お父様とお兄様たちにはかなわない
お父様たちは、ちょうど客殿の自室に戻ってきたところだった。
客殿付きの侍女たちが、紅茶を持って来てくれた。彼女たちが去ると、さっそくおたがいの成果を報告しあった。
お父様たちは、宰相や閣僚たちの前でこのスカルパ皇国の政治や経済や文化や宗教、その他もろもろの腐敗や弱点を並べ立て、その上で改善すべき点を列挙したらしい。しかも、朝から夕方まで延々と。途中、昼食をはさんだけれど、昼食中にも話し続けたとか。三人が交代で話し続け、結局終わったのがついさっきだというから驚きである。
「みな、たいそう迷惑そうだった。それでも招待している客人だから、やめろとも言えずにおとなしくきいていた」
「途中で気の毒になったよ。だけど、メグと皇太子殿下の為に舌を動かし続けたんだ」
「ああいう官僚たちは、ふだんは居眠りしているんだろうね。だけど、必死に起きていたみたいだ。ほんと、かわいそうだった」
お父様とナオお兄様とトモお兄様は、大笑いした。
「それだけやれば、たいそう嫌われたでしょうね」
「ああ。間違いない。そもそも部外者、しかも落ちぶれた他国の王族に自分たちのあらゆるまずさを指摘されたんだ。その時点で嫌になるというものだ」
「さすがはお父様とお兄様たちね。予想以上の成果だわ」
さすがだわ。わたしなんて、お父様やお兄様たちに比べればまだまだね。
「それで?メグ、おまえはどうだった?何かあったのではないのか」
「メグ、元気がないな。何かあったんだろう?」
「メグ、話してくれよ。何を悩んでいるんだ?何を迷っているんだ?」
やはり、三人はごまかせないわよね。
すぐに第一皇子からきいたことを話してきかせた。
言葉を出し尽くすと、心がすっきりした。悶々としていた気持ちがすこし晴れた気がする。
ローテーブルをはさんで向かい側の長椅子に座っているお父様とナオお兄様、それからわたしの隣に座っているトモお兄様は、ほぼ同時にカップに手を伸ばすと紅茶を飲んだ。
客殿付きの侍女が淹れてくれたのは、アールグレイだった。
「メグ、おまえの直感はどう言っている?」
「おまえのレディとしての勘はどう告げている?」
ナオお兄様とトモお兄様に尋ねられたけど、すぐには答えられなかった。
「メグ。それよりも、おまえはアルノルド殿のことをどう想っているんだい?皇太子殿下として、ではない。夫として、あるいは一人の男性としてだ」
そして、お父様に尋ねられた。
「おまえの直感やレディとしての勘、それから想いは間違ってはいない。自分のそれらを信じなさい。わたしたちがおまえを信じているようにね。真実は、おまえが思っているほど複雑ではない。単純明快だ。とはいえ、おまえの性格だとはっきりさせておきたいんだろう?本人の口から、「それは違う」とか「誤解だ」とかききたいんだろう?だったら、本人に正直に言えばいい。尋ねればいい」
「お父様……」
「わたしたちは、いつだっておまえの味方だ。それを忘れないでほしい」
うなずくことしか出来なかった。
お父様とお兄様たちの部屋を出、本殿へと戻った。
「妃殿下、お待ちしておりました」
自室に戻ると、カミラとベルタも戻ってきていた。
「第三皇子がお待ちです」
「それと、皇太子殿下も」
カミラとベルタは、扉を閉めるなりささやいてきた。
「第四皇子の件でお話がしたいと」
「わかったわ、カミラ。行きましょう」
ちょうどいい。いっそ、尋ねてみよう。
それが一番いい。
閉めたばかりの扉を開けようとし、ふと思い出した。
小ぶりの机に駆け寄り、一番上の抽斗を開けた。
そこから紙の束をつかんで取り出す。
これは、暇なときに書き記していた皇族たちそれぞれの資料である。厳密には、みんなが肉体的にも精神的にも健康ですごせるようにはどうすればいいかをまとめたものである。
その中から第五皇子の資料をピックアップした。彼に関するメモが一番多い。一番不健康だからである。
「どちらかにお願いがあるの。このメモを第五皇子の執事に渡してちょうだい」
「いったいなんですか?」
カミラが受け取り、怪訝そうにきいてきた。