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16 riverbero(1)

読んでいただきありがとうございます。本日二話目です。(ちょっと短め)


アビゲイル視点→アルトゥーロ視点です。

 アビゲイルが目覚めると、白い天井が広がっていた。どうやら、自分はベッドに横になっているようだ。

 起き上がろうと力を入れるが、どうにも身体が重い。


 死んだら魂だけの存在になるのかと思っていたのに。

 身体の重さに囚われているってことは、此処は天国ではないのかしら。

 それとも、地獄?地獄落ちする程、悪いことをしたとは思わないけれど。

 ああ、でもそうだ。自分で自分の命を捨てたのだから、それを罪だと言われれば仕方ない。


 身体のだるさに身を任せ、ベッドに横になったままつらつらと考える。

 少し落ち着いて周囲を観察すると、どうやらベッドの周りに白いカーテンが引かれているようだ。

 ぼうっとカーテンを眺めていると、不意にカーテンが揺れた。隙間から覗いた人物の目が大きく見開かれる。


 ……アルトゥーロ様?


 そう呟いた筈の自分の唇からはしかし、音が発せられることは無かった。


「あ、アビゲイル嬢!目が覚めたのかっ!?」


 焦った様子のアルトゥーロが慌ててアビゲイルに近寄って来る。


「良かった……。丸一日近く意識を失ってたんだよ。もう目が覚めなかったらどうしようかと……」


 ……此処は何処なのだろう。

 何故、マエストロ・グレゴリオの弟子であるアルトゥーロがいるのだろう。彼とはルーセント公爵家で会ったのが最後だった筈だ。


 あの忌まわしい夜会の夜を思い起こさせる、泣きそうな表情で眉を下げるアルトゥーロに問いたいのに、唇は動くのに、言葉にならない。

 そこで初めて、アビゲイルは自らの声が出なくなっていることを理解した。唇は動くのに、音が出ない。


 愕然とするアビゲイルに、眉を下げたアルトゥーロがはっとした様子で問いかける。


「アビゲイル嬢?もしかして……声が出ないのか?」


 アビゲイルが頷くと、アルトゥーロは「なんてことだ……医者を呼んでくるから待ってろ」と蒼い顔で勢いよく去って行った。

 とりあえず、此処が天国でも地獄でもないのは間違いなさそうだ。


 ……死ねなかったのね、私。


 知らず強ばっていた身体から力を抜く。


 まだ、続くのか。


 死ねなかったと分かって、最初に思ったのはそれだった。

 積極的に死を望んでいたわけではない。

 終わらせたかったのだ。もう解放されたかった。伯爵家や、それを取り巻く周囲、両親、妹、元婚約者、そして自分からも。

 ただ、それだけ。

 

 だけどどうやら、そんな些細な願いすら神は叶えてくれないらしい。

 瞼を閉じると涙が一筋こぼれ、枕に吸い込まれていった。



***



 人気の無い学舎の廊下を歩きながら、アルトゥーロは急ぎ学園の医務官を探しに食堂へ向かった。学園に常駐している彼は先程まで一晩中アビゲイルに付いていたが、流石に疲れたようで、遅い昼食を食べに食堂へ向かった。


 アビゲイルは昨日から学園内の医務室で治療を受けている。


 学園裏の森深く、湖の畔で、ずぶ濡れで泣き叫ぶエイミーとその膝に頭を載せ、真っ白な顔で横たわるアビゲイルの元へ駆けつけ保護したのはアルトゥーロだった。


 夜会で襲われて以降、アビゲイルのことがずっと気になっていた。それとなくプルッカに頼み、内緒で彼女の様子を見てこさせようかと悩んでいた位だ。

 丁度そんな時、いつもアルトゥーロの肩辺りを漂っているプルッカ目掛けて、光の塊が飛んできた。眩しさに目を細めながらも見たそれは、朧気ながら人型をとっていた。プルッカ程ではないが、それなりに力のある妖精だと直ぐにわかった。


 ちかちかと明滅を繰り返し、酷く慌てた様子のその妖精の言葉らしきものはアルトゥーロには意味をなさなかったが、プルッカには伝わっているようだった。妖精同士の言葉なのかも知れない。


 時間にすれば、ほんの十数秒だ。

 プルッカが顔色を変えると同時に、その光の人型妖精の光は弱まり、空中に溶けて無くなった。


 痛ましげに少し眉を寄せると、何事かと黙って様子を伺っていたアルトゥーロに向かってプルッカが叫んだ。


『アル、大変だ、あの子が危ない!死にかけてる!』


 滞在しているルーセント公爵家を行き先も告げずに飛び出し、夢中で馬を駆った。師匠であるグレゴリオと一緒に大陸各地を回っているため、乗馬は得意だ。公爵家と学園は近い距離だが、永遠に着かないのではと思う程遠く感じる。


 馬を走らせながらプルッカに聞いた話では、学園の中に森があり、その奥まった湖でアビゲイルが死にかけているらしい。

 先程のぴかぴか光る人型妖精は湖に住む妖精で、どうやってアルトゥーロ、否、プルッカを知ったのか、彼女を助けられそうな人の元にその危機を知らせにやってきたそうだ。


 後から知ったことだが、妖精の住んでいた湖は“常世の湖”と呼ばれていて、妖精が生まれ、育まれるのに必要な手付かずの自然が残された場所だった。他の生物からエネルギーを取り込まなくても妖精たちが生きていける、今はもう数える程しか残っていない貴重な場所だったのだ。


