夢みるバカの野心
つまり、何かしら?
この一連の騒動の黒幕は、この夢みるバカなわけ?
この夢みるバカは伯父である宰相や兄である第一皇子を利用して、皇太子殿下からその座を奪おうとしているの?
そして、わたしも利用しようとしているというの?
だけど、どうしてわたしにそれを知らせたのかしら?
そうね。この夢みるバカは、わたしをなめているのね。御しやすいクソ女とでも思っているに違いない。
よーくわかったわ。面白いじゃない。あんたみたいな夢みるバカ、いまここで罵倒して終わりだなんてもったいなさすぎる。
わたしの悪妻っぷりを、ゆっくりじっくり堪能させてあげなくっちゃ。それと、この興奮をみんなと分かち合うのもいいわよね。
思いなおした。ここは、彼の申し出をかんがえるふりでもしておこう。
「メグ、どうした?」
「あら、申し訳ありません。小説に出てくるような緻密な謀略でしたから、頭が追いつかなくって。ですが、前向きに検討してみます」
「はははっ!やはり、きみは面白いな。そんなこと言わなくっても、結局は組むことになるんだ。ほら、すでに心が動いている。違うかい?」
「そうですわね。すっごく動いていますわ」
いろんな意味でヤバいわ、こいつ。
いろいろツッコんでやりたいのをグッとガマンした。
いまはまだよ。いまはまだ。
心の中で唱えつつ、夢みるバカの執務室を後にした。
第一皇子に会う前に、カミラとベルタに第四皇子のことを告げた。
二人とも驚いていた。
表向きは、第四皇子は宰相の従順な甥っ子の一人を演じている。その第四皇子が、まさかそんな不遜なことを企み動いているなんて。
優秀な諜報員ですら気がつかなかったのだから、第四皇子はただの夢みるバカというわけじゃないのね。
とりあえず、第四皇子に関しては探りを入れてくれるという。
というわけで、わたしはあらためて第一皇子に会いに行った。
彼とは、西の庭園の東屋で待ち合わせをしている。
宮殿を中心に東西南北に庭園があって、それぞれに東屋が設けられているのである。
第一皇子のイメージは、そこそこの美形で野心的で独善的という感じである。
だけど第四皇子が言うには、第一皇子はそのように演じているらしい。
第四皇子がわたしをかついでいるのでないかぎり、第一皇子も大した才覚を持ち合わせていないということになる。
ということは、彼も皇太子殿下の敵にはならないかもしれない。
とりあえず、素の第一皇子を見てみなくっちゃ。
すこし離れたところで、執事と侍従、それから侍女が三名佇んでいる。
侍従の顔に見覚えがある。
宰相の側近の中にいた顔だわ。
ということは、見張っているのかしら。
第一皇子を?それともわたしを?
「やあ、メグ」
「皇子殿下、ご挨拶申し上げます」
座ったまま手を振ってきた彼に、ドレスの裾をすこしだけ上げて挨拶をした。
中肉中背で、渋い美形には疲れと諦観のようなものが見え隠れしている。
それはそうよね。普通、皇太子は第一皇子が即位することが多い。今回のように皇子としてさえ認められていない、皇帝陛下のお手つきの子がなるなんてことは稀有である。
それを知ったとき、第一皇子は絶望したかしら。口惜しくて眠れなかったかしら。
その座を奪ってやる、と野心が燃え立たったかしら。
つくり付けのテーブルをはさみ、彼の前に座った。
すぐに侍女が紅茶を淹れてくれた。
カモミールね。
しばしそのにおいを堪能する。
「他の皇子たちに会ったんだろう?」
第一皇子は、わたしが紅茶を一口飲み、ホッと息を吐きだしたタイミングで尋ねてきた。
「ええ。どうしてかわかりませんが、あなた同様お誘いを受けたものですから。あなたが一番最後です」
「どうしてかわかりませんが」、というところを強調しておいた。今回も絶好調ね。いきなり嫌味を叩きつけてやった。
「クズばかりだっただろう?」
苦笑を浮かべつつ、彼も紅茶を飲んだ。
その彼をじーっと見つめている。それこそ、居心地が悪くなるくらい。実際、彼は落ち着かなげに視線を泳がしている。
そこで気がついた。
彼は、気にしているのである。
わたしを、ではなく自分のうしろにいる執事たちを。