クリスマス特別SS リゼ <2/2> 現代パロディ版
それにしても大きな家だなぁ、とリゼは目を丸くする。
インターフォンを押すと時を殆ど待たずして、ジェイクが応答してくれた。
特に彼が外の門扉を開けに降りてくれるというわけではなかったが――
ガシャン、という金属音と共に頑丈そうな門扉が自動で横に開かれる。
入れ、ということらしい。
ハイテクぶりに恐れ戦きながら、リゼは「失礼しま~す」と敷地内に足を踏み入れた。
きょろきょろと周囲を見渡すが、和洋折衷のモダンな景観に圧倒される。
「よく来たな! 寒かっただろ?
ほら、早く入れよ」
大きな屋敷としか言えない玄関の扉が開き、ひょっこりとジェイクが姿を見せる。
「う、うん。
お邪魔しま~す」
この大豪邸に比べたら、自分の住んでいる家は一体……という格差社会を実感してしまうリゼである。
「あの、今日は呼んでくれてありがとう」
全くの手ぶらで人様の家を訪ねるわけにもいかない。
なけなしの小遣いで買っておいた焼き菓子を彼に渡し、促されるまま家の中に入る。
「親父もお袋もいないから気を使うなよ?」
お金持ちの家というのは、休日に両親が不在というイメージがある。どうやら彼の家もそうらしいが、全く二人きりという感覚にならなかったのは――
廊下ですれ違うお手伝いさんと思しき人達のせいだ、間違いない!
改めてとんでもないところに来てしまった、とリゼは場違いさを感じてスリッパのまま逃げ出したくなる衝動に必死で抗っていた。
※
「知ってた……
知ってたけど、ほんっとジェイクの家ってお金持ちよね!?」
彼の部屋に通され、リゼは頭を抱えて苦悩の表情を浮かべる。
ようやく二人きりというスペースに辿り着いたものの、遠かった……!
普段彼は自分の親の話や経済状態の事を誰かと話したり態度で示すようなこともない、ごく普通の男子高校生だ。
しかし一度ここを訪れれば、それは世を忍ぶ仮の姿ではないかと穿った目で見たくなる。
「まぁ、普通の家よりはな?
でも別に俺が稼いでるわけでも、偉いわけでもないし」
金持ちの御曹司として限りなく理想に近い反応ではなかろうか。
親の立場を嵩に着ることもないし、虎の威を借るわけでもなく。
当然反抗的な態度を見せるわけでもなく、限りなく自然体の言動にリゼは一層言葉に詰まる。
「まぁ、座れ座れ。
今日くらい勉強の事は忘れてゆっくりしていけよ」
「あ、ありがとう……」
広々とした彼の部屋をぐるっと眺めたまま、立ち尽くしていた。
柔らかいカーペットの上に四角いガラスのテーブルがあり、その上には既にお菓子やジュースが用意されていた。
カーペットの端にスリッパを揃えて置いて、リゼは恐る恐る室内に入り込む。
モノトーン調の内装はこれが男子の部屋なのかと大変興味深かった。
冷蔵庫もあるし大型のテレビもデスクトップのパソコンも、そして無駄に大きなベッドに――奥の空いたスペースにはランニングマシーンやダンベルまであるようだ。
その体格を維持しているのだから相応の訓練はしているのだろうが。
「ケーキはまた後でな。
いやー、一日中一緒にいるのってホント久しぶりだな」
「この間の誕生日以来だったような……
あ、このコート、ありがと。
凄くあったかかった」
いつまでも部屋の中でコートを着ているままではいけない、と。リゼは慌てて防寒具を脱ぐ。
脱いだ後手に下げるだけで、暖かいファーの部分が手の甲に当たってモコモコで気持ちいい。
「だろ?
学校の奴ってペラッペラだから寒いよな」
とりあえず彼に促されるままテーブルの前に座り、オレンジジュースが入ったコップを眼前に持って来てくれる。
無造作に向かいに腰を下ろす彼は自分の分のグラスを上から掴み上げ、明るく笑っていた。
メリークリスマス、と彼が軽く定型句を発すると、リゼもグラスを手に取って同じようにぎこちなく復唱した。アニバーサリー的な事はおろかイベント日に一切のこだわりもない性格のせいで、楽し気にとはいかなかったのが悔やまれる。
別に普段会話をするときに緊張する相手ではなかったはずだ。
学校や下校途中に話をするとき、彼の気さくさに惹かれていった。少々――いや、かなりデリカシーに欠けているところもあるけれど。
頼りがいがあって優しい彼の事は好きだ。
「しっかし、フツーに大学受けるのも大変だな。
毎日毎日遅くまで勉強ばっかりだろ?」
「人生に一度くらい、頑張らないといけない時期ってあるでしょ?
国公立でロースクールに通うなら今の志望校が良いし」
「お前どんだけ試験好きなんだよ、この上法曹関係に進むのか」
「弁護士も良いなーって思ってたけど、ジェイクが警察官になるなら検事目指すのも面白いかもね」
何も考えずポロッと口に出してしまったけれど。
この言い方ではまるで将来の事を考えているような浮かれた話しぶりではないか?
