愛する人の心は今の私にはなく、私はそのことを知っていた。ずっと見てきたのだから知っている…。彼はかって自らをかばって死んだ婚約者を愛し続けているのだと。
「……素敵よね先生」
「……」
「ずっと前に死んだ恋人を思ってずっと独り身だなんて」
「ばかばかしい」
私は友人の言葉に反吐が出るわと顔をゆがめた。
どうして? と聞く彼女に死人に縛られているだけよと答える。
私は友人が非難するのを聞いても何も思わない。
だって真実そう思うのだから。
「先生の恋人って紅の姫と言われたすごい魔法使いだったんですってね!」
「ああ」
「攻めてきたオークの大軍を火の魔法で焼き尽くしたとか」
「そうだな」
きゃっきゃと嬉しそうに笑うクラスメイトの女子たち、私は先生が頷くのを見てため息をついた。
先生は独身、愛する姫が死んでからずっと独り身。
麗しい愛を信じる年ごろの女子生徒たちに絶大な人気なのだ。
先生は今32歳、愛した姫が17歳の時死んでそれから15年ずっと独り身なのだ。
わが国の王の弟でもあった。
「……ルイーズ、炎の魔法の習得に積極的じゃないのはお前だけだが」
「炎の魔法、火の属性魔法は大嫌いですの」
紅の姫が愛した火の魔法は大嫌いだった。私は眉を顰める「火の教師」である先生に対してバカみたいと小さく笑いかけた。黒い服を着た黒髪の人はこちらを見て顔をゆがめた。
「バカとはなんだ」
「あなたの属性は水でしょう、なのに火なんて……」
「え?」
「……」
愛する人に身を捧げ、ずっと一人で生きていくなんて馬鹿ね。
幸せを考えてもいいじゃないと私はずっと思っていた。
「……紅の姫、誰よりも美しく麗しい侯爵令嬢、たった16歳で死んだ…あははははバカみたい!」
私は寮の部屋でただ笑う。
どうしてこんなことになっているのだろう。私は愛する人の幸せを望んだはずなのに……。
『クレア、クレア、クレア!』
泣き叫ぶ私の愛する人、焼け焦げた私の体を抱え彼は涙していた。
私はこの記憶を彼と出会ったときに思い出したのだ。
そう私はクレア・シードベル。彼が愛した侯爵令嬢、隣国が攻めてきたときに彼をかばって魔力の極限まで使って極大火魔法を放ちその時に死んだのだ。
先生と12歳で魔法学園で初めて会ったときにこれを思い出して私は絶望した。
「……幸せになってと言ったのに」
幸せになってと私は言い残した。でもあんな死んだような眼をして黒の服をずっと着続け、愛した姫に心を捧げ続けるなんて……。
「私がクレアです。生まれ変わったんです。だからまた幸せになんて言えるわけがない!」
私はまだ14歳、彼は32歳の大人の男性で私の父とそう年齢がかわらない。
そんな小娘がそんなことを言ってだれが信じる?
