宰相に罵声を浴びせる
「これはこれは、皇太子妃殿下。わざわざご足労くださり、誠にありがとうございます。最近は、皇太子殿下に連れまわされ、あっいえ、ご一緒に様々な領地を巡っていらっしゃってさぞかしお疲れのことと存じます」
執務室に入ると、宰相はすぐに立ち上がって執務机をまわり、こちらにやって来た。
「そうね。田舎を連れまわされていい気分転換になっているわ」
さあ、これでどう?いまの、とっても居丈高だったでしょう?
いまの傲慢な一言、自分で自分をほめてやりたくなった。
金ぴかの執務室内を無遠慮に見回した。
座ろうかと思ったけど、話をはやく終えたいからやめておいた。
「それで、用事かしら?忙しいから、さっさと用件を伝えて下さいな」
「では、さっそく。じつは、皇太子妃殿下のご家族をお招きしております。われわれも挨拶をさせていただきたいですし、皇太子妃殿下もお会いになられたいかと思いまして……」
「まぁっ、なんてことかしら。宰相閣下、気を遣っていただいてうれしいですわ。ふふふっ。もしかして、何か下心でもおありだったりして」
何かを含んだような笑みを浮かべつつ、嫌味を炸裂させた。
「とんでもありません。わたしはただ、一人皇都に出ていらっしゃった皇太子妃殿下が寂しい思いをされていらっしゃるのではないかと思いまして。何せ皇太子殿下は……、ですから」
宰相は、頭をふりふり答えた。その頭部には、赤ちゃんの産毛みたいな毛がチラホラ見える。
「そう。せっかくだから、家族水入らずですごさせてもらうわね」
「是非ともそうなさってください。客殿にいらっしゃいます。皇帝陛下と皇妃殿下もお会いするのを楽しみになさっておいでです。われわれ家臣も同様です」
そうでしょうとも。皇太子殿下をその地位からひきずり下ろす為に、わたしたち親子を利用しようとしているんですものね。
「では、さっそく会ってまいります」
彼に背を向け扉に向かいかけたけど、彼に強烈な罵声を浴びせるつもりだったことを思い出した。
「宰相閣下、海藻を食べた方がいいわよ。それから、レバーとかナッツ類とかも。このレシピ、使ってちょうだい」
手に握っている紙片を彼の手に押し付けた。
「その頭に効果のあるレシピばかりだから。あなたの頭、まだ間に合うはずよ。あきらめないで」
わたし、やるわね。
最高の悪口だわ。彼ったら、口をあんぐりあけている。
やったわ。
彼は、わたしのことを憎悪したくなるほど傷ついたに違いない。
宰相の執務室を、意気揚々とひきあげた。
皇太子殿下に会いに行った。
皇都に戻って来てから、まだ一度も会っていない。
とはいえ、昨夜戻ってきてから朝を迎えたばかりである。いずれにせよ、会う暇はなかったのだけれど。
皇太子殿下とは、表向きは不仲を装い続けることになっている。そんな状態でも、お父様やお兄様たちに会わせないというのはさすがに不自然かもしれない。だから、誘っていっしょに会いに行こうと思いついたのである。
皇太子殿下付きの執事に、殿下に会いたい旨告げた。すると、すぐに彼の部屋に通してくれた。
彼の寝室に来たのははじめてである。
驚くほどシンプルである。わたしのそれより狭くて何もない。
なるほど。
彼が自分自身で言っていたけど、たしかに皇太子のわりには冷遇されている。
この寝室内を見ただけでもそれを感じさせる。