皇太子殿下のお願いしてから、悪妻が有終の美を飾る
「おれのことはどう思ってくれてもいいし、皇太子の座からひきずりおろしたければそれでもいい。だが、それ以外の責務はしっかり負ってほしい。この皇国を平和で豊かな国にする為に、いまはおれに対する気持ちに蓋をし、団結して立て直しをはかってほしい」
皇太子殿下の真摯な願いは、みんなの心に響いたかしら?
宰相をはじめとしてだれもがおたがいの顔を見合わせるだけで、とくにだれも何も言わない。拍手をするとか賛同の声を上げるとかもない。
結局、協力するともしないともわからないまま、皇太子殿下は着席した。
わたしたちは、いまの皇太子殿下の演説による効果についてはまったく期待をしていない。
皇太子殿下が本格的に活動をするには、まだまだ地盤がもろすぎる。周囲に人材がいないからである。人材集めは、これからのことになる。
この演説は、それまでの時間稼ぎをする為である。
いまこの時点で宰相や他の官僚たちを根こそぎ処分してしまえば、皇都も各領地も混乱をきたしてしまう。どうかんがえても得策ではない。
宰相をはじめとした反皇太子派は、こちらがどれだけ妥協しようと低姿勢になろうと折れることはない。
根本的にかんがえ方が違うし、目指す道も違うから。
いまはやりすごしても、いずれまた何らかの方法で皇太子殿下をその座からひきずりおろそうとするのはわかりきっている。
だから、いまは友好的に協力しあうふりをする。
話し合ってそう決めた。
これもこの先、皇太子殿下が力をつければあっという間に粛清され、改善されることになる。
それまでの辛抱というわけね。
さて、と。この素晴らしき聴聞会のトリを飾るのは、もちろんこのわたし。
皇太子殿下の悪妻にして、最高の悪女のわたししかいないわよね。
皇太子殿下と入れ替わりに立ち上がった。
居丈高に全員を見回す。
「みなさん。このよりよき聴聞会の後、みなさんが皇太子殿下に協力してくれることを切に祈ります。って、そんな祈りは必要ありませんよね。なぜなら、みなさんは協力してくれるに決まっているんですから」
凄みのある笑みを浮かべてみた。これを見た人たちは、ぜったいに恐怖を感じたはずよ。
「それと、皇太子殿下やわたしにまつわる噂のほとんどが、根も葉もないものであることをいまこの場でお伝えしておきます。殿下と愛妾のラウラは、みなさんが噂できいているような関係ではありません。それをいうなら、殿下とわたしの関係もです。殿下は、ラウラにまったく興味はないのです。彼女のお腹の赤ちゃんの父親は、当然ながら殿下ではありません。だれって?それは、ラウラ本人にきいてください。もしかすると、この中にお心当たりのある方もいらっしゃるかもしれません。ヒヤヒヤなさっている方も一人や二人じゃないはずです。まぁ、そこはこのような場所で語るようなことではありませんので、省略させていただきます」
ラウラと関係のありそうな複数人を睨みつけてやった。だれもが冷や汗をかいている。
それから、ふたたび口を開いた。
「それよりも、殿下とわたしの関係です。じつは、わたしたちは終身雇用契約を……」
「メグッ、それはどうでもいい」
言いかけたところで、なぜか皇太子殿下にさえぎられてしまった。
「最初は、たしかに短期間妻のふりをするという雇用契約だった……」
「メグッ、それもどうでもいい」
せっかく詳細を語ろうとしているのに、またしても皇太子殿下にさえぎられてしまった。
わたしの隣で、第三皇子が俯いて肩を震わせている。
彼はいったいどうしたの?
ひきつけかしら?それとも、わたしの話がさえぎられて怒りに震えているのかしら?
「とにかく、わたしはいま、殿下に永遠に雇われている……」
「メグッ、表現をかえてくれないか?」
またまた皇太子殿下が邪魔をした。
第三皇子は、肩だけでなく背中全体が震えている。
それにしても、表現をかえろ?
じゃあ、これならどう?
「とにかくわたしたちは、夜な夜な殿下がわたしをお姫様抱っこして寝室へ運んでくれて、疲れきって寝落ちしてしまうという仲なの……」
「メグッ!頼むからやめてくれ」
まったくもう。皇太子殿下ったら、何が気に入らないわけ?
「とりあえず、わたしたちはそういう仲ですので、みなさんもご留意ください」
悪女というよりかは、お話に出てくる魔女みたいな笑みをダメ押しに見せつけつつ着席した。
こうして、聴聞会なる楽しい企画は終わりを迎えた。