第一皇子をやっつける
「もう疲れたよ。好きな女性と何不自由なく暮らせるだけでいいんだ。どこか静かなところで、二人でのんびり日々をすごすだけでね。それなのに、皇太子になれだのなんだのと……。冗談じゃない。もう決まっていることじゃないか。それでなくても、子どもの頃から第一皇子を演じてきたというのに、これ以上どうしろというんだ。もう勘弁してほしいよ。第四皇子がなりたいんならなればいい。しかも、好きな女性にまで見捨てられてしまって。おれは、こんなくだらない略奪劇の舞台からさっさと降りたい」
愚痴っているこのいまの姿が、彼の正体である。
しかも、好きな女性?
まさかラウラのこと?彼女のことが好きなの?
嘘、でしょう?
「それでしたら、そうなさったらいいでしょう?」
神託の件は後回しね。先に、彼をやっつけないと。
「そう簡単にはいかないよ。いまさら、だし。おれがそんなことを言おうものなら、すぐに皇宮からほっぽりだされてしまう。そうなったら、路頭に迷って死んでしまうだろう」
「だったら、働けばいいのです。違いますか?人間、いざとなったら何でも出来るものです。わたしやわたしの家族もそうですよ。食べる物がない日だってあります。何日も雨水や川の水を濾過したものですますことがあります。夏など、井戸も枯れてしまいますから。そんなときは木の根っこや雑草、虫を食べたりもします。人間はすぐには死にません。しぶとく生きることが出来るものなのです」
第一皇子は、口をあんぐりあけてきいている。
「そんなことより、心を縛られている方がよほどつらいです。あなたは、もっと強くなった方がいいですよ。いい年なのに、いついつまでも母親や伯父の言いなりになったり、いい子ちゃんぶったり。そんなことほどバカバカしいことはありません。これまで、彼らの期待に応えて頑張ってきたのです。人生で一度くらい、自分の思うようにしても罰はあたりません。あとは、なるようになります。皇太子になる気がないんですし、いっそ皇宮から飛び出してしまえばどうですか?その好きな女性とやらと。スッキリすること間違いありませんよ」
不愉快なことを並べ立てた上に、いい加減なことを添えておいた。
とりあえず、これで彼もわたしが神託に出てくる「幸運の女神」などではなく、じつは傲慢で悪辣な悪女とわかったでしょう。
「好きな女性って、大嘘つきのラウラのことですよね?彼女のお腹の父親ってあなたじゃないんですか」
わお!これって名誉棄損レベルの誹謗中傷よね。何の根拠もないのに詰問しちゃった。
「きみもそう思ってくれているんだ」
彼は、いまので立腹したに違いないわね。表情はいままでにない笑顔だけど、心の中はわたしへの怒りで煮えたぎっているはずよ。
「そんなに好きなら、彼女を連れて去ればいいわ。皇太子殿下にあなたの子だとバレれば、彼女は断罪されることになるかもしれません。その前にあなたが連れ去り、助ければいい。そうすれば、彼女もあなたを見直すに違いないでしょう」
暗に「あなたにそんな度胸ないでしょう」とバカにしていることをにおわせてみた。
「それと、わたしはあなたがきいているような存在じゃありません。ただの悪妻です。悪女です。イヤーな女です。お話出来てほんとうによかったですわ」
「メ、メグ、ちょ、ちょっと……」
立ち上がってさっさと背を向け歩きはじめた。
彼の声が背中にあたって地に落ちて行くままに任せた。
今回ばかりはやってやった、という思いはない。
皇太子殿下への信頼、それから想いが迷走しはじめているから。
宮殿へと足早に向かいながら、どうしようかと悩んでしまった。
この後、どうしたらいいのかしら?
このままモヤモヤしながらでも皇太子殿下の妻でいる?それとも、いっそ尋ねてみる?
「ほんとうのことを教えて下さい。わたしのことをどう想っているのですか?」
そんなふうに。
それとも、探りを入れてみる?それで方向性を決める?
だけど、どうかんがえたって彼のわたしへの態度に嘘はなかった。ごまかしたり大げさだったりなんてことすらなかった。
わたしがいいように取りすぎているのかしら?わたしの直感、どうかしちゃったのかしら?
でも、たとえわたしの読みや直感が外れているのだとしても、お父様やお兄様たちの目や心は絶対にだませない。彼らも皇太子殿下を認めている。彼らの読みや直感は、わたしのよりよほどすぐれている。だから、まず間違いない。
そうだわ。こんなときは、一人で悶々とするよりお父様とお兄様たちに相談するにかぎるわよね。