さすがすぎるわ、お父様
食事だけのはずが、食後のお酒もということになった。
だけど、お父様たちはお酒を飲まない。いいえ、違うわね。お酒を楽しむお金も心の余裕もないと言った方がいいかもしれない。
だから、紅茶をいただいた。
例のローズティーである。
なぜかわたしのマナーの話になった。マナーが悪いというわけではない。生まれ育った環境から、知っているはずがないのにそんなに悪くない、ということを言及された。
「小説です。小説で学びました。もちろん、父や兄からも教えてもらいましたけど。だけど、ほとんどが小説の登場人物たちの受け売りです。だから、どこの大陸のいつの時代のものかわからないマナーもまじっています。そこは、お許しください」
説明すると、皇帝陛下と皇妃殿下は思い出したみたい。
お父様は王太子だった。そして、お兄様たちは王子である。
もともと、マナーは身についているのである。
「だから完璧なのだな」
皇帝陛下の言う通りである。
お父様たちはマナーが完璧だけでなく、一つ一つの所作が洗練されている。
それだけ見れば、日常的に鍬や鋤をふりまわしたり、のこぎりや斧で挽いたり切ったりしているとはかんがえられない。
強いて言うなら手は荒れて節くれだち、マメやタコだらけだということくらいかしら。
「スカルパ皇国は素晴らしい国ですね」
もう間もなく食後のお茶の時間も終わりそうなとき、お父様がしみじみといった感じで言いだした。
いよいよね。お父様ったら、いきなり嫌味を炸裂させたわ。
さあ、どんな不愉快なことを言いだすのかしら。皇帝陛下と皇妃殿下に、どれだけ不快感をあたえるのかしら。
「ですが、各領地にしろ皇都にしろ綻びや齟齬が生じていますね。この国に長年暮らし、こうして田舎からやって来ただけでも、それらが目につきます。田舎者の貧乏ジジイですら、それに気がついているのです。皇都にいる優秀な官僚や両陛下の周囲の方々は、とっくの昔に気がついていらっしゃることでしょう」
さすがよ、お父様。いきなり上流階級や官僚たちの不正などを指摘するなんて。
これは、両陛下も面白くないでしょうね。
「支配者は、多くの民によって生かされているのです。多くの民の犠牲や力なくば、支配者は一日たりとも生きることは出来ません。それこそ、健康やお通じなどという呑気なことを言ってはおれません。餓死するか、あるいは民によって殺されるかでしょうから。支配者は、民に生かしてもらうかわりにすべきことがあります。たしかに、健康に心を砕くことも大切です。ですが、あなた方にはなすべきことがあるということをかんがえてみて下さい」
お父様は、渋い美形に嫌味きわまりない笑みを浮かべた。
しびれるわ、お父様。最高だわ。これほど両陛下を侮辱した言葉はないわよね。
「とても美味な食事でした。ですが、これもまたどれだけの犠牲によるものか。それをかんがえると、心から堪能は出来ませんでした。両陛下に、うちの痩せ細った畑でとれた作物をいつか献上したいものです」
お父様が立ち上がり礼を取ったので、わたしたちもそれにならった。
「ああ、そうでした。陛下、アルノルド殿下を皇太子にされたことは美挙ですね。このことは、史実に残るかもしれません」
お父様は、もう一度やわらかい笑みを浮かべると大食堂を出て行った。
もちろん、わたしたちもそれに続く。
去り際に皇太子殿下を絶賛するなんて、お父様も抜かりがなさすぎるわ。
両陛下、とくに皇妃殿下は不愉快を通り越しているはずよ。
なにせ自分が産んだ皇子たちを否定されたようなものなのだから。