「どうして隣国が攻めてきたのか、どうして私を集中的に狙ったのか」
私は紅の姫と言われた火魔法の使い手だった。戦場にたつのをよしとしない王子を説得し戦場に立ち続けたのだ。
彼が愛した赤い髪はもうない、紅の目も……。
今は金髪碧眼、娘くらいの年齢の小娘がいるばかり鏡をみて私は絶望する。
二人並んでお似合いだと言われた前世はもう遠い。
「カイン様、ねえ、いいお店を見つけたのぜひご一緒に」
「お誘いは他の方にしてください。リリア殿」
「つれないのね」
授業の後、女性が先生に誘いをかけていた。あれは先生のいとこのリリア姫だった。
あの時は14歳、今は確か30は超えているはずなのに独身だった。
「ずっとあなたを愛しているのよカイン」
「私が愛しているのはクレアだけだ」
「クレアクレアクレアって、もうクレアは死んだのよ!」
「私はクレアを愛しているんだ!」
私はリリア姫を見てふうとため息をついた。リリア姫は私を強い目でにらむ。
「この小娘、何を睨むの!」
「睨んでなんかおりませんわ」
先生が驚いたようにこちらを見る。そういえばこのやり取りを前世でもしたような気がする。
カインに色仕掛けで迫るリリア姫、それを見てたため息をつく私。
『何を睨んでいるのよ!』
『睨んでなんかいませんわリリア姫』
長い紅の髪をかき揚げ私はあの時優雅に笑った。でも今は違う。
「この小娘なにをえらそうに!」
「リリア、まだルイーズはまだ14だ、下手をすれば君の娘ほどの年齢だ。そんな小娘相手に食って掛かるのは王家の人間にふさわしくない」
先生がふうとため息をついて、手をあげて私をたたこうとしたリリア姫をいさめた。
「この小娘、生意気なのよ!」
「ルイーズ、行きなさい」
「はい」
私はどうしたって14歳の小娘、ルイーズ・リード。先生からみたら子供みたいなものだ。
私は頭を下げて、教科書を手に教室から出ていくしかなかった。
「どうしてクレアが殺されようとしていたのか」
何度もクレアは暗殺されかけていた。それを先生は心配していた。
王子の婚約者であるというのを差し引いても少し異常なほどだったからだ。
「隣国に手引きした人間がいる」
部屋で私は考えていた。前世の記憶は少しあいまいで、命を狙われていたということなどは思い出せるが、詳細なところが霧がかかったようになっていた。
「私は誰がそれを……」
「おい、入ってもいいか?」
「先生、はいどうぞ」
女子寮の生徒の部屋にやってくるのは本来ダメなんだがと扉を開けた瞬間、先生は謝罪する。
「中へ」
「いやここでいい。ルイーズ、お前身辺に変わったことはないか?」
「……いいえ」
「ならいいが」
先生が何を言いたいのかよくわからなかった。そういえば前世も同じようなことを聞かれたような気が。
先生はならいいがくれぐれも気をつけろという。
「何に気をつければ?」
「……杞憂であればそれでいいんだが、あれは気に入らないものを……」
私は前世に同じようなことを言われ、火魔法が私にはありますわとにこやかに微笑んで答えたことを思い出す。でも今は私は基礎魔法しか使えない小娘だ。
「わかりました、気を付けます」
「ああ」
私は先生が言いたいことはよくわからなかったが、前世のこともあるしと思う。
頷くと、私も気を付けておくと先生が言って去っていった。
「火の精霊、フレイオール!」
私は目の前に刃をもってやってきた男を見て思わず咄嗟に魔法を唱えてしまっていた。
教室の後片付けで遅くなり、一人廊下を歩いていると黒づくめの男がいきなり襲ってきたのだ。
『我が君に害なすもの消え去れ!』
私は前世の契約精霊を咄嗟に呼び出してしまっていた。精霊は火を放ち、男の手は火に包まれていく。
「フレイオール。殺さないで、生きたまま捕える!」
『我が主、御意!』
私は髪を数本引き抜く、魔法を使うこれが対価、前世の私が長い髪をしていたのはこれもあった。
「今世も契約が生きているとは……」
私は男を捕らえようとするが男は叫びをあげたまま走り出した。
「フレイオールとら……」
私の命令より早く、男は窓から飛び出し走り去っていく。私は叫びを聞いて人が集まってきたのを察し、まずいと精霊を身のうちにしまいこみその場から離れたのだった。