まだロースクールどころか、大学受験だって終わっていない高校生だというのに、鬼が笑うどころの騒ぎではない。
それから徐々に、教室でいつも話す調子が戻って来た。
緊張を感じる事無く話が出来るまで現状に心が慣れて落ち着いたということに内心ほっとする。
彼氏と部屋に二人っきりだと言っても、自分達はまだ学生である。
しかも彼の親は警察機構に所属しているしっかりした人で、ジェイクも根は真面目なことは分かっている。
まだ高校生だし。
何かが起こるはずもないだろう。
うん、きっとそうだ。
※
現に、一緒にDVDを観る時間までは、平和だった。
日頃の勉強づくめ、やはりただの学期末試験ではなく人生がかかった大学受験ということで心理的なストレスも大きかったのだと知る。
何も考えず脊髄反射で会話が続く、気安い関係はとても心地よい。
だが――
ソファに並んでDVDを観ていると、ふと気づいた。
なんか、近くない?
大きな皮張りのソファは、余裕を持って四人は座れるだろう。
最初は人一人分くらいジェイクとの間にスペースが空いていたはずが、映画が中盤に差し掛かった時には真隣に彼が寄って来ていた。
気のせい?
逆方向に逃げ出すのも失礼かなと思って硬直していると、いつの間にか自然な形で肩に手を回されているではないか。
映画の内容が全く頭に入ってこない。
探偵シリーズの推理モノだから、考えて観たいと思っていたのに。
パァンと音を立てて、頭の中がクラッシュした。
これが恋愛モノ、ラブロマンス系の映画だったらギリギリ分からなくもないけれど。
目の前の殺人事件にパニックになっている役者たちを呆然と眺め、リゼは完全に硬直して動けなくなってしまった。
嬉しくないわけじゃない。
だけど急に肩を抱き寄せるようなアクションを起こされると、一ミクロンも免疫のないリゼには何をどう反応したら良いのかさっぱりわからないままである。
膝の上に乗せた両手をぎゅっと握って拳を作る。
横を向いたら、彼の顔があるのだろうかと思うと恥ずかしくて身じろぎも出来なかった。
「……お菓子……。」
「ん?」
「何かお菓子、もらって……良い?」
ここは距離感をリセットするべきだ。
そうしないとこちらの心臓が持たない。
まだ午前中、お昼もまだだというのに!
このままでは何かがヤバい、とリゼの頭の中で何かが警鐘を鳴らす。
「持ってくる。
……そこのポッキーで良いか?」
彼がソファから立ち上がると、その振動でリゼの体も横にフラッと揺れた。
この際ポッキーだろうがトッポだろうがポテチだろうが何でもいい!
平常心を取り戻そうと、腹の底で気合を入れて力強く頷いた。
「うん、ありがと――」
しかし事態はリゼの想像を遥かに超える領域に突入していた。
再びソファに戻って来たジェイクを迎えたはいいものの、再び絶句し目を見開いた。
何故か彼はポッキーの持ち手の方を口に咥えて、反対のチョコ部分をリゼの方に向けていたのである。
……は??
刹那、彼が何をしているのか全くピンとこなかった。
しかし彼は無言でじーっとこちらを凝視している、その位置は先ほどと同じくとても近い。
要はこのポッキーを食べろということか!?
聞いたこともない光景に、リゼは頭の中で感情が荒れまくり、上を下への大騒ぎ状態だった。
冗談止めてよ、と軽く笑ってそのポッキーを指で抓んで取ればいいのか。
そうすればこの膠着状態から抜け出すことが出来るのか。
……間接キスになるのか!? あああ分からない……
今ならまだ、ただの冗談で終わる話だ、と思う。
心臓が嘗てない程荒れ狂っていた。
ドキドキのあまり血圧が急上昇している気がする。
にこりともせず、真剣な橙色の瞳と視線が合ってしまった。
ふとした瞬間に真顔になって見つめられれば、それだけでこちらの顔も赤くなる。
美形はズルい、と心底悔しく思うくらいだ。
ポッキーの先が、小刻みに振動している。
今の状況を無かったことにするのは、とても容易い。
誰もいない部屋の中、何が起こっていても誰かに見咎められるわけでもないし。
あー吃驚した、の一言で終わる話……なのだけど。
指の先が震える。
恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうだ。
肚を括り、リゼは眼前で揺れる細いチョコ棒の先を同じように”かぷっ”と口に咥えた。
……咥えて齧るのは良いのだが。
これはこの先、どうすればいいのだ?
両方の端っこを咥えたまま、双方がそれを食べ続ければどうなる?
