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晩餐会

 厨房では、商人に頼んでいた食材が届いていた。

 そこからが勝負である。


 とはいえ、レシピはシンプルなものばかり。


 料理長をはじめ、皇宮の厨房に務める料理人たちにとっては不本意なレシピばかりのはず。


 それでも、時間がない。わたしの指示どおりにこなしてくれた。


 そして、デザート作りに終わりがみえてきた時点で、自分の部屋に戻った。


 双子の侍女たちに手伝ってもらい、晩餐会に出席する為の準備を整えた。


 晩餐会は、広間で行うらしい。


 そこへ向かう為に階段をおりていると、踊り場に夫であるはずの皇太子殿下とその愛妾のラウラ・ガストーニが言い争っているのに出くわした。


 気まずいけど、広間に行くにはそこを通るしかない。仕方なく、歩調を緩めることなく階段をおり続けた。


「どうしてですか?わたしは、わたしは出席出来ないのですか?」


 わたしの予想通り、彼女は目がチカチカしてしまうほどド派手なドレスに小柄な身を包んでいる。


「今夜の晩餐会は、皇族のみで行われる。きみは、まだ認められて……」


 皇太子殿下は、タキシードがバッチリ決まっている。


 あまりにも会っていなかったので、彼の美形を忘れてしまっていた。


 そうね。やはり美形すぎるわ。そこだけは認めてあげないと。


「わたしは、いつになったら認めてもらえるのでしょうか」


 どうやら、彼女は晩餐会に出席出来ないようね。


 彼女は消え入りそうな声で訴え、嘘泣きを始めた。


「すまない、ラウラ。もう間もなくだ。きみが懐妊さえすれば、認めてもらえるはずだから。それまで、我慢してほしい」


 皇太子殿下のやさしい声音に、彼女はますます涙を絞り出す。


 うわぁ……。どっちもどっちよね。


 わたしに対するときの態度が違うのはわかるけど、必死に嘘泣きをしたり、それにまったく気づかなかったり……。


 この二人、いろんな意味で面倒くさいわ。


「皇太子殿下、お久しぶりでございます。お取込み中に恐縮ですが、通していただけないでしょうか?」

「きみか……」


 王太子殿下の表情がパッと明るくなったような気がしたのは、きっと気のせいね。


 一方、ラウラは両手を顔で覆って嘘泣きをしながら、皇太子殿下にわからないようこちらを睨みつけてきた。


「もしかして、ラウラは晩餐会に出席出来ないのですか?」

「ああ」

「いいではありませんか。お料理は一人分増えてもなんとかなりますし、席だってどうにかなりますでしょう?」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題ですわ」


 皇太子殿下の顔に自分のそれを近づけ、耳にささやいた。


 彼の耳たぶはやわらかそうで大きい。幸運をもたらす耳の形である。


「わたしが許可したことにすればいかがでしょう?そうすれば、皇族の方々には勝手な女と思われますし、ラウラに対してはわたしがわざと彼女に肩身の狭いを思いをさせたと思うでしょう」


 そう告げると、顔をはなして意地悪な笑みを浮かべてみせた。


 すると、彼はハッとした。まるで目から鱗が落ちたかのような表情になった。


「か、勝手にするといい」


 それから、顔をそむけてぶっきらぼうに言い放った。


「ですって、ラウラ。晩餐会に出席出来てよかったわね」


 さらに意地悪な笑みを浮かべながら彼女に言ってやった。


 それから、さっさと広間に向けて歩きだした。


 同じ場所に行くのだから、当然皇太子殿下もついてくる。さらには、ラウラもとぼとぼとついて来ている。


 腕を組んだり手を取ったりしてくれるわけではない。


 なにせ、わたしたちは夫婦ではなく、雇用者と被雇用者なのだから。


「そのドレス……」


 うしろから皇太子殿下が小声で嫌味を言おうとした。


 地味すぎて晩餐会に不向きだ。


 そう言いたいに違いない。


「そうでしょう?好みの色とデザインなのです。だけど、他の人はそうは思わないかも。きっと、わたしらしさが強調されていると思います」


 そう。田舎者丸出しが強調され、主張しまくっているに違いない。


「そうだな」


 皇太子殿下がポツリと同意した。


 それ以降、広間の大扉までおたがい一言も口をきかなかった。



 広間の扉が開く前、皇太子殿下が左腕をさしだしてきた。


 じつは雇用者と被雇用者ではあるけれど、表向きは皇太子と皇太子妃である。体裁は整えようということに違いない。


 だけど、にっこり笑ってそれを拒否した。


「わざとわたしが殿下に恥をかかせた方がよろしいかと。わたしが先に行きますから、殿下はラウラに気を使うようになさってください。彼女を大切に想っていることを、皇族の方々に印象付けるのです」


 微笑を保ったまま提案すると、彼は驚き顔でわたしを見つめた。


「では、まいります」


 彼の口が開きかけたけど、時間がないのでそれを無視した。


 そして、衛兵が開けてくれた扉から広間へ入った。



 広間の中央部に長いテーブルが横たわっていて、上座に皇帝陛下と皇妃殿下、それから皇族の人たちが左右に分かれて着席している。


 すでに料理が並んでいる。


 どうやら、わたしたちが一番最後のようである。


 皇帝陛下のすぐ右前の二席があいている。


「もう一席、準備してくださいな。皇太子殿下の大切な方も参加することになりました」


 広間に入ってすぐ、壁際に並んで控えている侍女に命じた。もちろん、なるべく居丈高に受け取れるようにがんばってみた。


 その侍女は、さきほど窓拭きを手伝ったときの一人だった。


 彼女は、皇太子殿下に視線を送った。皇太子殿下が即座にうなずいた。すると、彼女は「かしこまりました。皇太子妃殿下」と了承して厨房へと続く扉の方へ足早に去って行った。


 ラウラは、さすがに上座というわけにはいかない。


 彼女に席の準備が整うまでここで待つよう目線で合図を送ると、皇太子殿下を促して上座へ歩を進めた。


 皇族たちは、ラウラを見てざわめいている。


 席まで行くと、皇太子殿下が椅子をひいてくれた。


「ありがとう」


 いつもだったら「ありがとうございます」とお礼を言うところだけど、執事に接するみたいに「ありがとう」にとどめておいた。


 表面上はそう振る舞ったけど、彼の紳士的な動作に心の中で笑ってしまいそうになった。


「どういたしまして」


 彼と視線が合った。彼はわたしの笑いをこらえた顔を見、ちょっとムッとしたようだった。


「メグ。今宵のレシピは、おまえがかんがえたそうだな」


 さっそく問われた。


 そう問うたのは、皇帝陛下である。


 皇帝陛下かれは、テーブル上の料理からわたしへと視線を移した。


「はい。わたしがかんがえました」

「なんというか、独創的というか……」


 名も知らぬでっぷりと太っただれかが言った。


「独創的ですって?」


 わざと大声で反応した。


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