まさかの寝落ち?
テラスへと続くガラス扉から、月光が射し込んでいる。その強烈なまでの自然の光は、灯りよりもよほど明るく感じられる。
なんてこと……。
皇太子殿下は、寝台に横になって待ちかまえているみたい。
モフモフスリッパが、大理石の床上で可愛らしく並んでいる。
もうどうにでもなれ。
覚悟よ覚悟。彼のことはまだよくわからないけど、興味はかなりの勢いでわいてきている。だから、すこしずつでも心を開いていけそう。
うん。きっと好きになれそう。
だからいいわよ、ね?
お父様もお兄様たちも許してくれるわよね?
ソロソロと寝台に近づいてみた。悪いことをしようとしているわけでもないのに、なぜか気配を消してしまう。
「殿下、お待たせいたしました」
こんな感じ?しおらしく寝台にすべりこめばいいの?
恋愛小説の夜の一場面を思い出しつつ、その通りにやってみた。
「殿下?」
が、返事がない。
ちょっとしおらしすぎたかしら?もしかして、きこえなかった?
「殿下、その、そちらへ行ってもかまいませんか?」
反応なし。
庭園で虫が合唱している。
「殿下、側に行きますよ」
イラッときた。
小説なんかによくあるように、こういうときになったら急にカッコをつけたり態度がデカくなったりする男がいる。
皇太子殿下って、もしかしてそういう類の男なのかしら。
寝台のすぐ横に立ってみた。
「殿下っ!」
室内に響き渡るような大声で呼びかけた。
が、まだ反応がない。
まさか死んでいる?
小説でっていうか、現実世界でも腹上死なんてことはあるわよね。だけど、待っている間に死ぬっていうのはアリなわけ?
だったら大変。冷静に状況を把握している場合じゃないわ。
動転している。それでも、意識のない人の体に下手に触ったり揺すったりしてはいけないということくらいはわかる。
皇太子殿下とおそろいのモフモフスリッパを脱ぎ捨てながら、ムダに広い寝台に飛びのった。膝立ちで彼に近づき、美形をのぞきこんでみた。
「グー」
え?
「スピピピピ」
ええ?って、眠っている?
彼、わたしを待っている間にまさか寝落ちしちゃった?
それにしても、寝顔も美しいわね。
月光を受け、寝落ちしたその顔は血色がよく美しい。
手を伸ばすと、指先で頬をツンツンしてみた。
が、感じないみたい。正確には、気がつかないほど眠っている。
そうだわ。彼がラウラに眠り薬を盛って眠らせてヤッたふりを装ったように、わたしをヤッたようにみせかけられないかしら。
夢うつつの中でヤッちゃったとか?
とりあえず横で眠っておいて、彼が起きた時点でヤッちゃった後っぽく振る舞ってみたらどうかしら。
ダメもとよ。それでいっちゃえ。
後日、ほんとうにヤッたときに「え?」ってことになったら、ごまかせばいいわよね。
だって、彼も待っている間に寝落ちしちゃったなんて情けなく思うでしょう。残念でならないでしょう。口惜しくなるでしょう。
これは嘘じゃない。なにより、彼の為である。
寝台を降り、あらためて上掛けをめくってそこに滑り込んだ。それから、彼の横に落ち着いた。
横顔を見つめつつ、これは皇太子殿下の為と自分に言いきかせる。
わたしたちは、たしかにいっしょに寝る。寝ることに間違いはない。
もう少しだけ彼に寄り添った。小さな鼾がきこえてくる。それが耳に心地いい。お父様やお兄様たちのそれより、どこか上品でやさしく感じられなくもない。
右頬を彼の左上腕部にくっつけてみた。
不思議と緊張がとれ、心が安らいでくる。
目を閉じた。
これがわたしたちの初夜なん……だ……。
そして、意識が途絶えた。