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イメルダ王国の王太子夫妻と夫の愛妾の凶行

 イメルダ王国の王太子夫妻は、両名とも気さくでさっぱりとした気質の人たちである。


 王太子妃はもともとジェンタ国の王女で、親交のあるイメルダ王国の王子と相思相愛になり、結婚したのだとか。

 今回のスカルパ皇国への訪問は、外交の為ではない。王太子妃の里帰りに、王太子も同行することになったとか。ジェンタ国へ行くには、スカルパ皇国を通過しなければならない。その為、挨拶に立ち寄ってくれたらしい。


 だから、非公式の訪問というわけである。


 客殿に一泊し、明日の朝出立するらしい。


 非公式ということで、今回は皇帝陛下と皇妃殿下は顔をださない。


 かわって皇太子殿下とわたしが、おもてなしをするというわけである。


 王太子と皇太子殿下は、何度か顔を会わせているらしい。二人の結婚式にも出席したとか。


 王太子も王太子妃も、皇太子殿下とわたしの結婚を祝福してくれた。それはもう、わが事のようによろこんでくれた。



「挙式に呼んでくれないなんて水くさいじゃないか。知らなかったとはいえ、いまは何も祝いの品を準備していない」

「殿下。わたしの祖国で準備いたしましょう」

「ああ、そうだった。きみの祖国ジェンタ国は、鉱物資源が豊富だったね」


 王太子と王太子妃は、わたしたちの結婚祝いのことで盛り上がっている。


 とっても心苦しいし、複雑だわ。


 お祝いの品を送ってくれたときには、わたしではなく愛人のラウラが受け取ることになるかもしれない。


 微妙すぎる。


 そんなやり取りがあり、いよいよ歓迎会となった。


 とはいえ、それも大規模なものではない。


 お二人とわたしたちの四人である。


 お二人に随行している側近や侍女や護衛の人たちは、広間で食事をしてもらっている。


 四人だけである。


 広間より貴賓室の方が落ち着ける。


 というわけで、会食も出来る貴賓室で接待することになった。


 皇太子殿下のエスコートは申し分なかった。


 これだったら、どこからどう見てもちゃんとした夫婦である。


 エスコートだけではない。ことあるごとに気遣ってくれる。それこそ、夫が妻をいたわるように。愛しているかのように。


 もう少しで、自分が彼に雇われていることを失念してしまうところだった。


 自分が雇われ妻だということを忘れ、本物の妻だと錯覚するところだった。


 食事も完璧だった。


 肉や野菜のかわりに、大豆、小麦粉、トウモロコシ粉をこねて固めたものを使った。たしかに、噛めばバレてしまう。味もソースなど調味料でそれっぽく見せてはいるけれど、本物の持ち味とは違う。


 だけど、王太子も王太子妃も機嫌よく食べてくれた。料理長を呼び、お褒めの言葉までいただいた。


 皇太子殿下もまた、満足げに食べていた。


 ささやかな歓迎会は、和やかな雰囲気で終るはずだった。 


 食事が終わり、紅茶をいただいていた。


 紅茶のお供は、わたしが作ったジンジャークッキーである。


 実家で材料が手に入ったときはかならず作っていた。


 お父様、それから双子の兄たちの大好物である。彼らだけではなく、いつも助けてくれる周囲の人たちにも好評だった。


「これをメグが?とっても美味しい。もっといただいてもいいかしら?」


 王太子妃は、しあわせそうな表情でお皿からクッキーをつまんでいる。


「また太るわね。でも、二人分必要だからいいってことにしておくわ」


 彼女のそのつぶやきに、やはりそうなんだと気がついた。


「やはり、ご懐妊されているのですね。四か月くらいでしょうか?」

「メグ。あなた、すごいわね。っていうか、そんなに目立ってる?もしかして、わたしの二人分理論が間違っていて、単純に太っただけなのかしら」


 王太子妃は、ほんとうに冗談が好きみたい。


「そうか。はやくも世継ぎが出来たんだな。だったら、おれの方が贈り物をしなければならないじゃないか」


 皇太子殿下が王太子殿下の肩を叩いている。


 王太子殿下のうれしそうな表情は、こちらまで気分をよくしてくれる。


 じつは、王太子妃の祖国に行くのはその報告も兼ねてらしい。


 もう少しお腹が大きくなったら、旅が出来なくなってしまうから。


「王太子殿下は、はやくも名前をかんがえていらっしゃるんですよ」

「それはそうだよ。男の子と女の子、名前も服もちゃんと準備しておかなければ。産まれて来てくれてありがとう。心待ちにしていたんだよ、という気持ちがあるからね」


 しあわせそうに語る王太子殿下を見つめる皇太子殿下の表情に、なぜかドキリとしてしまった。


 心の底から彼らを祝福しているのがわかる。そして、うらやましがっている。


「わたしが立ち上がったり歩くのだって、いちいち『大丈夫か?』とか『疲れていないか』と。そこまで気を遣っていただかなくってもいいですのに」

「当然だよ。産まれてくる子が大切なのは当然のことながら、きみのことだって大切だからね。出産は、男には何も出来ない。せめて、気配りくらいさせてほしいんだ」

「殿下……」


 なんて素晴らしい夫なのかしら?


 そういえば、王太子殿下には側妃もいないらしい。王太子妃のことを、よほど愛しているのね。


「大丈夫ですよ。安産です。それから、産まれてくるのは元気な男の子です」


 この二人があまりにも素敵すぎて、思わず言ってしまった。


 当然、「えっ?」ってなるわよね。


「あっ、わたし、こういう勘は鋭いのです」


 そうごまかしておいた。


 話半分にでもきいてくれればいい。


「皇太子殿下っ!」


 王太子殿下夫妻がわたしに何か言おうとした瞬間である。


 扉が「バンッ!」と音を立てて乱暴に開いた。


 開いた扉の向こうに立っているのは、ラウラである。


「ラウラ?」


 隣で皇太子殿下がつぶやいた。


「殿下っ、どうしてわたしを同伴してくれないのですか?どうしてこんな女を同席させるのですか?」


 彼女は、まるで何かにとりつかれているかのようにわけのわからないことを叫びはじめた。


「どきなさい。そこは、わたしの席よ」


 そして、彼女の怒りの矛先はわたしへと向いた。


「どけっ!そこは、殿下の子を宿したわたしの席なんだから」


 そして、彼女はわたしにとびかかってこようとした。


 いったいなに?


 もしかして、いっちゃったの?


 長椅子から飛び上がり、飛びかかってきた彼女をかわそうとした瞬間である。


「いいかげんにしろ。この無礼者がっ!」


 皇太子殿下がさっと立ち上がり、わたしの前に立った。


 同時に、部屋に護衛の兵士たちが飛び込んできた。


 ラウラは、屈強な兵士たちに連れて行かれながらでも、わけのわからないことを叫び続けていた。


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