意地っ張り
「メ、メグ、何も言わなくてもいい。きみは、制限時間を設けてはいないだろう?どれだけ時間がかかろうとも、かならずややり遂げる。だから、きみは心配しなくていい」
皇太子殿下は何とか息を整え、もう何十度目かの宣言をした。
宣言をされすぎて、もはや説得力も何もない。
何より、いろんなことがいろんな意味で心配せずにはいられない。
それに、お腹が減りすぎて目が回ってしまいそうだわ。
「あの、殿下。お腹がすいていませんか?」
もうガマン出来そうにない。
田舎にいた頃は、食べる物がなかったからつねに空腹だった。だから一日や二日くらいなら、お水さえあれば何とか平常心のまますごせた。だけど、しばらくの間ちゃんと食事が摂れる環境にいたから、いざ食べられない環境になると空腹感が半端ない。叫びだしたくなるほどガマンが出来なくなってしまう。
どうしましょう。
もしも離縁でもされれば、田舎に戻って以前の暮らしが出来るかしら?
そんなことより、お父様とお兄様たちは、いまこのときでも食べ物のない生活を送っている。
皇太子殿下のはからいで、何度か金貨に手紙を添えて送った。男三人、ここ数年間は充分食べていけるだけの枚数である。
だけど、彼らがそれを食費にまわしているとはかんがえにくい。
いつも助けてくれている村や町の人たちにお礼をしたり、ボロボロの家の修繕費にしたり、荒れ地の整備、農作物や家畜たちの用具や肥料や飼料を買いこんだり、もろもろのことに使っているはず。その上で、町や村で自分たちよりもっと困っている人たちに援助しているかもしれない。
自分たちが食べることは、最後の最後。
ということは、あいかわらず食うや食わずやの生活を送っているかもしれない。
そのことに思いいたると、急に恥ずかしくなった。情けなくなった。
皇太子殿下のつまらない意地に付き合い、一食や二食食事が出来ずに飢え死にしそうなほど空腹になっても、たいしたことはないはずよね。
「そうだな。たしかに腹が減っている。そうか。腹が減っているから力がでないんだな」
「そうですよ、殿下」
パアッと表情が明るくなった皇太子殿下に、大きくうなずいて同意した。
ついさっき、飢えている家族に思いを馳せていたのに。そんなこと、ぶっ飛んでしまった。
やはり、空腹感には勝てない。
食事にありつけるのなら、わたしが彼を皇子様抱っこして屋敷内の食堂まで走って行ってもいい。
「ならば、食事をしてから続きをしよう。この場所に、こうして……」
皇太子殿下は、乗馬靴の先端で地面にハートのマークを描いた。
まぁ……。可愛いところあるじゃない。
「印をつけたから、食事後に戻ってきてここからまた再開する。それでいいね?」
「殿下、もうほんとうにいいのです。ここまで運んで下さっただけで、わたしの夢はかないました」
「ダメだダメだ」
彼は、美形を左右に振った。それはまさしく、頑固な老人を思わせる。
「そうだ。いま決めた。食事をして体力が回復するごとに続きをする。さすがに、ずっとナルディ公爵家にいるわけにはいかないから、ここで続きをすることは出来ない。だが、いまここにいる場所から屋敷内のおれたちの寝室までの距離と皇宮内の食堂からわたしの寝室までの距離は、まったく同じではないが同じ位の距離だ。ということは、皇都に戻って続きを行ってもいいわけだ。場所はかわってしまうが、それでもいいかな?それだったら、何年かかってでも達成してみせる」
ちょっ……。
いまの彼の発言のほとんどに問題がある気がするのだけど。
「婚儀を行った会場から寝室まで伴侶にお姫様抱っこして運んでもらう」というわたしの乙女チックな夢は、彼の中で国家レベルの壮大なプロジェクトにとってかわってしまっている。
いいえ、違うわね。
食後の腹ごなしのウエイトトレーニング化しているわ。
「そうと決まったら、さっそく食事にしよう」
彼は呆れ返っているわたしの手を握ると、そのまま屋敷のある方へ駆けだした。
彼にひっぱられながら、ふと思った。
お姫様抱っこの後には、もちろん初夜が控えている。
ということは、彼はこのさき何年も初夜を、というよりかは初夜に当然すべき行為が出来ないということである。
そこまでかんがえての決意だったのかしら?
まぁ、いっか。とりあえず、食事よ食事。