わたしが「幸運の女神」ですって?
「殿下、せっかくですもの。二人っきりでお話出来ませんか?クズ皇子たちですら、二人っきりでお話をしてくれたのですよ」
よしっ!さらなる嫌味の炸裂よ。
その嫌味に、彼はムッとしたみたい。わたしから視線をそらせ、うしろにいる付き人たちへそれを走らせた。
「彼らに出来て、第一皇子である殿下に出来ないわけありませんわよね?」
さらに煽った。
わたしってば、調子よすぎよ。
「下がっていい」
彼は、いまの究極の嫌味にかなりカチンときたわね。
うしろを振り返ることなくそう命じた。
「ですが、殿下……」
「いいから下がれ。皇太子妃と話をするのに、なんの危険があるというのだ?」
彼は、侍従が言いかけたところにきつくさえぎった。
「危険ではないことは承知しておりますが……」
「だったらなんだ?おれの命令には従うことは出来ないというのか」
またしても遮ったその声は、怒りで震えている。
「しょ、承知いたしました」
侍従は、あきらかに不服である。その証拠に、去り際に「チッ!」ときこえよがしに舌打ちをした。
彼らの気配がなくなると、第一皇子は大きく息を吐きだしながら背もたれに背をあずけた。
「よくわかったね。助かったよ」
彼の表情も声質も話し方もすっかりかわってしまっている。やさしくってどこか臆病ささえうかがえる。
そして、渋い美形にはさらに疲れっぽいものが浮かび上がっている。
「第四皇子がおれの正体を言ったんだろう?子どもの頃、彼とは仲が良かった。おれの性格やかんがえ方をよく知っているからね」
「第四皇子は、こちらが尋ねもしないのにぺらぺらと囀っていましたわ」
「だろうね。皇太子の座につく為には、きみをモノに、いや、失礼。きみを妻にしなければならないと思い込んでいるから、ある程度のことは話したかったんだろう」
「わたしを妻にしなければならない?たしかに、わたしは一応隣国の元国王の孫です。ですが、落ちぶれ王族にすぎません。しかも、この国ではなく隣国のです。そんなわたしに、なんらかの力があるとは思えませんけれど」
「それはそうだ」
彼は、わたしに力がないということをあっさり認めた。
「おれも含めた皇子たちが躍起になっているのは、神託があったからだ」
「はい?」
「メグ。きみは『幸運の女神』で、きみを妻にした者がこの皇国を統べることが出来るという、神託が下されたらしい」
「な、なんですって?」
予想も想像もしていなかったあまりにも突拍子のないその話に、思わず叫び声がひっくり返ってしまった。
「このことを知っているのは、ごく少数だ」
「当然、皇太子殿下も知っているんですよね?」
「さあ、それはわからない。きみも知っている通り、おれたちは親交があるどころか敵対しているからね」
きかされている話と違う。その神託じたいは胡散臭いことこの上ないけれど、こうして信じている人たちがいる。
皇太子殿下は、わたしに興味を抱いたから皇都に招き、妻に迎えたと言っていた。それはじつはその神託を信じていて、わたしを妻に迎えたというのかしら。
ごく少数しか知らないその神託も、諜報員である第三皇子やカミラやベルタだったら探り出していてもおかしくない。
だったら、彼とのひとときは?お姫様抱っこやバラ園での婚儀は?
すべて嘘だったというの?
だけど、それだったら最初にわたしに雇用結婚だと叩きつけ、遠ざける必要などなかったんじゃないかしら。あんなことをする意味がまったくない。
それとも、それもわたしの気を惹く為の手段だったのかしら?
しかし、そのわりには彼の心はいつだって真摯である。真剣で嘘偽りはない。
もっとも、それも演じているのなら話は別だけど。わたしの読み違いという可能性も否めないから。
皇太子殿下のことを信じはじめたところなのに……。
わたしの内心の動揺をよそに、第一皇子は溜息をついている。