極上の肥料
「メグ、期待しているぞ。皇子たちやその後ろ盾の連中に、きみの悪女っぷりを見せつけてやってくれ」
「了解。任せてください」
「だが、メグ。皇子たちの中には、きみをあの手この手で落とそうとする者がいる。けっして気を許すな」
「大丈夫ですよ、殿下。わたしは、あなたの妻なのです。そういう契約でしょう?他の皇子と契約したら、契約違反になります。そこのところは心得ていますから、安心して下さい」
「いや、メグ。そんな意味じゃない。そういうことは関係が……」
「さあ、そうと決まったら、皇都に戻る準備をしなきゃ」
「いや、メグ。待ってくれって」
リベンジよ。つぎはだれもが心の底からすごいって思えるほどの悪妻を演じるのよ。
皇太子殿下が何か言っていたみたいだけど、まぁいっか。
ボロボロの教会から飛び出し、早朝の鋭く澄んだ空気を思いっきり吸い込んだ。
バラのいい香りと肥料のにおいが混じり合ったものが、鼻をムズムズさせる。
このにおいは……。って、バラの香りじゃなく肥料の方だけど。すっごくいいにおいだわ。このにおいは、動物性の肥料ね。たぶん、だけど。
具体的には糞、ね。いったい、何の糞かしら?
知りたいわ。出来れば入手したい。何の糞かきいてみたい。
そうよ。お父様やお兄様たちに会えるかもしれないから、持って帰ってもらえばいいわね。もちろん、レナウトに分けてもらえれば、だけど。
田舎の痩せ細った畑に使いたい。
これは、いいお土産になる。
お父様やお兄様たちもおおよろこびしてくれるわ。
さっそく、レナウトにきいてみよう。
「レナウト師っ!」
教会の中に駆け戻り、レナウトの名を呼びまくった。
皇都に戻った。
皇太子殿下とわたしの不仲は、護衛の兵士たちにも見せ続けなければならない。
ナルディ公爵家の領地内を馬でまわった際、ちょっとだけ仲の良いところを見せてしまった。だから、皇都に向けて出発する際、皇太子殿下に不興を買ったふりをした。
皇太子殿下が、お父様たちへのお土産にちょうどいい具合に難癖をつけてきた。
レナウト師は、荷馬車いっぱいの極上のブレンド肥料を気前よく譲ってくれた。よりにもよって、そのにおいが「くさい」だの「鼻がもげそう」などと言ってきたのである。
信じられないわ。こんなにいいにおいなのに。
レナウト師は、バラや庭園の植物に自分メイドの肥料を使っていた。
残念ながら、その材料や製法は教えてもらえなかった。
だけど、譲ってくれた。
今後、取りに来てくれるなら譲るとも約束してくれた。
実家からナルディ公爵家はむちゃくちゃ遠いわけではない。だけど、そんなに近いわけでもない。今後、取りに来れるかどうかはわからない。
だけど、もしかしたらどんな糞が使われているのかくらいは、お兄様たちがわかるかもしれない。
だったら、まったくおなじものは無理でも、近い肥料が作れるかもしれない。
お兄様たちに期待、よね。
それはともかく、出発前に皇太子殿下とひと悶着あるよう振る舞った。
結局、皇太子殿下は怒ってラウラと馬車に乗ってしまった。
そしてわたしは、荷馬車に乗った。だれも荷馬車を馭してくれなかったからである。
レナウトがシートを持って来て荷台にかけてくれた。
せっかくのいいにおいなのに、そのシートでやわらいでしまった。
そうして、出発した。
道中、みんな疲れているのか口数が少なかった。
ちなみに、第三皇子とカウラとベルタは、一足先に戻ってしまった。
そうして、 第三皇子のナルディ公爵家の領地から皇都まで旅は順調に続き、あっという間に終わった。
無事に皇都に戻ることが出来た。
いいえ。違ったわね。
皇都までは、たしかに順調だった。皇都までは。
最初に問題が起ったのは、皇都に入るときだった。
荷馬車がひっかかったのである。