家族で作業するっていいわよね
「ところで、ラウラはどうしているのかしら?」
食べながらカミラとベルタに尋ねてみた。
ラウラは、一応皇太子殿下の愛妾のままでいる。
皇宮に戻って来てから、皇太子殿下の寝室の続きの間に閉じ込めているらしい。
「彼女は元気です。元気すぎて黙らせるのが大変です。わたしとベルタが交代で面倒をみていますが、文句ばかり言っています」
カミラが教えてくれた。
ラウラが彼女たちに文句を言っているシーンが容易に想像出来る。
「彼女、お腹の子を大切にしているみたい?」
「いかがでしょうか。たいして気にしているふうには見えませんが」
「彼女は、自分自身のことの方が大切なのかもしれません」
カミラに続いてベルタが言った。
そのことについてかんがえてしまう。
もしかすると、ベルタの言う通りかもしれない。ラウラは、お腹の子のことを皇太子殿下や皇子のだれかに対しての切り札程度にしかかんがえていないのかしら。
だとすると、生まれてくる赤ちゃんがかわいそうだわ。
だけど、ラウラにだって母性本能があるでしょう。赤ちゃんが誕生したら、母親としてそれなりに自覚が芽生えるはずよね。
そう信じたい。
「ねぇ、二人に相談があるの。ラウラに会えないかしら?」
「妃殿下がラウラに、ですか?」
カミラとベルタはおたがいの顔を見合わせた。
三人ともお皿の上は空っぽになっている。それをいうならグラスも空っぽだし、ヤギの発酵させたものが入っていた深皿も空っぽになっている。
ちょっと物足りないけど、眠る前だからいいわよね。
ほんと、わたしってば飽食に慣れ親しんじゃっているわ。
いつか皇太子殿下との終身雇用契約が破棄されるようなことになれば、こんな状態では以前の生活に戻れないかもしれない。
第一皇子のこと、言えないわよね。
「もちろん、会えなくはないですが……」
「カミラ、では会わせてくれる?」
というわけで、さっそくラウラに会いに行った。
そして、彼女と話をした。
彼女の前では、もう悪妻を演じる必要はない。だから、そのまんまのわたしで話をすることが出来た。
ラウラは、最初こそ悪態のかぎりを尽くしていた。だけど、出し尽くして疲れたのか、途中からおとなしくなった。
その隙に言いたいことを言いまくった。
わたしが言いまくった後、ラウラは泣きはじめた。
いやだわ。また泣かしちゃった。どうやら悪妻っぷりがすっかり身についてしまっていて、きつい言い方になっているのね。
でも、まぁいっか。
「いいわね、ラウラ。このままだとあなたは赤ちゃんを取り上げられた挙句に獄に繋がれることになるかもしれない。そこのところをよーくかんがえなさいよ。あなただけの問題じゃないのだから。生まれてくる赤ちゃんの問題でもあるわけだし」
そう吐き捨て、彼女を閉じ込めている皇太子殿下の続きの間を後にした。
皇太子殿下は、休んでいるみたい。まさか寝室に入って行くわけにはいかない。文字通り寝込みを襲う悪妻ってことになっちゃうから。
というわけで、主寝室へと続く扉を少しだけ開け、闇に浮かぶ寝台からきこえてくる彼の寝息をきくにとどめておいた。
それから、自分の部屋へ戻った。
翌日から、お父様とお兄様たちとわたしの四人は、資料の確認や資料づくりに没頭した。
皇太子殿下と二人で時間をかけ、労力を使って各領地を巡った際に集めた膨大な資料を基に、新たな資料を作成したのである。
それに数日を要した。それこそ、朝早くから夜遅くまで。ときには、明け方までやったこともあった。
四人で何かしらの作業をするというのは久しぶりである。
わたしがまだ雇用契約妻になる前のことである。
農作業、それから荒れ地の整備に四人でかかりっきりだった。
家族っていいわよね。もう何百回目かに実感してしまう。
終身雇用契約を結ぶ皇太子殿下は、雇用主である。家族、とは違う。
だから、彼とはこんなこと実感出来ないのかもしれない。
その間、皇太子殿下と第三皇子が何度か訪れてくれた。カミラとベルタは、食事やお茶を運んでくれたり付きっきりでお世話をしてくれている。
皇帝陛下や宰相や皇子たちから何度か食事やお茶の誘いがあり、その度に四人で出向いては悪妻とその実家の家族を演じた。
その都度鼻につく態度や不愉快きわまりない行いを心がけ、かなりの成果をおさめた、はずである。
わたしたちのそんな努力の傍らで、第三皇子とカミラとベルタの諜報員一族の調査や工作の準備も進められている。
そしてついに、準備が整った。
それは、不定期に行われる聴聞会の前日のことだった。
聴聞会とは、はやい話がさらし者の場である。