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「さようなら」は言わないで

改めまして、投票ありがとうございました!

前半の短編、アーサー視点での続きです。



 未だに夢を見ているようで実感がない。


 カサンドラの着替えを持ってきた侍女たちが部屋を訪ねて来てくれたことで、ようやくアーサーは我に還れた。

 それくらい、ずっと現実味が無かった。


 時間にすれば二年弱という一言で表現できるが、彼女がいないその時間はとても苦しかったことしか覚えていない。

 細かい事を思い出そうとしても、ぼうっと視界に霞がかかったようで遠い遠い出来事のように思えた。


 今まで止まっていた自分の時が、彼女と再び会えた事でようやく元通り刻み始めた――

 そんな錯覚さえ覚えてしまう。


 着替えの最中に同席しているわけにもいかない。

 アーサーは今、カサンドラを侍女たちに託して扉の外で支度が終わるまで待っているのだ。


 春真っ盛りの陽光が、今留まっている回廊の先の地面を照らす。

 新緑の香りを届ける風が吹き曝し、ひんやり心地良い。


 少し離れた先の広場に大勢が集まっていること分かっているが、彼女を差し置いて一人で皆のところに顔を出す気にもなれなかった。

 彼女がこの世界を望み、選んでくれたことが何より嬉しくてしょうがない。


 今まで自分の周囲を覆っていた不安が払しょくされ、世界が幸福に包まれキラキラ輝いて見えた。





「お、アーサー。いたいた!

 お前なんでこんなとこにいるんだ?」



 扉の前でカサンドラが出てくるのを今か今か、と。

 そわそわ落ち着かず待っていると――

 そんな自分を見つけた友人が、不思議そうな顔で近づいてくる。


「ジェイク。

 ……それに、リゼ君も?」


 大きな掌を後頭部に添え、きょろきょろと怪訝そうな顔で周囲を見渡すジェイク。

 その隣にはやや不安そうに表情を強張らせる聖女の一人、リゼが付き添っている。

 持っている杖に籠める力をぎゅっと強めるのが少し離れた場所からでも見て取れた。


 仮にも『聖女』の執り行う召喚の儀ということで、白を基調としたローブを改造したような衣装を纏う。そんな彼女が手に持つのは、煌めくルビーから創られた精霊石を填めこんだ魔法の杖。

 特注も特注の立派な杖は、今回の召喚に際して大きな役割を果たしてくれたと思う。


 カサンドラが帰還したと分かったと同時に床に放り投げられてしまったようだけど。

 ちゃんと拾い上げ、今はこうして手に掴んでいる。

 精霊石が填まっている先端部は天使の翼をイメージした左右に開いたデザインで、彼女達にとても良く似合っていた。


「もう広場でお披露目済みかと思って移動したら、来てないって言うしさ。

 もしかしてバックれたんじゃないかって、探しに来たんだよ」


 完全にそのまま広場に直行という様子で彼女を連れ出したのに、時間を空けてそこに向かっても自分達の姿が無いと言えば面食らうのも当然か。

 恐らくシリウスあたりが怒気を抑えているのではないかと想像がつくが、ハッキリ言って完全に思考の範囲外。

 後回しになっていた。


 彼女を皆の前に出し、戻って来てくれた事を宣言したい気持ちはあれども。

 今はとにかく、一人の人間として彼女が戻って来てくれたことに喜ぶだけだった。


 ――広場に行くからと彼女を連れ出したのも半分は、二人きりになる口実だったわけだし。



「あの、カサンドラ様に何かあったんですか!?

 もし体調が悪くなったなら、私、治します。

 世界を越えて移動した影響で、身体に負担がかかっているのかもしれないですし」


 リゼの言葉に、首を左右に振った。

 姿が見えないことを不安に思ったのだろう、少し罪悪感にかられる。

 カサンドラに帰って来て欲しいと強く願ったのは自分だけではないのだから。



「体の不調ではないから大丈夫。

 トラブルが生じて、広場に行けない状態に陥ってしまった。

 今、中で着替えてもらっているところなんだ」


 例え体調が本当に悪かったとしても聖女の力で癒してもらうなんてカサンドラは困るだろうな、と思う。


「そうなんですか? 不調でないなら、良かったです……」


 ホーッと胸を撫でおろすリゼの隣で、ジェイクは「ああ」と何かを思いついたようにとぼけた声を上げた。



「着替えの要るトラブルって、もしかしてあれか?

