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災厄の訪問(2)

 

 私と僅かな村の生き残りは今、皆殺しにした魔人共から奪った馬車に乗って、ここから最も近いランジルカ城を目指していた。

 しかし馬車と言っても、魔人の使っていた馬車は普通の馬車ではない。

 数十人が一度に乗れるほど大きく、それを引いている二頭の馬は背中が鱗で覆われており、普通の馬より二回りは大きい。

 アニカ曰く魔人にしか扱えない馬に似た魔物らしいが、生意気にも私に歯向かって来たので少々()()()()()やると、意外なほど従順に言う事を聞くようになり、手綱も無しに自分から馬車を引いて走り始めた。

 その走りは力強く、かなりの速度を出しても一向に疲れた様子を見せない。


 馬車に村の生き残り約三十名を詰め込み、後は最低限の手荷物と食料だけを積んでいる。

 限られたスペースに人間共の荷物をどれだけ積むかに関しては少々揉めたが、私が聖女の名を使って説得した事で何とか解決した。

 全く、そんな事だから逃げ遅れて捕まってしまうのだ。


「アニカ、進路に間違いはないか?」


 舗装されてから随分放置されているのか、雑木林に挟まれてほぼ獣道と化している道を眺めながらアニカに念を押した。


「はい、地図によるとこっちが近道で間違いないです」


 アニカが持っている地図に視線を落としながら答えた。

 ちなみに彼女は読書が趣味らしく、他者より多少知識が豊富らしい。

 地理以外に人間の情勢などにも詳しく、思っていた以上の情報を引き出す事が出来た。

 これは、割と良い拾い物をしたかも知れない。


「ただ、この道はちょっと問題が…」


「近道なんだろう?何が問題だ?」


「確かに近道ですが、魔物の縄張りスレスレで危ないんです。普通なら無難に迂回します」


 問題は魔物とやらか。

 確かに辺りは鬱蒼とした雑木林が続いており、何かが飛び出して来ても不思議は無さそうだ。

 そう言えばアニカが私を見た時に魔物と勘違いしていたが、もしかすると想像以上に危険な生き物なのだろうか?

 例えば、私の視界の端に映っている見慣れない生き物のような―


「おい、魔物とはこんな奴か?」


 私が馬車の後方にしがみ付いている、手足の長い禿頭の猿の様な生き物を指差すと、全員の視線がそちらに向いた。


「ギィィイーーーッ!!!」


「うわぁっ!!魔物だぁー!!」


 魔物が奇声を発すると、あっという間に馬車内は大騒ぎになった。


「ふん、コレが魔物か…」


 私が馬車に乗り込もうとする魔物を一瞥すると、魔物は一瞬硬直した後、叩き落とされた様に地面に転がった。


「おお、流石は聖女様!」


 馬車内は一時的に安堵の空気が漂ったが、それも束の間、馬車の周囲を並走する様に十数匹ほどの魔物が姿を現した。


「ひいっ、い、今からでも引き返した方が…」


「黙っていろ。舌を噛むぞ」


 悲鳴を上げる人間共を宥めながら、馬車に取り付こうと接近する魔物を片っ端から仕留めては転がして行く。

 私からすれば、この程度の脅威なら特に問題は無い。

 私が振るう"力"は自身から精神体の触手を伸ばし、掌握出来る限りの空間に干渉、存在しない筈の圧力を発生させる事が出来る。

 簡単に言うなら、不可視の手足で一方的な蹂躙が可能なのだ。


 流石に魔物共も謎の力で圧倒されている事を理解したのか、次第に馬車から距離を取って後方から遠巻きに追いかけて来るだけになった。


「もう少しで魔物の縄張りを抜けられそうです!」


 アニカがそう叫んだと同時に、前方から轟音と共に土埃が舞い上がり、視界を遮った。


「全員、馬車にしがみ付け!」


 人間共に向かって指示を飛ばし、馬車を引く魔物馬に念を送る。


(止まれ)


 魔物馬は主人の命令通りに急ブレーキをかけ、私も補助として馬車がバランスを崩さないように支える。


 土埃の中心には先程までなかった筈の大岩が鎮座しており、その上から先程の猿の魔物の三倍はあろうかと言う、筋骨隆々のボス猿の魔物が姿を現した。


「…仕方ない、相手をしてやるか」


 私自身はともかく、馬車を壊されては面倒だ。

 私は馬車から飛び降りると、大岩の上から爛々とした目でこちらを見下ろしているボス猿と向き合った。


「た、助けて!」


 馬車の方から聞こえて来た悲鳴に振り返ると、私が不在の馬車は後ろから追いかけて来た猿の魔物共に取り囲まれていた。

 心の中で舌打ちをしながら、馬車内のアニカに念を飛ばす。


(おい、そっちはお前が何とかしろ)


(ええ!?無理無理!絶対無理ですよぉ!?)


