第五(白豚)皇子
愛妾ラウラにうつつを抜かして見向きもしてくれない皇太子殿下の妻であることを、というよりかは皇太子妃の座に固執するただの欲深傲慢な悪女を思いっきり演じてみせるわ。
カミラとベルタを連れ、意気揚々と第五皇子の執務室を訪れた。
控えの間に着いたときには、約束の時間をすぎていた。
わざと遅れたのである。第二皇子のところに先に行ったのは、この為でもある。
が、向こうも遅れてきた。どうやら、だれかと会っていたらしい。
控えの間の扉から入って来たのは、背の低い太っちょさんである。
一度も陽の光を浴びたことがないって断言出来るくらい肌が真っ白である。
農作業などで真っ黒になっているわたしが、よりいっそう真っ黒に見えてしまう。
っていうか、いったい何をどれだけ食べたらこんなになれるんだろう。
彼は、はぁはぁと荒い息をついている。部屋にゆっくり入って来ながら「待ったかい?」と尋ねてきた。
彼とも会っている。会うたび、彼は何か食べている。だから、彼の声をきいたのはこれがはじめて。ていうよりか、彼が何か食べていないのを見るのははじめてだわ。
と思う間もなく、彼は控えの間のローテーブル上にある蓋つきの陶器のポットをつかんでかかげた。そうと認識するまでに、ポットの蓋を開けると口に流し込んだ。
えええええっ?
ポットの中から彼の口の中に流れ込んで行くのは、液体ではなかった。
クッキー?いえ、ビスケットかしら。
大量のビスケットがポットから滑り落ち、彼の口の中へとどんどん消えて行く。
「バリッ、バリッ」
すべて滑り落ちてしまうと、彼は数度噛みしめ飲み込んだ。
なんてもったいない。いまの量のビスケットだったら、お父様とお兄様たちとわたしと四人で、三、四日は余裕で食べつなげることが出来る。
それを一瞬にして食べてしまうなんて。
食べているというよりかは、ただ口からお腹に入れているだけね。
味わいもしていない。
作ってくれた人に感謝の気持ちなんて抱くわけないわよね。
「ああ、これっぽっちじゃ足りないな。メグが来てくれたし、お茶にしよう」
「殿下、準備は整っております。テラスへどうぞ」
あれだけの量のビスケットは、彼にとっては何の腹の足しにもならないらしい。
すべてを心得ている執事の案内で、テラスへ移動した。
ちょっ……。
さっき、お茶って言っていなかった?
会食とかじゃないわよね。
ガラス製のテーブルをいくつもつなぎ合わせた巨大テーブル上に、これでもかというほどの量のサンドイッチやペストリーやケーキやクッキーやビスケットやフルーツなどが所狭しと並べられている。
以前、晩餐会で不愉快きわまりない演説をぶったけど、この究極のぽっちゃりさんは何もきいていなかったのね。
この究極のぽっちゃりさんも、皇太子殿下の敵にはなりえないわね。宰相も、彼を対抗馬にあててくることはまずないはず。
これだったら、第一皇子と第四皇子の引き立て役にもならないでしょうし、援護するなんてことも出来そうにないわ。
だけど、これはマズすぎる。すぐにでも死んでしまうかもしれない。
せっかく来たんだし、悪妻っぷりだけは見せつけておきましょう。
「では、いっただきます」
彼はありえない量の間食を目の前にし、わたしの存在をすっかり忘れている。
さっさと座ると、フォークを右手に、スプーンを左手に握った。
よく見ると、彼の椅子は他のと違ってがっちりとした鉄製である。
いったいどの位体重があるのかしら?
「お待ちください、殿下っ!」
居丈高に怒鳴り散らした。
「死にますよ。もう遅いかもしれません。すぐにでも死ぬでしょう」
わたしってば、最高っ!いきなり「死の宣告」よ。
感動で体が震えている。