メグがいないと面白くないよ
「いやあ、久しぶりに大笑いしたよ。メグ、やはりおまえがいないと面白くないな」
「父上の言う通り。おまえは、いつもわたしたちを笑わせてくれるからな」
「わたしたちだけだと中途半端な笑いになってしまうから、スッキリしないんだ」
お父様もお兄様たちも何を言っているの?
たしかに、わたしたちはいつも笑いや笑顔が絶えないわ。そこは認める。だからこそ、苦しい生活の中でも楽しめているししあわせでもある。
だけど、わたしはいつだって真剣よ。意識的にも無意識的にも、笑わせたり面白がらせるようなことはしていない。
「殿下」
「どうかアルノルドとお呼びください。あなた方は、わたしの義父と義兄なのですから」
「では、アルノルド殿。ナルディ公爵とカミラとベルタから、おおよその事情はきいています」
「ええ。おれも、彼からあなた方に事情を説明している旨をききました」
笑いがおさまると、お父様が皇太子殿下に言った。
どうやら、すでに第三皇子とカミラとベルタが会って事情を話してくれたみたい。
さすがは諜報員一族。仕事がはやいわ。
とりあえず、ソファーに座ることにした。
どうやら、この客間は続き部屋みたい。
お父様が一人でこちらの部屋を使用し、隣室をお兄様たちが使用しているのね。
こちらの寝台はキングサイズが一台、隣室にはダブルサイズの寝台が二台あるそう。
皇太子殿下と並んで座り、お父様とお兄様たちがローテーブルをはさんで向かいのソファーに並んで座った。
そのタイミングで、カミラとベルタが紅茶を淹れに行ってくれた。
彼女たちが凄腕の諜報員という事実を知ってから、わたしの侍女を装っているということを忘れてしまうときがある。
「ナルディ公爵から、是非とも力を貸してほしいと。こんな田舎者ですから、到底お役に立てるわけもないのですが。ですが、好き勝手にしていいという話ですし、とにかく宰相や他の派閥の人たちに嫌われるようなことをしたり、困らせてやればいいのでということでした。それでしたら、出来るだけのことはやってみましょうと答えました。アルノルド殿には多額の援助をしてもらっていますし。なにより、メグの大切な旦那様なのですから。恩を返して義理を果たせるというわけではありませんが、少しでもお役に立てればいいかと思っています」
「ご協力、感謝いたします」
お父様と皇太子殿下は、視線を合わせてうなずき合った。
「お父様、家は空けていて大丈夫なの?家畜たちは?まさか、飢えて死んでしまったってことはないわよね?」
「メグ、大丈夫だよ。家畜たちは元気だ。だけど、みんなもう年だろう?働かせるのはかわいそうだ。ゆっくりと余生を送ってもらおうと、家畜小屋を建て替えたんだ。だから、みんな元気にまったり暮らしているよ。今回は、村の人たちに餌と寝床の掃除を頼んできた」
「アルノルド殿のお蔭で、家畜たちはのんびりすごせています」
上のナオお兄様と、下のトモお兄様の説明でホッとした。
家畜小屋は建て替えたのに、家は修繕すら出来ていないに違いない。
年老いた家畜優先だなんて、三人らしいわ。
でも、一度は帰って家畜たちに会いたいわね。
カミラとベルタが紅茶を運んで来てくれた。
二人は、ナルディ公爵家のバラ園の管理人レナウト師に分けてもらったバラの花びらで作ったローズティーを淹れて来てくれた。
香りを楽しみつつ、みんなで飲んだ。
まさかお父様やお兄様たちと自分のボロボロの家以外の場所で紅茶を飲むなんて。しかも、皇宮でまともな紅茶をである。
紅茶のカスみたいな茶葉で淹れた、出がらしとはわけが違うクオリティーよね。
「申し訳ありません。もっと送ればよかったですね」
皇太子殿下は、カップをソーサーの上に置きつつ言った。
一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。だけど、すぐに思いいたった。
金貨のことね。
「殿下、いいのですよ。たとえ金貨を百枚送ろうと千枚送ろうと、お父様たちは自分たちの為に使うことはほとんどないのですから」
皇太子殿下に顔を向けて告げると、彼は何かを言いかけた。が、その形のいい口から言葉は出てこなかった。