きみが「幸運の女神」だって……?
「メグ、情報をありがとう」
さすが第三皇子は名諜報員ね。雑談抜きでいきなり本題に入るみたい。
彼だけが立っている。彼は、自分の執務机にお尻をのせて口を開いた。
「第四皇子は、きみの言った通りだった。すっかりだまされたよ。第一皇子に隠れていろいろ画策している。それを言うなら、第一皇子は反対の意味で役者だな。こちらもすっかりだまされたよ。われわれもまだまだ未熟というわけだ。メグ。きみがいなければ、わからずじまいで罠にかかっていたかもしれない」
「諜報員になれるかしら?」
「はははっ!そうだな。きみは、どうやらそういうことを自然に出来るようだから、われわれより凄腕になれるかもしれないよ」
「殿下、おききになりましたか?雇用形態をかえたほうがいいかもしれませんよ。諜報員として、雇いなおしてもらわないと。そっちの方が、終身雇用妻よりよほどお給金がよさそうですし」
「メグ、きみはほんとうに冗談がうまいな。義父上や義兄上たちではないけれど、きみの人を笑わせる才能は天性のものかもしれない」
皇太子殿下はそういってやさしい笑みを浮かべ、わたしの黒髪を撫でてくれた。
あの、皇太子殿下?いまのは冗談じゃないんですけど。
言い返そうとしてやめておいた。
そうよね。雇用形態の話なんて、いまここですることじゃないわよね。
「もろもろの噂の出所もこれでわかった。これで叩き潰す相手が絞れたわけだ」
「あの、尋ねてもいいですか?」
例のことを率直に尋ねてみることにした。
「もちろん」
第三皇子と皇太子殿下が大きくうなずいたので、第一皇子との会話を語ってきかせた。
彼らだけでなく、カミラとベルタもだまってきいてくれている。
話すにつれ、隣に座っている皇太子殿下の表情が驚きのものへとかわっていくのがわかった。
一方、第三皇子とカミラとベルタのそれは、微妙である。
話し終ると、執務室内に沈黙がおりた。
執務机にお尻をのっけている第三皇子の向こう側には窓があり、すっかり暗くなっているのがわかる。
「きみが『幸運の女神』?メグ、きみが?」
体ごとこちらに向き、そう尋ねた皇太子殿下の声が裏返っていた。
ちょっと待って……。
この驚き方は、彼はこの神託の話を知らないということ?それとも、知らないふりを装っているわけ?
後者だとすれば問題だけど、前者だとしてもいまの尋ね方は微妙すぎたわ。
「きみが『幸運の女神』だって?信じられない。神託だって?どうかんがえても、きみが『幸運の女神』だなんてありえない」
はい?そこまで否定する?
「ちょっと待って下さい。第一皇子が嘘をついていたようには思えません。彼は、たしかにそう言いました。このわたしが『幸運の女神』で、わたしを妻に娶った者がこの皇国の支配者になる、と。第四皇子はそのことには触れませんでしたが、彼も『この皇国を支配するんだ』と言ってわたしに自分の妻になるよう言っていました。ですから、彼も神託を信じているに違いありません」
「それにしたって、よりにもよってきみが『幸運の女神』だなんて……」
「わたしが『幸運の女神』で何か不都合でも?」
なにか論点がズレてるような気がするけど、皇太子殿下に体ごと向き直って問い詰めていた。
「いや、なんというか……。きみはその、女神というよりかは……」
「なんなのです?いったいなんだというのです?」
だんだん腹が立ってきた。あれだけわたしのことを想っているようなことを言っておきながら、女神じゃないってどういうこと?
あ、そうか。やはり、彼はわたしのことを雇われ妻程度にしか想っていないということなのね。口では熱く語っていても、結局はいいように扱える終身雇用妻に対してくらいの感情しか抱いていないわけなんだ。
だけど、これですくなくとも彼はほんとうに「幸運の女神」については知らず、その神託を信じてわたしを妻に迎えたわけじゃないということはわかった。
とはいえ、終身雇用妻としての立場もあまりかわりはないかしら。