夫が絡みまくってくる
驚いている王太子殿下夫妻に説明をした。
彼女は違う皇子と恋仲であったが、その皇子の子を身籠ってからフラれてしまった。ショックのあまり精神を病んでしまった。それを気の毒に思った皇太子殿下は、皇宮から放りださずに面倒を見ているのである。
かなり強引な筋書きになってしまったけど、先程の凶行ともいうべき彼女について説明するにはこんな筋書きにするしかなかった。
王太子殿下夫妻は、しきりに皇太子殿下のことを感心していた。
ちょっと心苦しい気はしたけど、どうにかごまかすことが出来てよかった。
ハプニングはあったけど、無事に大任を果たすことが出来た。
王太子妃には、旅の道中のお供にとジンジャークッキーを渡しておいた。
「ぜひとも再会しましょうね」
彼女は何度も言ってくれた。だけど、そんな約束は出来るはずもない。
なにせいつ雇い止めされるかわからないから。だけど、せっかくの縁であるし、なにより彼女の気持ちを無下にするわけにはいかない。
笑顔で抱きしめ合い、約束を交わした。
そして、王太子殿下と王太子妃は機嫌よく去って行った。
その歓迎会以降、なぜか皇太子殿下が絡んでくるようになった。それだけではない。何かと連れまわされるようになった。
あっちのお茶会、こっちの食事会。おもに公爵や侯爵に招待され、ときには遠方の領地にまで足を運ぶこともある。
そういうときは泊りになるわけだけど、当然同じ部屋である。
それもそうよね。
第三者からしたら、わたしたちって夫婦なんですもの。
一応夫婦である以上、まさか「別々の部屋にしてください」、なんてお願い出来るわけもない。
しかし、一番最初のときには抵抗があったけれど、そういうことを何度か繰り返したいまは皇太子殿下と同室を望むようになっていた。
というのも、わたしたちは濃厚でスリリングな時間を共有しているからである。
さる侯爵家の領地を訪れた際である。
広大で土壌の豊かな領地である。人々の生活は潤っていて、しあわせそうである。
ほんとうに偶然だった。奇蹟といえるかもしれない。
その領地内に、皇都で把握していない鉱物資源があることを知ったのである。
つまり、侯爵はそれを伏せていたわけである。しかも、税金や貢納もかなり少ないことがわかった。
それ以降、だれかの領地に行く度、わたしたちは不正があるかどうかを調べている。
というよりかは、疑わしき領地へお忍びと称して訪れている。
夜、寝室で頭を突き合わせて調べたことを綿密に精査していく。
皇太子殿下は、意外と言っては失礼だけど、洞察力や見識があってキレ者だということがわかった。
さすがは数いる皇子たちの中から皇太子になっただけのことはある。
だけど、バカなふりをしているらしい。だから、こうして領地を調べに赴いても、ただの物見遊山としか受け取られない。
疑わしきがあれば、皇太子殿下が信頼する調査員たちが潜入し、本格的に調査を開始することになる。
皇太子妃を連れての物見遊山というのは、じつにいい隠れ蓑になるというわけである。
皇太子殿下にそうきかされてから、わたしもバカなふりをしている。
そして、今回は第三皇子の領地にやって来た。厳密には、第三皇子の母親の実家であるナルディ公爵家の領地である。
ナルディ公爵家は、三大公爵家の筆頭である。
第三皇子は、イメルダ王国の王太子夫妻がやって来たときに大暴れをしたラウラの謹慎が決まった際、自分の領地で謹慎すればいいとラウラを引き取った。
第三皇子の領地の屋敷は、広大な敷地に贅を尽くした屋敷である。
いつものように皇太子殿下と護衛の兵士とともに訪れると、第三皇子は歓待しているふうを装い出迎えてくれた。
それが二日前のことである。それ以降、皇太子殿下と二人で能天気なふうを装い領地内をまわっている。
うしろに護衛兵たちを従え、馬で田舎道をのんびり歩いている。
一応、わたしも乗馬は出来るのである。
「ナルディ公爵家で何かあるとしても、そう簡単には出てこないかと思いますが」
馬首を並べる皇太子殿下に考えを告げると、彼はあっさり同意した。
「昔から巧妙にしているからな。ナルディ公爵家は、もう何百年と皇族を欺き続けている。視察に来たくらいでは、見つけることは出来ない」
「でしたら、なぜ視察に?」
「ナルディ公爵家の不正を暴きに来たわけじゃない。第三皇子個人を潰す為だ」
「……」
思わず、だまってしまった。
彼の告白に思い当たる節があるからである。
「メグ、きみは他人の心が読めるんじゃないのか?」
丘の上に達した。
見下ろすと、広大な小麦畑が広がっている。金色に輝く小麦の穂が永遠と思えるほど整然と並んでいる。
風に乗って流れてくるサワサワという音が耳に心地いい。
馬の脚が止まっていた。
その唐突すぎる問いに、思わず皇太子殿下に目を向けた。
向こうもこちらを見ている。
彼は、グレーの乗馬服がよく似合っている。頭上に輝く太陽よりも、彼の美形は輝いて見える。
一方、わたしの乗馬服姿は情けないほど似合っていない気がする。
ドレスも然りである。
皇太子殿下は、たくさんの衣服や装飾品や靴を準備してくれていた。だけど、そのどれもがわたしにはもったいなさすぎた。
だから、自然とデザインも色合いも落ち着いてシンプルなシャツにズボンを選んでそればかり着用していた。
わたしには、ボロボロの衣服がお似合いなのね。
いつもそう実感してしまう。
「他人の心が読める?まさか。こんなわたしに、そんなスキルはございません。どうして、そのようなことをおっしゃるのです?」
「妊娠を言い当てたり、領主たちの嘘を見破ったり。それだけじゃない。きみは、気難しい父上や母上の体調から精神の状態まで正確につかんでケアをしてくれている。きみは、いまやわが一族になくてはならない存在だよ。ああ、そうだ。皇宮の使用人たちだって、きみを慕っているし頼りにしている。なにより、このおれの気持ちも……」
彼は、不意に言葉を止めてわたしから視線をそらした。