人の視線を感じたような気がしたのだが……。気のせいかと思っていたそれがそうではなかったこと知るのはこの後だった。
「……契約精霊との契約は魂契約、なら前世から引き継いだということか」
『御意、我が君』
「でもどうして?」
『あなたが前世を思い出されたからです』
「そう」
寮に戻りため息をつく。しかしあの男の狙いは私だったが公爵に恨みを持つ人間なら跡取りのお兄様あたりを狙うのではと思う。
前世もこのように考えたことを私は思い出していた。
「……おいルイーズ」
「……はいどうぞ」
扉がノックされ先生が入ってくる。フレイオールを隠し私はにっこりと笑いかけた。
「何か騒ぎがあったようだが」
「みたいですわねえ」
私はにこにこと笑いお茶でもと笑いかけた。するとそのかわし方と先生は額に手をあててため息をついた。
「……クレア」
「先生の恋人のお名前ですわよね」
「クレアも襲撃の後そのように答えた」
私はそうですかあとにこりとまた笑う。笑ってごまかせは確かに前世もしてしまっていた私の癖。
でも生まれ変わりは生まれ変わりなのだ。真実その人じゃない。
「……先生、なんでもありませんわ」
「お前な」
「お帰りになって」
先生は私は巻き込めないとにこりと笑いなんでもないと繰り返す。
何かあったら今度は声をかけろと先生が言うがはいわかりましたと私は笑って答えたのだった。
「小娘、お前を見てるとイライラするのよ!」
「はあ」
「あの女を思い出すの!」
私はしまったなと思っていた。先生の名前で呼び出され出向いた先にいたのはなんとリリア姫で。
短絡的な彼女の気に入らないことでもしたかなと思うが、腕を組んだリリア姫はその目よと怒鳴りつけた。
「その目よ、人を馬鹿にしたような!」
「……」
「ようやく消し去ったあの女の目がまた!」
「え?」
「やっとやっと消し去ってカインが私のものになると思ったのに!」
空き教室で私に怒鳴りつけるリリア姫、ああそうかとやっと私は前世からの謎が氷解したのを感じていた。
リリア姫がカインのことを好きなのは知っていた。
だから『私』を殺そうとしていたのか…そして今の私も気にいらないという理由で。
「……あなたは相変わらずですね」
「え?」
「契約精霊フレイオールと契約がかなったとき、あなたは王族でもないのに生意気なとおっしゃいましたわね、リリア様」
私はにっこりと笑う。リリアが恐れるように身を引く。
私はどうしてやろうかなとにっこりと笑った。
「まさか、あんた……」
「契約精霊フレイオール。わが命に従え!」
前世と同じように印を描く、フレイオールが召喚されリリアに火の……。
「アクアウォール!」
しかし私の魔法は水魔法で相殺された。私が振り向くとそこには先生がいてやはりなと間に合ったかとこちらに走ってくる。
「クレア、やはり君か……」
「えっとなにそれわかりません」
「クレア、君が短絡的なのは知っていたが一応これは王家のものだただの公爵の令嬢である君が殺せば罪を負うことになる!」
リリアが焦げた己の髪を見て髪、髪がああと叫んでいる。私は先生を見上げて殺そうとしてはいませんというと、君はごまかすときは斜め上を見るなと畳みかけるように言った。
「クレア、凡そ、君が生まれ変わるという場所がわかっていたから僕はこんなところにいたのだが」
「はあ?」
「しかしリリアがクレアを殺そうとしたということを調べている最中に、君が殺されそうになるなんて……心臓に悪い」
私をぎゅうっと抱きしめて先生が泣いていた。
先生はリリアに拘束の魔法をかけて、多分どんなに軽く見積もっても死罪だろうと冷たく言い放った。
「君はクレアを思い出させる言動や反応が多すぎた。リリアが何かを感じ取るほどに、なのに僕が気が付かないということがあるかい?」
「……」
「クレア、いやルイーズか、相変わらずだね」
「……」
「愛しているよ。君を君の魂を……」
私は先生の腕に抱かれ、どうしたってこの人からは逃れられないのかとため息をついた。
愛している。ずっとずっと愛していて、だからこんな近くに生まれ変わっていたのだ。
「私もよカイン」
私は先生の黒い目を見て今度こそ幸せになりましょうと言ったのだった。
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