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夫の態度

「わたしが何かしでかしましたか?」

「食事だよ。ほら、この前の晩餐会のときのことだ。素材の味をいかした素朴な料理。それから、適度な運動。じつはあの夜以降、食事をシンプルなものにかえてもらっているんだ。きみの言う通りだ。便秘に胃もたれ。不眠に運動不足。こういうことが積み重なって、体調がよくなかった。だが、食事の内容をかえて量を調整し、時間をみつけて歩くようにしはじめてから、じょじょに体調がよくなってきている。もちろん、便秘も改善されつつあるしね。おれだけじゃない。母上だってそうだし、父上もだ。それから、他の皇子や皇女や側妃といった皇族たちもだ」

「はぁ、そうですか」


 としか答えようがなかった。


 まぁ、みんなが健康になるのならいいわよね。


 晩餐会で言ったことは、けっして大げさではない。


 脂っこいものや体に悪そうなものを、毎日のようにたくさん摂取したら体にいいわけがない。


 しかも、歩くことすらまともにしないんですもの。


 命を縮めているようなものだわ。


「いままで、食事は生きていくためにただ食べればいいものと思っていた。だから、出されたものを無理に詰め込んでいたんだ」


 彼はわたしから目をそらすことなく、しみじみと語りはじめた。


 なに?なんなの?


 いったいどうしたのかしら?


 急に饒舌になった彼を見ながら、これは罠なのかしらなんて勘繰ってしまう。


「殿下。たしかに、食事は生きていく為に必要不可欠です。ですが、摂り方によっては逆効果になるのです。とはいえ、先日はやりすぎました。みなさんに嫌われたくっておおげさにしただけです。健康に気をつける食べ方も必要ですが、なにより楽しく食事をする。これが一番だと思います」


 急にわたしに絡んでくるなんて、ぜったいに何かある。警戒しつつ、それでもそれを悟られないようにっこり微笑んだ。


「うちは、その日に食べる物がないことが多々あります。そういうときは、森に行って食べても死ぬことのない草や根っこや実を取ってきて調理をするんです。父と双子の兄たちと、これはほんとうに大丈夫なのか?お腹を壊したり吐いたり死んだりしないよな?なんてわいわい話をしながら食べるのです。それがまた楽しくって」

「え……?」

「食材や調理法もですが、楽しみながら食べるのもまた体にいいのです。ですから、殿下もラウラさんと楽しくお喋りをしながら体にいい物を食べてみて下さい」


 つぎは愛想笑いをしておいた。


「そ、そうだな。メグ……」


 彼が二人の間にあるローテーブルに身を乗り出してきた。


 そこでやっと気がついた。


 彼の顔が赤くなっているのである。


「殿下、もしかして熱があるのではないですか?」


 そう尋ねたときには、彼のおでこに自分のそれをくっつけていた。


 当然のことながら、皇太子殿下は身をひこうとした。


「失礼をお許しください。ですが、熱があるかどうか確かめたいのです」

「い、いや。熱はな……」


 何かいいかけたけど、結局、しばらくそのままでいてくれた。


 熱はないみたい。


 室内に射し込んでいる陽光のせいで、顔が赤いように見えたのね。


「よかったですわ。どうやら熱はなさそうです」


 額を彼のそれからはなし、椅子に座り直そうとしかけた。


 が、皇太子殿下が手を伸ばしてきてわたしの右手首をつかんだ。


 そのあまりの力の強さに「痛い」って言うか、顔をしかめたくなってしまった。っていうか、顔をしかめながら「痛いわ」って訴えたかった。


 だけどそのどちらも我慢した。


 皇太子殿下の顔が、あまりにも怖かったからである。


 そこではじめて、顔が赤いのは怒りによるものだと気がついた。


 あらあら。彼を完全に怒らせちゃったわね。


 どこがいけなかったのかしら?


 思い当たる節が多すぎて、正直なところ特定が難しい。


「す、すまない」


 ポーカーフェイスを保っていたはずだけど、顔のどこかに変化があったみたい。


 謝罪とともに、彼の手がわたしの右手首からはなれた。


「失礼いたします」


 彼をこれ以上怒り狂わせる前に退散しなきゃ。


 彼が口を開くよりも前に、立ち上がって一礼し、そそくさと執務室を出た。


 やばいやばい。せっかくのお給金がもらえなくなったら大変だわ。


 閉ざされた執務室の扉を見つめ、冷や汗を拭った。



 その直後、王宮の料理長が面会を求めてきた。


「イメルダ王国の王太子夫妻の歓迎会のことなのですが……」


 彼は、そう切り出した。


 とりあえず、話をきいてみた。

 どうやら、先日のボヤ騒ぎのお蔭で冷蔵倉庫がまだ復旧していないらしい。その為、肉や魚といったなまものストックがまったくなく、急な話なので準備も間に合わないという。


「そうよね。大切なゲストをお迎えするのに、まさか体にいいものをって健康食でごまかすわけにはいかないもの」


 さすがに、ここは見栄をはりたいところではある。


 このスカルパ皇国がなめられてしまう。


「皇太子妃殿下は、食に関して広い見識をお持ちでございます。どうにかやりすごせるアイデアをお持ちではないかと参った次第です」


 神妙な彼を見ていると、気の毒になってきた。


 だからつい、悪女のふりをすることを失念してしまった。


「大豆、小麦、トウモロコシ粉はあるかしら?」

「ええ。そういうものは穀物庫に保管しております」

「だったら、なんとかなるかもしれないわ」


 不敵な笑みとともに言った。


 またまた忙しくなりそうだわ。


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