第九話:トナラー
★恐怖度:10
トナラーにまつわる恐怖話……?
スーパーマーケットの駐車場などに車を停めた時、いくらでも他に枠は空いているというのにわざわざこちらの隣に停めて来る車がいる。
普通ならパーソナルスペースを気にして離れたところに停めるところを、なぜか仲良しの友達のように、ぴったりと隣に車を停めて来るのである。
だだっ広い駐車場に自分の車1台だけだったとしても、誰が名付けたか『トナラー』と呼ばれるそいつは、まるで擦り寄るように、隣に停めて来るのだ。
恐怖である。
『隣に車があったほうがバックする時に枠線の位置がわかりやすいから』とか『入口に近いから』とか色々理由もあるのかもしれない。
自動車の場合ならそういうことも確かに考えられるだろう。
しかし俺がラーメン屋のカウンター席で座ってラーメンを啜っていると、店に入って来たそのオッサンは、迷わず俺の隣に座ったのである。
もちろん店内が混んでいて、席が俺の隣しか空いていなかったのなら何も不思議ではない。
しかし店内に客は俺の他に2組しかおらず、カウンター席は8席ぐらい空いていたのだ。
また、俺が座っていたのが店を入ってすぐの席だったなら、面倒臭がりの人が遠くの席まで行くのを嫌ってそこに座るということもまぁ、あるだろう。
しかし俺はどちらかというと奥のほうの席に着いていたのだ。
俺はチラリと見ただけで、そいつの顔をまじまじと見るなんて勇気はなかった。
オッサンだということだけわかった。ネズミ色の背広を着て、オッサン特有の浅黒く太い手の甲にもじゃもじゃと毛が生えている。
「ラーメンと餃子セット」とオッサンの声がした。気のせいだろうがすぐ耳元でした気がした。野太いが、女っぽくもある声だった。
それからすぐに他の2組の客が帰って行き、店内には俺とオッサンの2人だけになった。
広い店内で俺達は最大限にくっついていた。
オッサンはラーメンが来るのを待ちながら、上のほうにあるTVを眺めているようだった。
オッサンの呼吸音が聞こえていた。
「コロナ、早く収束してよかったですね」と、ふいにオッサンがTVを見ながら言った。
独り言なのか、それとも話しかけられたのかわからず、俺は黙っていた。
するとオッサンは機嫌のよさそうな声で、続けて言った。
「あなたとこうしてくっつける幸せ。また味わえてよかった」
俺はラーメンを食う速度を早めた。
するとオッサンはやって来た熱々のラーメンをまるで俺と競うような超速度で啜りはじめた。
オッサンが洟を啜る音と咀嚼音が俺の耳を襲う。
俺がたまらずまだスープの残る丼を残して席を立つと、オッサンは俺のベルトを掴んで来た。
「まだスープが……。まだスープが残ってますよ!」
俺は警察呼ぶぞコノヤロウの勢いで振り返り、オッサンの顔を見た。
まったく知らないオッサンだった。ぶよぶよした白い顔一面に玉のような汗を浮かべ、口の上には二筋の洟が動いていた。
哀願するような顔で俺を見つめてオッサンは、叫ぶように言った。
「寂しかったんです!」
その泣き顔に少し笑顔が混じるのを俺は見た。
「コロナで3つの密を禁じられて、寂しかったんです! くっつきましょう!」
カウンターの中で店主が感動したように涙を押さえ、明らかにオッサンを応援していた。
ガラ空きのラーメン屋で隣にオッサンが座って来た実体験を元にしたフィクションです。




