至高のマッサージ
「すこしはリラックス出来ましたか?」
「ああ。ありがとう。わざわざバラの花びらを取りに行ってくれたんだろう?」
「わたしの為にがんばってくれた殿下への感謝の気持ちです。さあ、殿下。寝台に横になってくださいな」
ムダに大きな天蓋付きの寝台を手で示した。
大人でも三、四名は余裕で眠れそうなほどのキングサイズの寝台である。
マットは分厚く伸縮性があり、布団はふっかふか。
実家では、藁の束を幾つも並べてそこにボロボロのシーツを敷いてマットがわりにしている。上掛け代わりの毛布は、つぎはぎだらけのボロボロである。そんな寝台もどきに比べたら、天罰が下りそうなほど素晴らしい寝台である。
ここに来て、これまでこの寝台を使っていたのはわたし一人である。皇太子殿下とは一応夫婦のていであるから、この貴賓室を準備してくれていた。
だけど実際のところは、わたしたちはほんとうの意味での夫婦ではなかった。だからわたしが寝台で眠り、皇太子殿下は豪華なソファーで眠っていたのである。
皇太子殿下は、寝台に近づくと思いっきりダイブした。
まるで子どもね。
そういえば子どもの頃、双子の兄たちも藁の寝台にダイブしていたっけ。
藁が崩れ、藁だらけになっていた。
いまではいい思い出だわ。
藁だらけの兄たちの顔を思い出しつつ、皇太子殿下のマッサージをはじめた。
「ああ、気持ちいい」
皇太子殿下はうつ伏せで枕に顔を埋め、何度も何度もつぶやいている。ときおり「ううっ」とか「うっ」とかうめくのは、わたしの力が強すぎるのかツボがドンピシャなのに違いない。
お父様やお兄様たちにも、よくこうやってマッサージをやった。
農作業や土木作業など、とにかく全身を使ってする作業が多い。とくにお父様は、年齢的なものもある。体中悲鳴をあげはじめることも少なくない。
図書館から遠い東の国のマッサージやツボの本を借り、これぞという技術や施術方法はノートに書き写しておいた。
けっして上手いわけではない。しょせん本から得た知識だし、ピンとこなかったりわかりにくいところは想像や適当にアレンジしているのだから。
それでもお父様もお兄様たちも、いまの皇太子殿下同様「気持ちいい」と言ってくれていた。
やる側とすれば、それほどやり甲斐の出る言葉はない。だから、ついついはりきってやりすぎてしまう。
翌日、三人は揉み返しなるものに悩まされることになる。
何でもやりすぎはよくないのね。
そうだわ。いまも皇太子殿下があまりにも気持ちよさげにしているから、ついつい調子にのってやりすぎてしまうところだった。
危ない危ない。
「殿下、この辺りでやめておきますね」
最後に腰の辺りをやわらかくさすり、終了を告げた。
「メグ、きみは何でもすごいな。物知りだし何でも出来るし。とにかくありがとう。気持ちよすぎて、もう少しで眠ってしまうところだった。それに、全身がポカポカしているよ」
「それでしたら、明日にでもまたやりましょう。マッサージは、最初はやりすぎは禁物なのです。揉み返しといって、筋肉にある膜や繊維が損傷して炎症を起こしてしまうことがあります。ですが、眠いとか体があたたかいというのはいい兆候です。逆らわないで、このままおやすみになったほうがいいでしょう」
皇太子殿下がうつ伏せから仰向けにかわるのを手伝いながら告げた。
ずいぶんと物憂げである。
「いや、まだだ」
枕の高さを整え、皇太子殿下の体に掛け布団をかけていると、その手をつかまれてしまった。
ドキッとした。
意外にも、彼の握力は相当なものである。
「な、何か足りないものがございますか?お水でしたら、後程サイドテーブルに準備しておきます」
「いや、ちがう。そうじゃない」
せっかく眠る体勢になっているのに、彼は掛け布団をはいで上半身を起こした。
そして、なぜかわたしの手を握ったまま寝台の上に正座をした。