 アルトゥーロたちを呼びに現れた妖精もその湖で生まれ生きていた妖精だった。当然、湖から離れれば離れる程力は弱くなる。

 プルッカは明言しなかったが、あの人型妖精の命は、恐らくあの時なくなった。最期の力を振り絞り、アビゲイルの為にアルトゥーロたちの元までやってきたのだ。

 アビゲイルはそれほど、命を賭してでも救いたいと妖精に好かれる稀有な人間だった。


 学園に着くなり止めてきた門番を無理矢理説得し、ついでに二人いた内のひとりに強引に同行させる。幸い、前回グレゴリオに同行して学園を訪れていたアルトゥーロを門番の一人は覚えていた。


 目指す湖はプルッカの案内でわかるが、森の奥深くまで馬で行くことは出来ないのがもどかしい。森の入り口に馬を括ると、殆ど小走りで森を進む。

 付いて来た門番の男は、部外者にも関わらず暗い森の中を迷いなく進むアルトゥーロを不審な目で見ていたが、アルトゥーロはそれどころではなかった。


 視界が開け、湖に着くなり目に入ったのは、エイミーと意識の無いアビゲイルだった。隣で門番の男が顔色を変える。

 泣き喚くエイミーから強引に聞き出したところによると、沈んでいくアビゲイルをなんとか引き上げてから数分しか経っていないようだった。


『アル、このままだとちょっと不味いぞ』


 プルッカがアルトゥーロとアビゲイルの間を行き来する。

 生物からエネルギーを得ているからなのか、恐らくプルッカには相手の持つ生命力のようなものが測れるのだ。以前旅先で出会った老犬の死期も言い当てていた。

 そのプルッカがいうのだから、危険な状態だということだ。


 駆け寄ったアビゲイルの心臓は動いているようだが、息は弱く、大量の水を飲んでいるようだった。触れた身体の冷たさに血の気が引く。


 そこからは無我夢中だった。門番の男に学園に常駐している医務官を呼びに先に行かせると、泣きじゃくるエイミーを励ましながら、アビゲイルをおぶり森の中を出来るだけ速く移動した。医務室へアビゲイルを運んだ後、アルトゥーロに出来ることは祈ることだけだった。


 幸いというべきか、一緒にいたエイミーにこれと言った怪我は無かった。

 アビゲイルの方はひとまず大きな外傷は無いものの、水を大量に飲んだせいなのか、数時間経っても意識が戻らず低体温症を起こしていた。ひとまず身体を温め、様子を見るしか無いという。


 それにしても、何故彼女はあんな時間にあんな場所で溺れかけていたのだろう。


 薄々察していたその答えは、アビゲイルの着替えを取りに彼女の寮の部屋に行ったエイミーから齎された。

 尋常じゃない様子で泣き崩れるエイミーは、一通の手紙を握っていた。


 わかったのは、彼女はこの世から消えようとしていた、ということだ。

 あの夜会の日から今日まで、ドミノが倒れるように、短期間の間に彼女に襲いかかった理不尽な出来事の数々が彼女の心を苛んだのだ。


 たった一度、合奏しただけ。

 それなのに、あの日からアルトゥーロの心からアビゲイルが離れなかった。

 心を震わせるピアノの音。

 無心で鍵盤を叩く横顔。

 一瞬だけ見せた、輝く笑顔。


 それらすべてが失われていたかもしれない事実にぞっとする。


 たとえアビゲイルが望んでいなくとも、それでも彼女を助けることが出来て、彼女が生きていてくれて、良かった。


「プルッカ。俺たち間にあったよな?彼女、助かるよな?」

『多分な……。俺には何とも言えない。身体はあの医務官に任せておけば問題無いだろうとは思うぞ』

()()()……?」

『……俺たちに()()()生命エネルギーは、身体だけじゃないから。身体は大丈夫そうなのにあれほど生命エネルギーが微弱ということは……』


 プルッカはそれきり黙りこくってしまった。

 プルッカの言わんとすることがわかったアルトゥーロも、その言葉の先を口に出すことはしない。


 アビゲイルが目覚めるまで側にいたかったが、時刻はすっかり夜になっていて部外者のアルトゥーロは流石にそれ以上滞在することは許されなかった。 


 ……自分には他に、彼女のために出来ることがある。


 エイミーと医務官に口止めした上でアビゲイルの部屋に残されていた手紙を持ち帰り、翌朝早くから見舞いに訪れたのだ。


 この国でのアルトゥーロは、何の権力も無い。賓客として招かれた師匠のオマケでルーセント公爵家に滞在しているに過ぎない。


 しかし、ルーセント家の人々は違う。

 昨夜公爵家の屋敷に着くなり、アルトゥーロは公爵とシェリーに頭を下げた。自分のためで無く、他人のためにこうして必死で頭を下げるのは初めてだった。


 すべてはアビゲイル次第だが、昨夜の時点で既にルーセント公もシェリーも動き始めている。


 医務官に声を掛けると、アルトゥーロはルーセント公宛に知らせを出し、医務室へと踵を返した。




 

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