 アニカから()()()()()思念に顔を顰めつつ、ボス猿が牽制代わりに投げつけて来た砂礫を横に弾いた。


(何のためにお前と()()してやったと思っている?私の力の一端を貸してやってるんだ。そんな雑魚共くらい蹴散らして然るべきだ)


(うう、話がちがいます…)



 アニカと遭遇した森で魔人の追手を蹂躙した後、命乞いをするアニカに私は()()()とある契約を結んでやったのだ。

 それはアニカに力の欠片を与える代わりに、従者(しもべ)として私の役に立つという簡単な内容だ。

 ごく普通の小娘の身柄ごときに、ほんの一部とはいえ私の偉大なる力を貸し与えたのだ。

 本来なら破格の厚遇だが、翻訳機として便利そうだったので特別の特別に、この私が!人間に力を貸したのだ。


 アニカが駄々をこねている内に、魔物共は既に涎を垂らしながら馬車内に腕を伸ばしているいる。

 その不潔な指が、アニカの肩を僅かに触れた。


「ウワーッ!!来ないでー!!」


 その瞬間、馬車にまとわり付いていた魔物が弾かれた様に宙を舞い、地面に叩き付けられた。

 魔物共はすぐさま体制を整えて反撃しようとしたが、馬車の周囲は薄い膜の様な物で覆われ、魔物が叩こうが爪を立てようがビクともしない。


(え?これアタシがやったんですか?スゴイ!)


 どうやら上手く力を使う事が出来たらしい。

 全く、もう少し攻撃的に顕現して敵の息の根を止めれば良いものを、壁を出すだけとは。

 せっかくの私の力が勿体ないだろうが。


 馬車の無事を確認したところで、私に掴み掛かろうとした格好のまま固まっているボス猿に視線を戻した。


「もういい、死ね」


 派手な音を立ててボス猿の全身の関節が捻じ曲がり、最後に首がぐきりと一周半すると、その体は地面にどさりと倒れ伏した。

 それを見た猿の魔物共は血相を変え、一目散に逃げ出した。


「さて、先を急ぎましょう」


 私がそう言うと、人間共は総じて安堵の息を漏らした。

 道を塞いだ大岩を片手を振って傍に転がし、馬車にひらりと飛び乗りつつ馬に念を飛ばして走らせる。


(おい、アニカ)


(なんですか?)


(私はきちんと喋れていたか?)


 先程まだこの世界の言葉を知らない筈の私が喋る事が出来たのは、アニカとの契約が関係している。

 私が行った契約は、私の精神の一部を互いの了承を経て対象の魂に直接繋げる事で、物理的な接触が無くともお互いに様々な干渉が可能になるというものだ。

 その契約というアニカとの強い繋がりを利用して、言語能力を幾らか拝借したのだ。


(?ええはい。普通に聴き取れましたよ)


(そうか、なら良―ふぐぅっ!)


 しまった、呪いの事を失念していた。

 先程の魔物から人間共を守護した分の快楽が、私の不意を突いて込み上げる。

 私は下唇を噛み締めながら、快感の波が過ぎ去るのを待った。


(どうかしました?)


(ななんでもないっ)


 ―ふう、何とか耐え抜いた。

 慣れればこのくらい、どうという事は無い。

 怪訝そうにこちらを見つめるアニカを無視しつつ、私は自分の仮初めの身体を見下ろした。

 先程のボス猿、本来は全身を細かく裂いて雑草の肥やしにしてやろうとしたのだが、結果は関節を砕いた程度だ。

 分かっていた事だが、人間の体という慣れない器を壊さない為に、無意識に力の出力を絞ってしまったようだ。

 しかし、聖女を騙るにはこの体が適している。

 少々不便だが、我慢するしか無さそうだ。


(そろそろ魔物の縄張りを抜けられそうです。安全な道に合流すれば、この速度ならすぐにランジルカに到着出来ると思います。)


 アニカの報告の通り、魔物と遭遇した雑木林は後方に遠のき、周囲は見晴らしの良い草原が広がっていた。


 今、私がランジルカを目指しているのは、人間の現状を把握する為だ。

 ランジルカは周囲の同盟国の兵士を束ねて、対魔人の軍を編成していたらしい。

 目立った勝利こそ挙げられていないものの、今も抵抗を続けているそうだ。

 私が単独で動いても良いが、その間に人間が全滅してしまっては本末転倒だ。

 そこの責任者と話をして、互いに協力するのが一番効果的だろう。



 しばらく道なりに進んでいると、前方に石造りの建物が見えて来た。

 見張り台が併設されている事から察するに、関所の様な物だろう。

 流石にこのまま突っ切ると後で面倒になりそうだ。

 馬にスピードを落とす様に命令し、関所の前で一旦止まる事にした。


 馬車が減速し、関所の前に差し掛かった所で、建物の裏手から人が乗った馬が数頭走り去って行くのが見えた。

 私たちが使役している魔物の馬ではなく、ごく普通の馬だった。

 少し気になったが一先ず馬車を降り、事情を話す為に人を探した。

 しかし、辺りに人気はなく、建物の内部を覗いても物音一つしない。


「一体どういう事だ?」


「うーん、多分ですけど、魔物が引いてる馬車を見た時点で城まで報告に行ったんだと思います。普通の人間は魔物を扱えませんから」


「一人も残らず、全員で?」


 確かに私たちが到着すると同時に、複数人が馬に乗って走り去るのを見たが、いくら何でも一人くらいは残しておくべきだろう。


「まあいい、しばらく休憩にしよう」


 このまま時間を無駄にする気も無いので、馬車の中で大人しく縮こまっている人間共に休憩を促した。

 私は全く疲れを感じてはいないが、人間共はそうはいかない様子だ。

 魔人共から命からがら逃げ延びた後、一息つく暇も無く魔物に襲撃されたのだから無理もないか。

 かなりの速度を維持して馬車を引いていた魔物馬を固定具から外してやると、のしのしと馬小屋に勝手に押し入って水を飲み始めた。


 関所が無人なのは少々気がかりだが、考えていても仕方が無い。

 休憩が終われば予定通りランジルカを目指そう。

 私はそう考えをまとめ、束の間の休息を取った。

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