【続】第一章のあらすじ
「メグ・オベリティ、きみとはあくまでも雇用者と被雇用者の関係だ。この結婚の意味をはき違えないようにしてくれ。おれはきみを愛していないし、愛するつもりもない。きみのことは、隣国から亡命してきた国王の孫だということくらいしか知らないし、それ以上のことを知ろうとも思わない」
スカルパ皇国の皇太子アルノルド・ランディとわたしの婚儀があったその夜、彼はわたしにそう言った。
初夜を迎えるはずだったのに……。
彼のその宣言には、正直面食らった。だけど、すぐに頭の中で切り替えができた。
この婚儀の話じたいが胡散臭かった。そして、婚儀やパーティーはおざなりで、皇太子殿下はわたしではなく愛人を侍らせていた。
これがおかしいっていうことくらい、いくら田舎者のわたしでもよくわかる。
それに、わたしだってあなたのことはスカルパ皇国の皇太子ということくらいしか知らない。それから、めちゃくちゃ美形ということね。
いずれにせよ、初対面で知らない男を愛しているなんてことぜったいにない。一目惚れ?そんな暇もなかったわ。
だって、はじめて口をきいてきたと思ったら、予想も推測も想像も出来ない未知の宣言をしてくるような男を、一目惚れしかけたとしてもそんな情熱すぐに萎えちゃうわよ。
というわけで、わたしだってあなたと同感よ。
「承知いたしました」
だから、とりあえずそう答えておいた。
すると彼は、愛している女がいるということ、その愛妾が身籠るまでわたしを雇うということ。この結婚はあくまでも雇用契約であって、愛妾が身籠るまでの契約であること。愛妾の心象をよくするため、わたしには悪妻を演じること。そんなもろもろの契約内容をまくしたててきた。
そんな訳の分からない契約内容より、「それなりの金を渡してやる」、この一語がわたしの心を大いに動かした。
いいえ。感動をあたえたと言ってもいい。
「承知いたしました」
そう答えた。
実家にいる父と双子の兄たちを脳内に思い浮かべながら、神妙に了承したのだった。
そしていま、真実を知って驚いている。
真摯に語る皇太子殿下を見つつ、頭の中で整理をしてみた。
彼が最初に「愛している女」がいると言ったのは、ラウラ・ガストーニという皇族付きの元侍女である。
わたしは、彼女が懐妊するまで雇用されるはずだった。
そして、ラウラが懐妊するまで出来るだけ悪妻っぷりを発揮し、皇族や皇宮のあらゆる人たちから嫌われる。そうすれば、皇太子殿下はラウラが懐妊したタイミングでわたしとは離縁すればいい。
「こんな悪妻では、皇太子妃として務まらない」
という理由で。
そこで、彼はラウラを妻に迎えるという筋書きだった。
だけど、ラウラはちょっと、いいえ、かなり残念な人だった。
すでに懐妊していたけど、だれの子どもかわからない。少なくとも皇太子殿下の子どもでは絶対にない。だから、彼女は侍医に媚びを売ってそれを隠していた。さらには、彼女は皇太子殿下の寵愛を受けつつ、他の複数の皇子やら貴族やらとつながっていた。
結局、彼女は第一皇子や宰相の手駒にすぎなかったわけである。
皇太子殿下を失墜させる為の……。
一方、皇太子殿下はそれに気がついていた。気がついていた上で、わざとだまされたふり、というかほだされたふりをしていた。
ラウラが特に親しくし、子どもの父親はそうじゃないかと疑っていた人物がいる。第三皇子フレデリク・ナルディである。しかし、彼はじつは皇族の諜報員を務めるナルディ公爵家の出身で、皇太子殿下の為に働いていた。
ラウラは懐妊をだまっていたばかりか、その子どもの父の存在を皇太子殿下と偽るつもりだった。それだけでなく、彼女は皇太子殿下に出自をも偽っていた。
「モンターレ王国の王女になるはずだった者」
ラウラは、皇太子殿下にそんなふうに告げたのである。
たしかに、彼女はわたしにもそう名乗った。
わたしこそが、そうであるにもかかわらずである。
もっとも、わたしは「王女になるはずだった者」ではないけれど。
祖父がモンターレ王国の国王だった。政変と内乱で王国を追われ、王妃である祖母と父である王子と母である王太子妃、さらには双子の兄たちを連れ、祖母の故国であるこのスカルパ皇国に亡命してきた。
