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【最終話】しあわせはお姫様抱っことともに

 宰相は、結局は何のお咎めもなく、これまで通り宰相として権勢をふるう。


 お父様に嫌味を言われたけど、妻である皇妃殿下の実兄の機嫌を損ねれば、すぐにでも退位させられてしまう。


 処分したくても出来ないのが現状なのかもしれない。


 そんな気質をみずから作ってしまった皇帝陛下みずからの過失よね。


 皇帝陛下も、もしかするとこれを機に皇帝の座を譲る気持ちになっているかもしれないし。


 いずれにせよ、いずれまた皇太子殿下の地位や存在そのものを脅かすような何かが起るのは間違いない。


 それまでに、お兄様たちや第七皇子、それと悪妻であるわたしが万全の態勢を整えておけばいい。


「ところで、雇用契約とはなんだい?ずっと気になっているんだが」


 お父様に尋ねられた。


「ええ、お父様。わたしは、皇太子殿下と終身雇用契約を結んでいる……」

「メグ、だからそれはどうでもいいって……」

「殿下、どうでもいいことはありませんわ。大切なことです」

「頼むから、そこからはなれてくれ。いまはもうそんな関係じゃないだろう?」

「いいえ、殿下。お給金こそいただきませんが、あなたの側で一生お仕えするのです。終身雇用契約みたいなものでしょう?」


 皇太子殿下は、どうしてわかってくれないのかしら?

 夫妻という表現をすれば、妻は夫に仕えるようなもの。夫に尽くし、従う存在。広い意味では雇用契約よね。


 夫が妻を気に入らなくなれば、契約終了。つまり、離縁されてしまう。もっとも、被雇用者が雇用者に愛想をつかしたり裏切ったりする場合もあるでしょうけど。


「アルノルド殿、許してやって下さい。どうしても男親と兄たちでは女性目線で教えたりしつけたり出来ません。男女のことに関してもそうです。どうやら、雇用契約というのが彼女なりのあなたへの愛情表現のようです」


 お父様、さすがわかっているわ。


「ああ、なるほど。であれば、終身雇用契約は最上の愛情表現なわけですね」


 あらやだ。皇太子殿下って単純、いえ、素直なのね。


 美貌に笑顔という大輪の花が咲いた。


「それでだったら、おれも最上の愛情表現を示さねば」


 皇太子殿下が近づいてきた。それから、わずかに腰を落として両腕を広げた。


「さあ、マイプリンセス。きみの部屋へ行こう。おれの部屋のつづき部屋にはラウラがいるからね。思いっきり楽しめない」

「ええ?まさか、まだお姫様抱っこを?」

「当然さ。言っただろう?最上の愛情表現を示すって」

「メグ、まさかあのくだらない夢をかなえようとして?」

「驚いたな。それはアルノルド殿には愛情表現どころか苦行にしかならないだろうに」


 ナオお兄様とトモお兄様が呆れかえっている。


 わかっているわよ。だから、わたしもやめさせようとしているのに、皇太子殿下が頑固できいてくれないのよ。


「よかったな、メグ。やさしく思いやりのある旦那さまで。心から安心したよ。思いっきり甘えて可愛がってもらいなさい」


 お父様ったらもうっ!


 皇太子殿下を煽らないでちょうだい。


 この後のこともあるのよ。今夜こそ、かしら?


 だけど今夜こそは、ね。


 だって、大切な雇用主なんですもの。すべてを捧げてもいいわよね。


 だったらいまは、被雇用者としては彼の最初の希望通り悪妻っぷりを発揮してお姫様抱っこをねだった方がいいわよね。


「だったらお願いします」


 皇太子殿下に微笑んだ。


 愛想笑いとか苦笑とかじゃないわ。自然と笑いかけていた。


「メグ、愛しているよ。これからは、人目をはばからずにきみを愛せる。言っておくけど、雇用主が雇用者を愛しているってわけじゃない。夫として妻を愛しているという意味だ。たしかに、これからずっと終生かわらず一緒にいるという点では終身かもしれない。だけど、おれたちは対等だか……」

「殿下。お話の途中ですが、わたしは殿下のことを雇用主以外にかんがえられません。いまはまだ、ですけど。だけど、これからは夫としてかんがえられるようがんばります。先は長いのです。殿下がナルディ公爵家のバラ園から寝室までの距離分わたしをお姫様抱っこして下さるまでには、わたしも雇われ悪妻から殿下の良き妻になっているかもしれません」

「メグ」


 彼の美貌がグググッと迫ってきた。


 え?まさか、いまここで口づけ?そんなことする?みんなのまえで?


 思わず、みんなの方を見てしまった。


 第三皇子、カミラとベルタ、お父様とお兄様たち、みんな一列に並んだ状態で背中を向けている。


 なんてこと……。


 機転というかいらないお世話というか、呆れ返ってしまった。


 その瞬間、彼の唇がわたしのそれに触れた。


「いまは軽く。続きはきみの部屋で」


 だけど、一瞬だった。一瞬で終わったけど、彼はしたり顔でささやいてきた。


 まったくもう。まるで子どもね。


 そんな彼のことが、ちょっとだけ愛おしく想えた。


「じゃあ、殿下。どうぞ」


 お姫様抱っこしやすいように体勢を整えた。


「どんと任せ……て……うおっ……、もしかして、また太った……イタッ!」

「さあ、さっさと歩いてください。夜が明けますわ」


 お姫様抱っこしてもらった瞬間、彼の頬に肘があたっちゃったけど気にしない気にしない。


「がんばれよ、アルノルド」

「アルノルド殿、娘を頼みます」

「メグ、せめておとなしくな」

「メグ、困らせるようなことを言ったりしたりするなよ」

「妃殿下、どうだったか話をきかせてください」

「妃殿下、そのときの気持もきかせてください」


 第三皇子、お父様、ナオお兄様、トモお兄様、カミラ、ベルタ。みんなが声をかけてくれた。


「うおおおっ!」


 みんなの笑い声に皇太子殿下の気合いの声が混じる。


 彼の必死の形相をうっとり見つめたいところだけど、必死すぎるその美貌があまりにもおかしすぎる。


 思いっきり笑ってしまった。



                                (了) 

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[一言] >「妃殿下、どうだったか話をきかせてください」 >「妃殿下、そのときの気持もきかせてください」 「疲れ果ててお休みになられました」というオチしか思いつかんwww
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