色の瞳にわたしが映っている。


 その自分の姿は、いかにも皇太子妃を演じているかのように違和感が際立っている。


「それで?おれの子どもじゃないとしたら、だれとの子だと思う?」

「第三皇子、でしょうか?もしかして、彼女はもともと第三皇子と、その、親密な仲だったんじゃないでしょうか。いえ、もしかすると継続中とか?だけど、どうして嘘を?」


 自分で推測しておきながら、ラウラが嘘をつく理由や事情がまったくわからない。


「さすがだな、メグ。きみの推測通りさ。彼女は第三皇子と付き合っていた。そして、おそらくは彼との間の子どもだろう。もっとも、彼女は同時に複数人と付き合っている。本当にそうかどうかは神のみぞ知る、だけどね。すくなくとも、わたしは違う」


 皇太子殿下は、瞳をわたしのそれにぴったりとくっつけてきた。


「おれは、彼女とは一度もヤッていないからな」

「はい?」


 なにそれ?どういうことなの?


「彼女の葡萄酒に睡眠薬を混ぜて眠らせたんだ。そして、目覚めた彼女に『酔った勢いでつい』と言っておいた。実際は、何もしていないのにね。それも、きみが来る直前のことだ。彼女、懐妊してどの位だと思う?」

「五か月位でしょうか。わたしが来てまだ二か月も経っていません。来た当初に、彼女が懐妊していることに気がつきました。三か月位ね、とそのときに感じましたので。なるほど。彼女、懐妊を隠したがるはずですね。時期が合っていませんから」

「結局、医師を抱き込んで辻褄を合わせたようだけどな。いずれにせよ、ヤッてもいないのに懐妊するわけがないのに」


 彼は、またちいさく笑った。


「ちょっと待ってください。彼女が懐妊するまで、わたしは雇用されたままなんですよね?」

「そうだ。だが、彼女が懐妊することはない。すくなくとも、わたしの子どもを懐妊することはないな」

「では、わたしはどうなるのです?」

「さて、な。それよりも、早急に片付けなければならないことがある。雇用関係については、その問題を片付けてからにしよう」


 何ですって?


 それは、あなたはそれでいいでしょう。でも、わたしにとっては死活問題よ。


 いいえ。わたしたちオベリティ家にとっては……。


 とはいえ、わたしは雇用されている身。そして、彼が雇用者。


 彼に従うしかないわね。


「わかりました。でっ、片付けなければならない問題とは、第三皇子とラウラのことですね?いったい、どういう問題でどうするおつもりですか?どうやら、殿下はすでに決めていらっしゃるようですが」

「メグ、さすがだよ。そうだな。これだけ頭のキレる人材は希少だ。すべて話すよ」


 皇太子殿下が馬を進めたので、わたしもそれに倣った。


 そして、詳細をきかせてもらった。



 第三皇子のメインの屋敷の広間にあたる部屋を、居間にしているらしい。


 壁一面に絵画が飾られ、いたるところに彫刻や置き物が並べられている。


 まるで美術館ね。


 田舎には美術館がない。そういえば、皇都で訪れたことがなかったわね。


 双子の兄たちは、どちらも絵を描く。わたしは興味がないから、わたしの見立てはただの身内贔屓かもしれない。


 これがまたうまいのである。兄たちの絵を見、いつも心が洗われたり震えたりする。感動してしまい、気分が高揚したり悲しくなったりうれしくなったり可笑しくなったりする。


 わたしは本好きで、文字に依存している。話す場合は言葉である。


 字を読んだり話す言葉をきいて、感情を揺さぶられたり感動させられたりする。


 だから、絵だけでそんなことが出来るってすごい。


 彼らの絵を見るたび、そんなふうに感心してしまう。


 兄たちの絵にくらべれば、ここにある数々の名画はただの絵である。


 最初、第三皇子が絵の価格についていろいろ言っていたけど、正直「ふうん」って思った程度である。


 体全体が沈んでしまいそうなほどクッションのきいたソファーに第三皇子と並んで座っている。大理石のローテーブルをはさんだ向こう側のソファーには、皇太子殿下とラウラが並んで座っている。


 今後のことを話し合いたい。一応、謹慎処分を言い渡しはしたが、懐妊をしていることもあるので今後のことを話し合いたい。ラウラの謹慎場所を提供してくれている第三皇子もまじえて。


 皇太子殿下がそう誘うと、ラウラと第三皇子はすぐに応じた。


 そして、皇太子殿下はラウラに自分の横に座るよう促し、わたしには第三皇子の横に座るよう命じた。


 こうして、わたしたちは向かい合っているというわけである。


「フレデリク、あなたの子か?」


 皇太子殿下は、開口一番第三皇子に尋ねた。

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