いともたやすく導き出される答えに、背中にびっしりと汗が貼り付く。
空調は丁度いい温度を保っているはずなのに、自分の周囲だけ一気に気温が上昇したように感じた。
ポリ……、とクッキー齧る音がする。
少しずつ、パキッっと小気味よい音を立てて。
徐々に短くなっていく棒の先、それに反比例するように近づいてくる彼の顔。
口からポロッと離してしまえば済む話なのに、金縛りに遭ったように動けない。
分かってる。
互いの睫毛が触れるのではないかという至近距離に、好きな人がいるのだ。
「………!」
顔の上から覆いかぶさられ、ぎゅっと抱きすくめられる。
顎を掴まれた後、唇の間に挟んでいただけの最後の棒部分も食べられてしまった。
初めてのキスは、最初から最後までチョコの味だ。
冗談のような行動を起こしたのは彼で、それに乗ったのは自分。
「――リゼ」
一度触れ合った唇同士が離れると、甘ったるい吐息が鼻にかかる。
どうやら自分は無意識の内に彼の背に手を回していたらしい。
咄嗟の行動にしては、心に忠実すぎやしないか。
理性で考えようとしているのに身体が勝手に動くのだから。
もうどうしようもない。
好きだ、と何度も耳元で囁かれるその低い声に背筋がゾクッと戦慄いた。
恋人同士っぽいことなど今まで頑張って来た記憶もないのに、一気にあらゆる状態を飛び級してしまった気がする。
吹っ切れてしまったというわけではないが、確実に雰囲気というものはあると思う。
自分達だけしかいない空間で、誰にも見られることなく相手に触れられる機会というのもそうあるものではない。
気が付いたらジェイクの膝の上に乗せられていて、何度目かのキスをした。
何だか完全に見透かされ、掌の上で踊らされていたような気持ちになる。
自分の真っ赤な顔を見られるのが癪で、彼の厚い胸元に顔を埋めた。
「なんで……こんな、ことに……」
分かってた。
彼氏の家だぞ? 二人きりの部屋だぞ?
『何か起こる』という期待が欠片もなかったなんて、嘘に決まってるじゃないか。
こちらが嫌がっていたわけではない、というのはジェイクにも当然伝わっただろう。
そもそも……嫌だったら最初からここにいるものか。
今度は彼の手が脇腹の辺りからするっと滑り込んできたのに気づき、”うわぁぁぁぁ!?”と心の中で絶叫していたリゼである。
その瞬間、
『犯人は――あなたです!』
垂れ流しだったDVDが付いたままの液晶テレビの中、探偵役の主人公がこちらに向かってビシッと指を突きつけ、自信満々に勝利宣言をするシーンが映し出される。
まるで探偵に悪事を指摘された下手人さながら、彼はビクッと肩を跳ね上げる。
慌てて服の下から手を抜きだした。
そのまま掌で顔を覆い、長い長い溜息をつく。
「はーーー……
今日は我慢するって決めてたのに、勢いって怖ぇぇ……」
彼は若干気まずそうに顔を背け、リゼをソファの上に降ろした後自分のズボンのポケットの中に手を入れた。
何を探しているのだろうかと思い首を傾げた自分の前に、「あったあった」と嬉しそうな声と共に一本の『鍵』が差し出されたのである。
「鍵?」
差し出されたそれを反射的に受け取り、リゼはそれをしげしげと眺める。
丸みを帯びた金属の鍵、表面にさまざまな大きさの凹凸が複数ついているディンプルキーと呼ばれる鍵だ。
確か複製が難しいものだったような。
「それ、来年から俺が住むマンションの鍵。
お前の大学と俺の大学の中間に丁度良い部屋があったから、さっさと契約しといた」
「えええ!? もう部屋借りてるの!?」
この街から通うには電車を乗り継ぎ一時間以上、出来れば下宿させてもらいたいと思っていたけれど。
親にはまだ相談していない。合格しても通える範囲だからと家から通うことになるかもしれない、その覚悟はしている。
だが既に進学が決まっている彼は、まだ年も明けていない段階から部屋を契約している……だと?
「親戚の持ってる物件だから融通も利くしな。
近くに店も沢山あるし、立地も良いぞ」
「まだ私、試験を受けてもいないんだけど……
大学同士の、中間って……」
リゼが通う大学と言われましても、まだ受かれば良いな、という試験前最後の長期休暇なわけで。
ライバルたちはこのクリスマスにだって時間を惜しんで過去問に取り組んでいるだろうに。
……自分は彼との時間に現を抜かす体たらく。
「お前が落ちるわけないだろ!?
学部は違うけど、シリウスと同じ大学受けるよな。あいつ、お前なら大丈夫だって太鼓判押してたぞ。
それに――
万が一億が一、コンディションが悪くて失敗したとしても、それで終わりってわけじゃないだろ?
鍵、お前に預けるから。いつでも遊びに来いよ」
心がふっと軽くなった気がして、リゼは少し泣いた。
彼が自分との未来を普通に考えていてくれる、その事実が嬉しかった。
DVDはエンドロールが流れているけれど、自分達の関係はまだ始まったばかりだ。
チョコレート味の、忘れられないクリスマス。
<投票ありがとうございました!>
現パロの設定を考えていたら楽しかったです。