わたしは、その数年後に生まれたわけである。
皇太子殿下は、ラウラの「王女になるはずだった者」発言に興味を抱いた。
彼は、最初から彼女がその存在ではないとわかっていた。
ラウラにその存在を知らせ、出自を偽るよう使嗾したのは、第一皇子か他にお付き合いしている「だれかさん」なのかもしれない。
それはともかく、皇太子殿下はその存在に興味を抱いた。ラウラのことではない。「王女になるはずだった者」、にである。
そして彼は、第三皇子に調査を依頼した。
第三皇子は、わたしと家族のことを調べ上げた。そして、それを皇太子殿下に報告した。
皇太子殿下は、なぜかさらに興味を抱いた。
「フレデリクからきみのことをきいた瞬間、なぜかきみのことが気になって仕方がなかった。会ったこともないのに、だ。彼からきみの様子をきくにつれ、きみこそがおれの探し求めている女性だと確信した」
彼曰く、そんな感じらしい。
話をきいただけで、わたしこそが彼が探し求めている女性だと確信出来るなんてすごすぎるわ。
それがわたしの正直な感想。
もちろん、本人にそんなことは告げなかったけど。
皇太子殿下は、よりにもよって皇太子妃としてわたしを招いたのである。
そこは普通、婚約者とか婚約者候補にしないかしら?
皇太子殿下にとって、わたしは見たことのない話をきいただけの存在。それは、小説や物語の中の登場人物のようなものである。しかも第三皇子は、わたしの育ちや家族の背景を調査したにすぎない。
性格がめちゃくちゃ悪かったり、かわっていたりしたりするかもしれない。
もっともわたし自身、町や村といった最低限の人としか付き合いがない。その人たちに性格のことや社交性、その他もろもろのことで指摘をされたことはないのだけれど。
だけど、それはただダイレクトにされたことがないだけで、じつは裏や陰でいろいろ言われているということはかんがえられるわね。
わたしってば、たしかにかわってるところがあるから。
それはともかく、わたしをよく知らないのに皇太子妃として迎えた皇太子殿下って、いろいろな意味ですごいわ。
それで結局、皇太子殿下はわたしが形だけの婚儀のパーティー中に貴族子息たちに愛想を振りまくっていたのが気に入らなかった。だから、その腹いせに雇用結婚のことを叩きつけてきた。
わたしはわたしで、雇用契約後は言葉は悪いけどお給金の為に彼の期待に応えようと必死だった。
思いっきり悪妻を演じた。
皇宮内外のすべての人たちに嫌われようと、呆れられようと、必死でがんばった。
だけど、どうやらそのすべてが逆の効果をもたらしていたらしい。
おかしいわね、って不思議でならない。
だって、あれだけ他人に不快感をあたえる言動をしてきたのである。それがよろこばれたりうれしがらせたりしたのよ。
きっと、都会の人たちの感覚がおかしいのね。
そういうことにしておきましょう。
都会の人の中には、皇太子殿下も含まれていた。
皇太子殿下もまた、わたしの行動が逆に作用してしまった。
だけど、彼の場合はそれでよかったのかもしれない。
なぜなら、彼自身をいい方向へかえたのだから。
っていうか、わたしに対して素直になったというか心を開いてくれたというか、そんな感じかしら。
とりあえず、彼と少しだけ歩み寄れた。わずかでも仲良くなれた。
わたしも、彼に対してわずかでも興味を抱いている。
自分でも驚きだけど。
皇太子殿下と第三皇子とわたしとで、って言っても、わたしはほとんど何もしていないけど、とにかく、ラウラを追い詰めた。隣国の王太子夫妻の前でキレまくった彼女が謹慎になり、その彼女に懐妊や出自のことで皇太子殿下をだまそうとしたこと、それからいまだにその他大勢の男性と関係があるということを暴いたのである。
彼女は、皇都で収監されることになる。その彼女を操り、皇太子殿下をどうにかしようと画策している連中は、いまからどうにかされることになる。第三皇子が動いてくれているはず。
その連中が、皇太子殿下の命を狙ったりちょっかいを出してくるかもしれない。
だから、しばらくの間第三皇子の領地ですごすことになった。