 服でも弾け飛んだとか?」


 ははは、と彼は自分で言って大笑いしている。

 紅い髪を揺らすジェイクは、自分の胸部を指でさし示しながら大変愉快な様子だった。


「アイツ胸でっけーもんなー。

 シャツがパッツンパッツンでさ、部屋から出る時かなりヤバかったし。

 あれは破けてもしょうがな――……



    ………いってぇ!!??」


 

 リゼが無言で、ジェイクの足の甲を杖の先で突いた。

 思いっきり、ブーツが抉れ穴が空く程強い強い力で容赦なく。


 彼女リゼの瞳の奥に、憤りの炎が揺らめている。

 再会の感動もどこへやら頬を引きつらせ、額に青筋を浮かべてグーリグリと杖の先端に更に圧を籠めた。


 そして低い声で、名を呼ぶ。



「――……ジェイク……?」



 とても恋人に向けるとは思えない、怒気を隠さぬリゼの様子に自身の失言を悟ったのであろう。

 ジェイクは声を大にして「違う! そういう意味じゃない!」とリゼに言い訳にならない寝言を繰り返す。



「第一、俺はただ見たままを言っただけだろ?


 おいアーサー、黙ってないで何かフォロー……」



 とても腹の虫が収まらないリゼの睨み据える顔に流石に危機感を覚えたのか、ジェイクが何故かこちらに救いを求めてくる。




「ジェイク」



「ん? なんだ!?」




 リゼが噴火寸前の火山だとすれば アーサーは絶対零度の凍れる吹雪だ。





 春のそよ風が一瞬でダイヤモンドダストに替わる。






「キャシーの事をそんな風に見てしまうなんて、行儀が悪い目だね?

 そんなものなら――必要(いら)ないと思うんだけど」





 完全に真剣に真顔でそう答えると、助けを求めるように向けられた彼の腕が完全に制止する。





「おい馬鹿やめろアーサー、お前のその顔は洒落にならんだろ!

 友人の目を抉る気か!?」




 足元の痛みに耐えかね、若干前屈みになるジェイクの肩をリゼが優しく叩く。

 ぽん、と。



「心配しなくても大丈夫。

 ジェイクの目が潰されても、私がちゃんと治してあげるからね」



 とても優しい口調なのに、恐ろしさしか感じない。




「悪かった!

 もう変な事言わないって! 暴力反対!」



 リゼは憤懣やるかたないと言った雰囲気を醸し出していたが、肩を竦めてアーサーにペコっと頭を下げた。


「……はぁ。

 お二人の邪魔をするつもりじゃなかったですし、私達は広場に戻りますね。

 ほら、ジェイクも!

 皆の相手をリナ達に任せっきりで、申し訳ないでしょ?」



 まだ失言による遺恨は残っているようで、連れ立って歩く二人は互いに何事か言い合いながら去って行く。


 彼の場合は本当に他意が無いとも言えるから困ったものだ。

 そんな軽い口調でカサンドラに直接声を出して確認でもし始めたら目も当てられない。


 これで少しは自分も軽挙妄動さを反省してくれればいいのだけど、と溜息を落とした瞬間。

 



「今、ジェイク様の声が聴こえたような……

 もしかして探しに来て下さったのでしょうか」



 丁度着替えが終わったらしいカサンドラが、扉を躊躇いがちに押し開きながら姿を見せた。

 誰かの声が聴こえる、と。


 カサンドラは顔だけ出して周囲の様子を伺っているが、既に彼らは去った後である。

 


「大丈夫。何でもないよ」



 不思議そうな彼女の手を引こうとしたアーサーだが、改めて彼女の姿を見てドキッとした。

 


