メグはしっかりやっているか?
「痩せた?そうかな。ああ、そうだ。それよりも、金貨を送ってくれてありがとう。おおいに助かっているよ。じつは、それを元手にして東の方の荒れ地を開墾していてね。もしかすると、それがハードで痩せたのかもしれないな」
「そうそう。父上の言う通り。メグ、金貨をありがとう」
「感謝しているよ、メグ」
三人ともそう言ってニッコリ笑った。
お父様の渋い美形には、苦労皺が幾つも刻まれている。
「あら?三人ともそのズボンとシャツ、まともじゃないですか」
三人とも同じような白いシャツにグレーのズボンを着用している。
白いシャツは、破けていたり黄ばんだりしていない。ズボンも破けていたり裂けていたりしていない。
「だろう?」
お父様は胸をはった。
「おまえに会いに行くからというので、町の服屋が売れ残りの訳アリ品を提供してくれてね。サイズが大きかったり小さかったりするが、贅沢は言っていられない。どうだい、少しはまともに見えるだろう?」
お父様だけでなく、お兄様たちもうれしそうに胸をはった。
よくよく見ると、たしかにボタンがほつれていたり袖が長すぎたりズボンの丈が短くてつんつるてんだったりする。
だけど、いつも着ているシャツやズボンに比べるとずっとずっとまともである。
わたしに会いに来るのに、まともな恰好をして来てくれたのね。
うれしいわ。やっぱり家族よね。
それはともかく、送った金貨はやはり自分たち自身のことより他に優先したのね。
自分たちの食べ物や身の回りのことは、後回しにしたのよ。
そこでハッと気がついた。
その金貨も、皇太子殿下からもらったものである。真実を知るまでの契約雇用のときと、真実を知ってからの終身雇用の分のお給金である。
「皇太子殿下、申し訳ありません。父や兄たちに会って、ついうれしくなってしまいまして。殿下のことを忘れていたわけじゃありませんよ」
うしろを振り返った。皇太子殿下と、そのうしろにいるカミラとベルタは驚き顔で立ち竦んでいる。
「殿下、父のケン・オベリティ。それから、双子の上の兄のナオ・オベリティ。下の兄のトモ・オベリティです。お父様、お兄様、こちらが皇太子のアルノルド・ランディ殿下です。えっと、わたしの雇用主、じゃないわ、一応夫なのかしら?」
紹介をすると、皇太子殿下はハッとわれに返ったようである。
疲弊している美形にやわらかい笑みを浮かべ、わたしの横に立った。
「これは皇太子殿下、はじめまして。メグの父親のケン・オベリティです。娘が迷惑をかけていなければいいのですが。それよりも、娘を通じて過分な援助をいただいて心からお礼申し上げます」
お父様たちは、自然な動作で優雅に礼を取った。
「というか、いまの紹介の内容は何?雇用主?それと、『夫なのかしら』ってどういうこと?」
上のお兄様が眉間に皺をよせた。
彼は、すぐに言葉尻をとらえるのよね。
「あー、それはね」
「メグ、そこは省いていい」
せっかく説明しようとしたのに、皇太子殿下にピシャリと止められてしまった。
「わたしたちのちょっとした関係性よ」
だから、そう言うにとどめておいた。
「『一応夫なのかしら?』って、失礼にもほどがあるじゃないか」
下のお兄様もすぐに揚げ足を取るんだから。
「だってわたしたち、つい最近仲良くなった……」
「メグ、そこもいいから」
イヤだわ。また皇太子殿下に止められてしまった。
「はじめまして。アルノルド・ランディです。メグをくださり、ありがとうございます」
「娘が何かしでかしていないといいのですが。何せ田舎者ですし、性格も素養もマナーもとんでもありませんから。無礼なことや失礼なこと、不愉快なことや憎たらしいことをしておりませんか?」
ちょっとお父様、ひどすぎない?
他人様の前では身内贔屓出来ないからって、いくらなんでもいまのは失礼すぎるわ。
でも、皇太子殿下がすぐに否定してくれるわよね。
「……」
えっ?どうしてだまっているの?
沈黙している皇太子殿下を、思わず見てしまった。
「やはり……。父上、だから言ったではありませんか」
「そうですよ。メグにはムリだったのです」
お兄様たちは、ここぞとばかりに断言した。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
そのとき、皇太子殿下が唐突に言った。
何が大丈夫なのかしら。ちっともわからないけれど。
「なんとか、大丈夫ですから」
はい?
「たぶん……」
はいいいい?
「おそらく……」
はああああ?
「父上、いまからでも遅くはありません」
「そうですよ。メグを田舎に連れて帰りましょう」
お兄様たちは、同時にわたしを指さした。
すると、皇太子殿下が笑いだした。続いて、お父様とお兄様たちも。
カミラとベルタも、皇太子殿下の後ろで笑っている。