夫婦がやること
「その、なんというか……。メ、メグ、おれたちは夫婦、だよな?」
手をぐっとひっぱられてしまった。当然、寝台の上に倒れこんでしまう。
すると、彼がわたしの上半身を受け止めた。
「きみの夢はまだかなえられそうにないが、その、はじめての夜は夜だよな?」
すっかり油断していたわ。
てっきり、彼は体力も気力もなくしているかと思っていた。きっと食事とマッサージで回復したのね。
わたし、どうするの?
夫婦は夫婦だわ。彼の言う通り、今日が本当の意味でのはじめての夜であることには間違いない。
だけど、まだ心の準備が出来ていない。
田舎から皇都に出て、おざなりの婚儀とパーティーのときには、それなりの覚悟はしていた。
しかし、婚儀やパーティーでの彼の無視っぷりとその後の「雇用結婚だから」話を叩きつけられ、もうこの美形とはそういう行為はぜったいにないと確信した。
それがいまになって、そういう雰囲気で迫られている。
すっきりくっきり切り替えられるわけがない。
時間が欲しいわ。せめて心の準備をしたい。
さすがに拒むわけにはいかないでしょうから。
って、もしかして拒める?拒むのあり?
胸元から彼の美形を見上げてみた。
うううっ……。
彼、めちゃくちゃ期待しているわ。ヤル気満々みたい。
ここで拒んだら、彼はシュンとしちゃうわよね。
だったら、とりあえず……。
「殿下、仰る通りです」
彼に同意した。
笑顔でと言いたいところだけど、ひきつっているようにしか見えなかったでしょうね。
「あー、それでは殿下。わたしもお風呂に入り、身支度を整えて来てもよろしいでしょうか?」
時間稼ぎである。いずれにせよ、身を清めたい。その間に心の準備をすればいい。
彼の表情がパアッと輝いた。
室内の淡い光よりもずっとずっと明るい表情に、わずかながら罪悪感を覚えてしまう。
「もちろん。待っているよ。急いで、あっ、いや、ゆっくり入ってくるといい」
つい本音が出てしまったのね。気がつかないふりをしてあげるのが、レディよね。
「ありがとうございます」
彼ににっこり笑いかけてから、浴室へと向かった。
「メグ、待っているから」
背中に彼の緊張をはらんだ声があたった。
あれこれと想像や推測をしつつ、不安と怖れにさいなまれてしまっている。だから、どこをどう洗ったのかもわからない。
どれほどの時間が経ったのかはわからない。だけど、そんなに経ってはいないはず。大分と伸びてきた髪を拭きながら浴室をあとにした。
皇都に出て来てから、短かった髪を伸ばしはじめた。田舎では家事や農作業などの作業の際に長い髪は邪魔になる。だから、いつも兄のどちらかに切ってもらっていた。兄たちは、絵心だけでなく髪を切るのもうまい。切ってもらうたび、どこからどう見ても「兄ちゃん」に見えた。恰好も兄たちのお古の服なので、村や町を歩いていても「兄ちゃん」にかならず間違われた。
さすがに皇宮では「兄ちゃん」はまずい。一応皇太子妃だし、レディっぽい恰好をしておかないと。というわけで、恰好もズボンとシャツからスカートやドレスにかえた。
すぐに慣れたけど、やはり乗馬服みたいにズボンの方が動きやすいというのが本音である。
正直なところ、伸びてきている髪も鬱陶しいことこの上ない。
これがブロンドやブラウン、それからはっとするような赤色だったらきれいに違いない。
あいにく、わたしのはほぼ黒色である。光のかげんによったら、くすみまくっているブラウンに見えなくもないけど。しかも、鋼でも入っているんじゃないかっていうほどの剛毛である。
毛先は、針みたいだからちょっとした武器になる。
そんな髪だから、伸ばせば伸ばすほど怖ろしい状態になる。
そうよね。伸ばすのは、肩位までにしておかないと。
そんなことをかんがえているものだから、室内の灯りが消えていることに気がつかなかった。