 淡いグリーンの衣装が視界を覆う。

 クローシェ・レースのロングドレス姿のカサンドラがそこにいた。


 柔らかなシフォン素材を使用し、肩周りを光沢がある綺麗な花の刺繍で繋げている。

 その刺繍部分はメッシュでうっすらと肌が透けていた。

 春らしい爽やかな印象を与えるシルエット、そして色合いである。


 肩に白いケープを羽織っているので、間近で見なければ透けていることは分かりづらいだろうとホッとする。

 ネック部分は生地をクロスオーバーさせ、ギャザーをたっぷりと寄せているようだ。

 ふんわりとした丸みのあるラインが彼女にとても良く似合っていた。

 身じろぐたびに裾が揺れる、くるぶしまで伸びるドレープスカートもカサンドラにぴったりである。


 もしもこの衣装全てが真っ白だったら、そのまま宗教画にでも飾れてしまうのではないかと思ってしまった。



「アーサー様?」


 彼女の手を取ったはいいものの、立ち尽くしたまま無意識の内に彼女を凝視していた。

 カサンドラが不思議そうに首を傾げたものだから、つい頬の端が赤くなってしまう。


「こちら、とても素敵な衣装ですね。

 ありがとうございます」


「君に良く似合っている。

 いや、何を着てもキャシーは綺麗だ」


 漏れ出た心の声そのままを受け、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


 幻でも夢でもない。

 思い出の中だけではない彼女本人が、今目の前にいる。

 まだ全然、実感が無いのだ。


 確かにこの腕に抱き締めていたというのに、何もかもが足りないと思う。


 こうして彼女の手をとったまま、誰もいない場所に連れ出してしまいたいとさえ。


「今度こそ、皆のところへ行こうか。

 さぁ、キャシー」


 しかしそんなとんでもない常識外れの行動をしてしまっては、彼女に迷惑をかけるだけである。

 ジェイク達が先に消えた方へ向かい、彼女を連れて歩き出す。



「……アーサー様、本当に申し訳ありませんでした」


 並んで歩いている途中、カサンドラが急に頭を下げたのでアーサーは面食らう。

 かなり思い詰めた様子の彼女を見下ろし、立ち止まった。


「何故、君が謝る必要が?

 私達は皆、感謝しているのだから」


「突然姿を消し、二年もこの世界を留守にしていたと聞き、とても心苦しいです。

 この世界を去る前に、せめて挨拶が出来ていたら……

 義理を欠いた状態で長い時間不在にしていたことが申し訳なく」




 記憶の中の最後の彼女は、いつまでも制服姿で『ごきげんよう』とはにかんでいるままだった。





 普通の日常が続くと思っていた、変わりない一日。

 当然翌日も彼女に会えるものだと疑いもせず、きっと全てが上手くいくのだと信じていた。



 学園に入学するまで、自分の世界にカサンドラはいなかった。

 それが日常だったのに、彼女はいつの間にか”いて当たり前”の存在になっていて。

 大きな喪失感に毎日のように打ちのめされ、彼女がいない日常を日常だと受け入れる事をずっと拒んでいた。


 朝カサンドラと話をして、選択講義は別だからそのまま会話もなく離れ離れになってしまったことを思い出す。



 何の心構えもなく、当然挨拶なんてそんな暇もなかった。






  だけど、もしも彼女が迫る未来を分かっていたとして


  事前に「さようなら」と別れを告げてくれたとして


  彼女がいなくなることには変わりはないから同じことだ。


  第一、彼女は自分達に”未来”を与えてくれた。


  本来であれば、それ以上の多くを求めるなどできるはずもない。

 

  年数が経とうが、戻って来てくれただけで嬉しい。








「良いんだ、キャシー。

 私は――君の別れの言葉(さようなら)なんて、二度と聞きたくないから」




 彼女の手を握る指先に力を籠めた。











    さようならは、言わないで。









 これからは ずっと一緒にいて欲しい。



 

  

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。 王子にとって、細かいことは覚えないくらいの2年間だったんですね。着替えのために部屋の外に出ていても、気持ち的には片時もカサンドラから離れたくないんじゃないかなーと思いました。 …
[一言] アーサー視点、ありがとうございます! アーサー視点になると、カサンドラはすごく可愛いらしいですよね。 カサンドラ視点だと、ちょっと残念な女の子になっていますが(笑) 以前から可愛いと思って…
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